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奈海が光の当たる舞台に上がった瞬間、「きたーーーー!」という歓声が沸き起こった。
空気が震えるほどの大きさに、奈海は身を竦めた。
けど、進んだからには、進まないと。
そう、自分を震い立たせ、奈海は震えの止まらない足を無理矢理動かし、舞台の上に立った。
歓声が身体を震わす。
野次や口笛が緊張を促す。
現実逃避をしたいがためか、ああ何でこんな目に、なんて思っているもう一人の自分が自分を笑っていて、自分が2人いるような可笑しな錯覚が一瞬あった。
「奈海」
傍のスピーカーと、目の前からと両方から拓の声が聞こえた。
奈海はぎゅっと拳を握りしめ、勇気を振り絞って顔を上げた。
――真正面から向き合ったのは、いつぶりだろう
そんなに日は経ってない筈なのに、随分久しぶりのように感じた。
そして。
拓の真っ赤で真剣な顔を見た瞬間。
その、格好いいくせに間抜けな感じが抜けない姿に少し笑えて、奈海の緊張が解けた。
「はい」
奈海が微笑み返事をすると、その声をマイクが拾ったらしくスピーカーから自分の声がした。
それに驚いた奈海が胸元を見ると、いつのまにつけられたのだろうか、小型マイクが襟元についていた。
恐らく、清美の仕業だろう。
抱き着いたときだろうな、と思うと清美の抜け目ない行動に、ああ流石自慢の親友だ、と奈海の表情が綻んだ。
「まず、1つ謝らせてください」
拓の言葉に、奈海は再び顔を上げた。
「一度、俺はアナタに冷たくしました。それは、怪我したての頃です。本当は怪我なんてする予定やなくて、格好よく助けて終わる予定やったし、その……」
それまではハキハキと喋っていたのに、突然ごにょごにょとなり始める拓に、なんとなく奈海は察した。
ああ、だから
怪我した腕を見せないようにしていたのか
小さくて、どうでもいい見栄っ張りだけど。
彼には、必要な見栄だったのだろう。
「……振り払って、ごめん、傷つけて、ごめん。誤解を招いて……ごめん」
そんな小さなことに対しても、彼は真剣に謝ってくれる。
その真摯な言葉から、大事に思っている、という気持ちがあふれ出ていて奈海の胸がきゅぅっと苦しくなった。
「うん。いいよ。もう……いいの」
奈海がそう微笑むと、拓は照れ臭そうにはにかんだ。
「うわ、どないしょ。さっきまで何言おうか完璧に覚えてたのに、もう何言おうとしてたとか忘れてもーた。全部飛んだ。あかんなぁ、告白とかそもそも慣れてへんのに、こんな大舞台でいきなりしようとするからやんな。えー、皆どうしよ。俺こんな大事な場面でこんなんなってんねんけど」
そう言って、こちらに五感を集中させている生徒たちに視線を向けた。
その耳は真っ赤で、マイクを持つ手も心なしか震えていて、緊張が伝わって。
それを見ていると緊張が和らいでいき、余裕を感じてきた奈海は拓と同じ方向を見た。
「頑張れー!」
「ファイトー!」
「二人とも可愛いぞー!」
応援する声、褒める声、励ます声。
いつしかの時のような、罵倒や、妬みや、蔑みの声はない。
怖くない。
怖い視線はない。
応援の声しか――奈海には、見えなかった。
「よーし、俺頑張るわっ!」
拓は湧いている観客に向かってそう告げ片腕を掲げると、奈海の方を向いた。
「奈海、俺な。奈海が目立つこと嫌いって知っててん。でもな、逃がしたくなかってん。今度こそ、正面から言いたかった。そんで、みんなに知ってほしかった。俺が滅茶苦茶奈海のことを好きになったってことを。だから」
そこで言葉を切り、大きく深呼吸をした。
そして、目を大きく開いて、真っすぐ奈海を見て。
ハッキリと、言った。
「俺と付き合ってくれませんか」
その言葉を拓が口にした瞬間、奈海の返事を待つための静寂が訪れた。
全ての視線が、耳が、奈海へと集中する。
痛いほど刺さる視線に、奈海はドキドキしていた。
心臓が口から飛び出そうなほどの早鐘を打っていた。
でも、その緊張は、動揺は、ドキドキは――
全部、彼が原因だ。
涙で滲んだ視界を両手で覆い、奈海は、震える声で言葉を告げた。
「断れるわけないやんか……」
両手で顔を覆う奈海のくぐもった言葉を、マイクはばっちり拾った。
「……っ好きです。よろしく……お願いしますっ」
彼女の涙混じりのその言葉を聞いた瞬間。
観衆は歓声を上げ、割れんばかりの大きな声がその場に響いていった――