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 誤解をとかなくちゃ。

 そう、きっと、誤解されただけだから。

 早く、誤解を――


 動いて、私の足。早く、久藤に――


「行かなきゃ」


 声が出た。

 同時に足が動いた。

 奈海は流れた涙を乱暴に袖で拭き、走った。


 久藤、久藤、久藤――


 私の、好きな人


「ごめん、久藤どこ行ったか知らん?」


 出会ったクラスメイトに息を切らしながら聞いたら、「ああ、あっち」と教えられ奈海はその方向へと自慢の足を動かした。


 きっと、勘違いされたんだ

 私がすぐに言わなかったから


 だって久藤は、私を可愛いと言った。

 私を好きと言ってくれた。


『新田奈海に振り向いてもらう。これが俺の青い間にやりたいこと』


 そう言ってくれた。

 私は忘れていない。だから、誤解を解いて言わなきゃいけない。


「私はアンタの方に向いてる……っ!」


 もう、久藤しか見ていない

 アンタしか、見ていないから


 涙なのか汗なのか、どちらかわからないながらも、顔を伝うものを何度も拭いながら、走って、走って、たどり着いたのは……昇降口だった。


 カタン――


 奈海のクラスの下駄箱ロッカーの辺りから音がした。

 彼だと思った奈海は「くど――」と名を呼びながら近づこうとして、はたと足を止めた。

 彼を求めて走ってきた奈海の視界に飛び込んできたのは。


 清美と肩を並べて、今まさに靴を履き替えて帰宅しようとする久藤だった。


 顔を近づけて楽しそうに笑い合う2人。

 端から見れば、恋人同士にしか見えない2人。


 体温が、一気に冷えていくのを感じた。

 誤解を解かなきゃ、と焦っていた気持ちが、徐々に消えていくのを感じた。


 今更誤解を解きに行って何の意味がある?

 清美があんなに幸せそうなのに?

 わざわざ友達の幸せを壊すの?


 ……もう、いいんじゃないかな。


 元々、最初から決めていた。

 彼の気持ちを知ってから、断ろうって決めていたじゃないか。

 そうだ、きっと、彼は私の言葉を聞いて、勘違いして――


 もう、気持ちはなくなったんだ


 チクリ、と胸が痛んだ。

 告白をOKしないくせに、私ってなんて勝手なんだろう。

 今更自分の心に気づくなんて、どんだけ馬鹿なんだろう。

 振り返って笑ってくれた前の席の男の子が、私に興味を持ってくれたと知った時から。


 もう、惹かれていた癖に


「身勝手にも……ほどがあるわぁ」


 昇降口で楽し気に会話をしている2人に、聞こえない声で囁いて。

 痛む胸をぎゅっと握りしめた。


 そのまま踵を返した奈海の横を女子2人が「あの二人、付き合い始めたんだってー!」「えー、うそー」「しかも、今日からって噂!」「え、マジで?」「なんでも、清美ちゃんから付き合ってって言ったんだって」「うっわー、明日から他の女子が騒がしいだろうねぇ」「だねー、きっと男子も」「でも、美男美女、お似合いよね」「本当、うらやましー!」と楽しそうに会話しながら通り過ぎた。


 ――ああ、なんてタイミング


 清美から、そんなの聞いていない。

 でも、清美は私の気持ちに気づいているから、言わないのは納得かもしれない。

 それに、今日なんだったら。きっと、夜にメッセージをくれるだろう。

 もし、何も送ってくれなかったら……


 ――私は、1人


 クラスで?

 学校で?


 ……なんか、世界で1人ぼっち、な気分だなぁ


 そんなぼんやりとした思考の中で無意識に動いていたら。

 気づいたら、自宅の前に奈海は居た。

 無意識って恐ろしい。

 人は、無意識になると自然と一番落ち着く場所に帰るのだろうか。

 ――確かに、1人になっても、我が家であれば落ち着くなぁ


 泣きそうな、でも、泣けない気持ちになりながら奈海は家に入った。

 頭の中をリセットして今日のことを忘れよう――なんて、思おうとしたが、思えるわけなんてなく。

 頭の中はずっと、清美と久藤のことばかりが渦巻いていた。


「ただいま」


 そう言って、沈んだ気持ちのままリビングに入った途端。


 パーン!


 何かの爆ぜる音と共に、明るい声が奈海を出迎えた。


「おかえり奈海、お誕生日おめでとう」


 豪華なケーキを手に母親が満面の笑顔でそこにいた。

 その笑顔とケーキで、奈海はその日初めて、か思い出した。


 ああ、そっか

 今日、私の誕生日だ


 瞬間、色んな思いがぶわっと身体中を駆け巡って。


 家では泣くまいと思っていた気持ちが、一気に崩壊し。

 涙が、落ちた。


「えええ? あ、あれ? どうしたの?」


 慌てる母親に、何とか笑顔を作り「えへ、嬉しくて」と言った。

 そしたら「あら、泣くほど嬉しかったの……そう。よかった、喜んでもらえて」ととびきりの優しい微笑みを浮かべて返してくれた。


 さすが、母というものだろうか。


 何かを察したように、とてもとても優しい仕草で、ケーキを机に置いて頭をそっと撫でてくれた。


「部屋で着替えて落ち着いたら、ご飯食べましょう。貴女の大好きな、クリームシチュー作ったから」

「うん、ありがとう」


 母の優しさに甘えて、なんとか笑顔をつくりながら、奈海は部屋への階段を上る。



 そっか、今日、誕生日か。

 誕生日に、清美と、久藤は



 付き合い始めたのか――


 パタン


 部屋の扉を閉めたら。

 涙が、どんどん、溢れた。


「やだ、もう……やだ」


 私って、なんて馬鹿なんだろう。

 この気持ち、なんなんだろう。

 なんか黒い、やだ。

 清美を嫌いになりそうなこの気持ちなんていらない。

 もうナニコレ、なくなってよ、消えてよ。


 どうしてあの時咄嗟に返せなかったのか。

 ただ、好きなのは久藤、とヒトコト言えば、それですんだのに。



「うう……うあああああ」



 私の恋が。

 始まって、終わった音が聞こえた気がした。

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