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その時の話を思い出して、拓は1人ほくそ笑む。
勝負は、文化祭2日目の生徒会催し物の日。
明日だ。
明日中にやらなければ、多分、これ以上のチャンスはないだろう。
誰も、文句を言えない。
学校公式カップルになるには。
「……今回は、感謝しないとな」
「次白雪姫、ゴー!」と声をかけられ「ふぁい!」と裏返った返事を上げ、本番へと足を踏み出す奈海を見送りながら、拓はそっと呟いた。
もう、迷わない。
「見てろよ……これが、俺の青い内にやりたいことだ」
明日のことを思い独り言を呟きニヒルに笑んだ。
明日で全てを決めてやる。
そう、心に誓って。
「さぁ、王子たち、すぐに出番来るよー!」
その後の演劇は、奈海はセリフの声が上ずりながらもなんとかうまくいった。
――というのも、場が和んでいるおかげでやりやすかったのだ。
多分文化祭の最後の日にMVPに選ばれること間違いなしなのは、場を和ませたその張本人である
登場だけでまず爆笑を呼び、行動と言動で笑いの嵐だけではなく、その後も笑いを続けさせてしまうという大惨事を起こしてくれていた。
勿論、最後のダンスでも登場するので、相撲のふんどし姿で四股を踏んだ後横にスライドして引っ込み、再び人魚で現れこれまた横にスライドしてはけていく――という予定にあったようでなかった全力の奇行を繰り返してくれたので観客の腹筋を心配するほどだった。
最後の歓声や拍手からして、<靴を盗まれたシンデレラ>の演劇をしたこのクラスが人気だろうということを殆どの人が確信して終わった1日となった。
最後に生徒会が作ったという豪華な校門でみんなで記念撮影をし、各々着替えて後片付けをすることになった。
なんせ、文化祭はまだ明日も続く。
演劇に使うものは体育倉庫に片づけられる場所に押し込み、明日の生徒会催しに備えなければならない。
どのクラスもそれぞれが催した道具を忙しなく片付けていた。
着替えて、遅れてからでも片づけに参加しにいくため自分のクラスの場所に急いだが、奈海は「おっとぉ……」と戸惑っていた。
殆ど片づけは終わり、用意して片付け場所が知っている道具はすでになく、全く関わっていない細かい小道具がほんの少し残っている状態だった。
「皆片づけるの早い……」
そんなことを呟きながら小道具に手を伸ばすも、横からささっと他の生徒が取って颯爽と直しに行くので、ああこれは手を出す方が邪魔だ、と判断し衣装担当の人を探して衣装のしまい場所を聞くことにしようと決めた。
そうして奈海が教室へ背を向けた瞬間――――
「ちょっと待って」
声を掛けられ、奈海は振り向いた。
「あ……」
一目見て「ああ、小人役お疲れ様」と奈海は声をかけた。
「あ、うん、お疲れ様」
要件を言う前に言われたからか、ちょっと戸惑ったように
「面白かったわぁ、ムキムキ小人。おかげでセリフめっちゃ笑いながらになってもーたやん」
その時のことを思い出し、奈海はクスクスと口元を手で覆いながら話す。
唯一帽子を被っていないスキンヘッドの小人は、人魚姫ほどではないが、登場した瞬間笑いの嵐を観客に起こさせた。
そして、笑いがまだやまぬ状態で、シンデレラの「ガラスの靴を盗んだのは……」だぁれ? という台詞を最後まで待つ前に「はぁいいいい!」と野球部ならではの腹から出る力強い声と共に食い気味で挙手したことでとてもよい注目を浴びていた。
そしてそのまま「貴方のことが好きです! 僕の思いを受け取ってください!!」と白雪姫に盗んだガラスの靴を差し出していた。
そんな小人に対し、白雪姫――奈海は、笑いがこらえ切れず「フフ、アハハ……フフ……あの……フフ……はーふー……お、お断りしますっ」とひとしきり笑った後に深呼吸してセリフを言うという、それはそれで面白い展開となった一幕となったのだった。
「やー、あんなウケるとは」
「いや、あれはホンマ……ッフフ、やばかった」
恥ずかしそうにスキンヘッドの頭をかく市郎に、奈海は思い出し笑いがとまらないようで可笑しそうに言いながら返した。
「……そっか、面白いと思ってくれたんは、嬉しいな?」
「観客もあんだけ笑ってたしなぁ。人魚姫ほどではないけど、いい線いってたと思うよ?」
「いや、あれには勝てん」
「やねー」
クスクス、とお互い笑って和んだ後、市郎がハッとし「あ、そうそう、これどこにしまうかわからんくて、ほら、あ、ああ、新田さん、準備してたよね?」と言ってリンゴの入ったカゴを見せてきた。
それは、「白雪姫と言えばリンゴよね」という誰かさんの発言により白雪姫だよ、というアピールのために持たされていた小道具だった。
「あ、そうそう。それ私しか知らんから直そうと思ってたのになかったから吃驚しててん。それ、ひっくり返したらリンゴ落ちちゃうから倉庫の棚の上の方で固定できることに置かしてもらっててさ――、あ、星頭君やったら丁度背ぇ高いし梯子なしで置いてもらえるやん。ラッキー、一緒に行こか」
自分が直そうと思ってた小道具の発見と、頼りになる相棒の発見とういう両方の幸運に奈海は手を嬉しそうに叩いて笑って言った。
そんな奈海に耳を赤らめながら「あ、うん、い、行こう」と市郎は何度も頷いた。
まともにあまり話したことはないが、可愛い人だなぁ、と奈海はクスっと密かに笑みを零しつつ、体育館倉庫への道中は演劇や他のクラスの出し物などの思い出話に花を咲かせた。
「大道芸してたクラスあるやん? 全員失敗してたのが私ツボやってさぁ」
「あれは最早わざとやろね」
「かなー。真面目にやってたぽい人もおったやん? 決まったらかっこよかったのにね~」
「や、あれはださいからこそ味があったんや」
「フフ、辛口やね~」
共通の話題があると会話は弾み、楽しく和やかに話していると、少し距離のある場所もあっという間に着くもので。
倉庫を空けると他のクラスの生徒がちらほらいて「あ、それこっち」「こっち持ってきて。そそ。オーライオーライ」とそこそこ騒がしい感じで片づけを行っていた。
奈海はそんな生徒たちに倣うようにいそいそと棚の前に来ると「こっちこっち、この一番上。届く?」と手招きをしながら小首を傾げた。
「え、あ、うん……」
その返事が、さっきまで楽しそうだったものと打って変わって声のトーンが下がっていたために、奈海は「しまった、ちょっと図々しく頼みすぎたかな? 気を悪くしちゃったかな?」と申し訳なく思った。
市郎はカゴをひょいと持ち上げ棚の上に置く――かと思ったら、置く寸前で手が止まった。
上手く置けないのかな? と疑問に思った奈海が「どうしたん? 直さへんの?」と素直な疑問をぶつけると彼の肩がぴくっと小さく跳ねた。
そして「あー……」と呻きながらゆっくりとカゴを置くと、彼は奈海を見下ろした。
体育倉庫という狭い空間内で見降ろされると中々の迫力があり、「ほぇっ」と奈海は驚いて変な声が出てしまった。