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 季節が移り替わる時季になり、半袖から長袖へと変わる生徒が増えてきていた。下着透け防止に女子はベストを着ている者も見かけるようになった。


 つまりは、丁度、衣替えの季節となったのだ。


 この季節になると、放課後廊下を歩くと、教室では広げられない旗や大道具を広げて作業に没頭している生徒をちらほらと見かけるようになる。文化祭、という単語が学校内で出ない日はないこの時季ならではの光景だ。かくいう拓も、包帯を腕に身に着けながらもその中の一人である。


「拓、そこ全体的に赤色で塗って」

「あいよー」


 大道具の制作を仕切っている男子生徒の指示に軽い調子で返事を返しながら、拓の目はずっと辺りをさまよっていた。

 意中の彼女を視界に収めようと必死に探していたが、中々見つからない。

 文化祭、という言葉が校内で出る様になってからというもの、ただでさえ顔を合わせて話をする機会がないどころか、目が合うと彼女はふいっとすぐに顔をそらし全く見ようとしてくれないのだ。


 目を逸らされるたびに傷つくガラスのハートを本当どうしてくれようか


 まぁ、かといって授業はすぐ後ろの席が彼女なので、つまらない授業やちょっとした自由時間を得れる授業の時は「ここ教えて」ということで席を振り返り、面と向かって話す時間を作って彼女との交友を深めることには成功していた。

 勉強の時は他の人と変わらず優しい微笑みで「ここは、こう」と教えてくれるので、とてつもなくつまらない授業時間が今では楽しみの時間でもある。

 ……が、そういう時はにこやな笑顔を向けてくれるくせに、授業と関係ないことを話すと目を合わせてくれず、そっぽを向きながら「ふーん」とそっけない返事を返すばかりになるのだ。

 でも、指先にちょんっと触れると一瞬で顔を赤くして距離を空けるので、脈はあるような気がした。


 ――とはいえ、無視されることが殆どで、あくまでも気がするだけだが


「あ~……どっちだ」

「は? こっちやし」


 拓の独り言に、作業に没頭していた男子生徒が赤色の絵の具を掲げて訝し気な表情で即答してきた。


「あ、はい。そっちデスヨネ」


 我ながら間抜けな独り言をしてしまった、と羞恥心を感じながら素直に指示に従い、色塗りを再開することにした。

 拓は片方の腕がまだ本調子じゃないので、片腕でもできる簡単な色塗りを担当していた。

 それでも膨大な量であるおかげで十分役には立てるので、内心「役立たずじゃなくてよかった」と一安心していた。

 そんなどうでもいいことに安堵したり、後ろの席である意中の彼女のことに頭を悶々と悩ませていると、教室から女子の大きめのやりとりの声が上がった。


「やだ、やりたくない! なんで私なのさ」

「はいはい。もう堪忍しなさんな」

「何でよー! 可愛い子にしてよ~!」

クラスうちの一番のカワイ子ちゃんの清美は別のお姫様役なんです。諦めてください」

「うう~」


 その声に動揺して枠を外れた場所に塗ってしまい「た~く~く~ん!?」と怒りに満ちた声を向けられたが、そんなことはどうでもよかった。

 それより、今の会話が気になって仕方がなかった。


 ウチのクラスの出し物は演劇で、オリジナルストーリーだ。

 それが色んなお姫様が登場するというものである。


 ストーリーは主人公がシンデレラで、誰かがシンデレラのガラスの靴を持っていってしまい、困ったシンデレラは犯人は誰か見てないか? と使用人のモブたちに尋ねる。そこで、盗んだ人物はシンデレラのように見目麗しい女性だったということ、だから泥棒だとは思わなかったということが判明する。その娘はどこへ? と聞くとあっちかな、こっちかな、と正しいルートは誰も覚えていない。なので、シンデレラは大事なガラスの靴を返してもらうべく、シンデレラの歌で仲良くなった動物たちと共にその娘を探しに行く……というストーリーだ。

 登場人物はシンデレラの他は白雪姫、眠り姫、ロミオとジュリエット、人魚姫、となっている。


 主役のシンデレラは学年一の美少女清美で満場一致。むしろ学校内でも美少女として有名である清美を主人公として前に出すことで人気をゲットしようという企みがあるくらいだ。


 そして、その他に出るお姫様役は、コメディよりのストーリーということもあって人魚姫は男子が「ふとっちょ人魚」となり完全にお笑い向け。それには「ふとっちょと言えばボクでしょ」とくぐもった声を発しながら相撲部の男の子、相模太さがみふといが挙手してくれた。

