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 絵本そっくりのファンシーな衣装で――衣装担当人員の本気を見た、といっても過言ではない――子どもが着るのはまだしも成長した多感な時期の高校生が着るには中々勇気のある代物だった。

 けれど、スカートの部分が動くと足首が見える丈の動きやすそうなマーメイド風のドレスにしているからか、身長が高めの奈海には似合っていて、ゆるふわに結んだ髪が肩の前にかかるように流れていることもあり、気品のある美しい白雪姫と変身していた。

 ドレスをチェンジしてシンデレラになっても悪くない容姿だ、と思ったのはきっと拓だけではないだろう。


「そんだけ可愛くて何言ってんの~」


 小人役であるギャル――少し前まで怖い顔で奈海に迫っていた女子だ――は上機嫌に奈海の肩をバシバシ叩いた。

 それに倣う様に「そうそう、清美に負けてへんって」という女子までいて「いや、もう、それはホント言い過ぎやめて……」と、とうとう奈海は両手で顔を覆い隠れるように黒板まで後退した。

 そんな奈海に拓はというと。


「……やべ」


 奈海に負けないぐらい赤くなり、目立たないよう他の生徒より後退して顔を隠すように包帯が巻かれた腕を目元まで上げていた。

 包帯が簡素になっているため、上げ下げぐらいはできるようになっていたので、顔を隠しやすいためにそうしていた。


 ――まともに見れん


 好きな人のいつもと違う姿とは、こんなにも心を乱すものなのか。

 拓は忙しなく変わる自分の気持ちに戸惑いばかりでどうしようもできなかった。

 ――やっぱり恋愛は、予測不能すぎて表現の仕方がわからねぇ


「さぁさぁ、観覧会は終了! 文化祭までもう日にちは少ないんだから、記念撮影するよー!」


 せいの号令に、素直なクラスメイト達が「「はーい」」と元気よく返事をして、それぞれが教卓の前に並んでいく。

 そうなれば流石に動かないといけない奈海は真っ赤な顔はそのままに、ドレスの裾を軽く摘まみながら動き始めると、せいが「お姫様はみんなこっちね」という声に従いいそいそと前に出ていった。

 その動きすら可愛らしく、拓の気持ちがあふれそうになった。


 ――ダメだ、まだ


 ちゃんと、タイミングを見ないと。

 奈海が、誰にも文句を言われない状態で。

 好きと、伝えるんだ。


「はい、久藤君は腕がまだあれやからマントだけ羽織って。当日にもっかい撮影するからそん時はバッチリ決めてな。ほな、みんないくでー!」


 せいに急かされて拓はいつの間にかマントを羽織らされ、清美の横に立たされていた。

 清美を見ると「ひひ」とにんまり嬉しそうに笑っていて――その悪戯っ子笑顔がまた可愛いから何人もの男子が盗み見ていて――、反対側を見ると、ばっちりカメラ目線の奏斗が奈海の隣を陣取っていた。

 拓の視線に気づくと、奏斗は微笑み「可愛いね、お姫様」と小声で話し、くるっと奈海の方を向くと「せっかく姫と王子だし」と縮こまっている奈海の肩を大胆に抱き寄せた。

 その突然の行動に「ひ~」と奈海は真っ赤なまま目を回し、拓の全身は怒りで燃えた気がした。


「お、いいねそれ。じゃあシンデレラ側もー……て、あ、利き手があれだから無理か。じゃあそのまま、はい、チーズ」


 カシャッ


 ……さて、俺は笑えただろうか


 絶対引きつっただろうなぁ、という確信を得ながらも、拓は隣の王子に対し燃え上がる怒りを必死に抑え込んでいた。

 撮影会の後はそれぞれ友人同士で衣装を誉め合い、他の準備に早々に取り掛かりたい者は着替えるためにと教卓のカーテンの中に入っていった。

「俺このまま脱ぐだけでいいし~」と未だに野太い猫なで声で話すふとい君が、身体をくねらせながら魚の尾を脱ぐ様に大爆笑の嵐の中、「恥ずかしいからすぐ着替えたいんやけどっ」と奈海がリンゴ顔に涙目で文化祭委員に訴えていた。

 その姿に「ん~、今清美が入っちゃったからねぇ。時間かかるし……奈海の衣装は簡単に着替えられるから、学習室なら鍵をかけて着替えられるから行ってくる?」とせいが鍵を手に奈海に案を出していた。

 その言葉と鍵の登場に奈海の顔は途端にぱぁっと輝き「ありがとう! 使わせていただきます!」と丁重にお礼を述べながら彼女の手を握り、鍵を貰って自分の着替えをひっつかみ、早々に教室を飛び出した。


「わっ」


 教室に出たらしゃがんで作業をしている拓に危うくぶつかりかけ、奈海は声を上げて急いで止まった。何とかぶつからずにすんだか、真正面からバッチリと目が合う形となってしまった。

 文化祭の準備があわただしく始まってからというもの、まともに顔を突き合わせることが久しぶりで、奈海は気まずそうに視線を伏せた。

 そんな奈海に、拓は微笑み「いいじゃん、白雪姫。似合ってる」と素直な言葉を贈った。


「ちょ……っ……ハハ、いや、似合わないでしょ?」


 奈海はその言葉にまたリンゴのような顔になったが、すぐに視線を伏せて自嘲気味に笑うと「私にこんなの。姫やなんて……」と剥き出しの腕をこの場に居にくそうにさすった。

 そのまま自虐を続けようとする奈海に「んなこというなよ」と拓は語気を強めて返した。その声にびくっと肩を震わせ奈海が顔を上げた。また、奈海を拒絶した時の拓がいるのではないか、という怯えた表情だった。

 だが、その怯えた表情は拓を見ると驚いたように目が見開かれ、ぽかんとしたものに変わった。

 なんせ、そこには。

 怖い顔ではなく、目を細めとても優しい微笑みを浮かべた拓が、奈海を愛おしそうに見つめていたのだから。


「可愛いよ。……俺には、一番可愛いって、そう見える」


 そう言って、へらっと笑う拓に、奈海の脳裏に突然、彼が奈海に向けて言った言葉が蘇った。


『新田奈海に振り向いてもらう。これが俺の青い間にやりたいこと』


「じょ……冗談は寝てからいいなや!」


 記憶の言葉か、今の言葉にか、どちらに対してなのだろうか。

 耳まで真っ赤になった奈海はそっぽを向いてそう言い捨てると、そのまま目を合わすことなく拓の傍をすり抜けて逃げるように駆けて行った。

 その背を見送り「冗談ちゃうっつーのに……」とため息交じりに呟く拓の肩に、突然可愛らしい手がトン、と置かれた。

 拓が振り向くと、その手の主はにま~と殊勝な笑みを浮かべ、言った。


「ちょっと、私と付き合いなさい」

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