 次に眠り姫は目立たない陰キャラではあるが、見た目は十分可愛らしくてみんなに好かれている女子だ。ひたすら眠り続ける姫役は、会話の途中でも寝ちゃうというのがポイントである。そのくせ話すときはハキハキとしているというギャップのために、陰キャラでも授業中で発言がハッキリとしている彼女が選ばれたのだ。

 そして、ロミオとジュリエットは仲良し男女。……というより、もうすでにカップルとして成立しているうらやまけしからん男女に決まった。腕を組んでスキップして回り続けながら会話を交わすというものなので、ここもコミカル役だ。


 最後に白雪姫。


 ここで盗んだ犯人が発覚するのだが、それは白雪姫に片思いする小人の仕業。白雪姫を喜ばすという行動だったそうで、ということで「その恋応援するわ!」とシンデレラが応援するが結果は激しく玉砕……。ここでストーリーは終わり、最後にコミカルなダンスをクラスのほとんどが出てきて踊り、そこでそれぞれの姫にふさわしい王子も出てきて盛り上がって終了! という計画だ。

 ということで白雪姫の役が……


「もー、なんで私なんさー!」


 この声の主から拓は確信した。

 白雪姫は……奈海になったのだ。


「し、白雪姫ってさ、な……あー、新田さんなの?」


 他の生徒の前で名前を呼ぼうものなら、「え、仲いいの? そういう関係?」と奈海が再び誰かのターゲットにされかねないので、他の男子と同じように名字で呼ぶことにしている。

 ――まぁ、2人だけの会話のときだけ名前で呼ぶことによって特別感を出すという目論見もあるが。

 拓の質問に「ああ、そうだよ。あれ、知らなかったっけ?」と拓の失敗で眉間に皺の寄っていたリーダーの表情が不思議そうなものになった。


「あー……病院のために早く帰ってたからさ。ホームルームまともに出てなくて……」


 気まずそうに拓が返すと「ああ! そういえばそうだったな!」と彼は笑い「ほら、この前新田さん普段と違う雰囲気になってたろ? あのギャップと、逃げ足の速そうな足を持ってるってことで適任じゃね? となったんだってさ」とくくっと喉仏を揺らしながら笑った。


「あ、ちなみに王子は勿論、拓、お前な。片腕だけでも踊れるような舞踏会風ダンスだから、その腕でもいけるってことで即決定」

「あー……マジか」


 何かの役にはなるだろうなぁ、と何となく察していた拓は特に驚きもせず、ただ少し嫌そうに唸ってやった。

 が、そこでふと「王子」という言葉にハッとなる。


 王子、ということは――


「なぁ、もしかして――」

「あー、楽しみだなぁ。清美と拓の美男美女カップル! 絶対盛り上がるぜぇ~?」


 尋ねる前に答えが返ってきた拓は、「な?」と笑顔で首を傾げられ「あー、いや、はは、そっか……」と言いかけた言葉を飲み込む代わりにがっくりと肩を落とした。そこに追い打ちをかけるように「あ、ちなみに俺、白雪姫の王子役」と言われ「はぁ!?」と素っ頓狂な声をあげて勢いよく顔を上げた。

 その衝撃に近くにあった絵の具の入った缶が倒れそうになったので慌てて立て直しつつ「え……おま……王子?」と確かめるべく尋ねた。


「うん。ちなみに俺だけ立候補。前に出てみたかったし、それに……」


 そこで言葉を切ると、彼は。

 口端を殊勝に持ち上げた。


「奈海ちゃんが気になるし?」


 まるで挑発するような笑みと共に放たれた言葉に、拓の胸がざわっと唸った。憤慨、いや、拓の気持ちをわかっていそうな様子で煽るその態度に、怒りに近い感情が波となって押し寄せてきた。


「なぁ、お前、それ……」

「なーんて、ジョーダン」


 満面笑顔と共に、パ、と両手を広げて見せて軽やかに笑うと「俺、見た目は清美ちゃんドストライクだから拓が羨ましいわぁ~」と続けた。

 と、そこで


来宮きのみや奏斗かなとー! 衣装合わせするからこっちに来なさい!」


 教室から気の強そうな怒号が目の前の軽い調子ペースを崩さない男に降りかかった。


「うぇ~、こえ。じゃ、行ってくるし、後そのへんの塗りつぶし頼んだ」

「うい~」


 平然と返したものの、拓の胸のざわっとしたものと、モヤモヤは晴れない。

 奏斗の「気になるし?」と言ったあの笑みは。


 ……どうしても、冗談には見えなかったのだ。

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