拓の動きが、そのままはたと止まった。
目を大きく見開いて、じっと奈海を見つめていた。
その鳩が豆鉄砲を喰らったような驚いた表情に、奈海は上手く笑えていなかったのだろうか、もしかしてとんでもなく変な顔をしていたのだろうか、と不安になり、サイドによけて肩の前に来ていた髪を指に絡めながら気恥ずかし気に俯いた。
やっぱり、安易に声をかけるのはまずかったかな
奈海が自分の軽率な行いを恥じていると、何かが頬に触れた。
少し湿り気のある手だった。
その手は、強引に奈海の顔を上げ、拓の目と出会わせた。
「ひぇ……!?」
ビックリしすぎて自分でも驚くほどの間抜けな声が出てしまった。
意に反して心臓も早鐘を打っていた。
動かしてほしくないのに
どうして彼は
どうしてっ
そうだ、この鼓動は驚いたせいだっ
手を添えられた部分から火が吹き出そうな勢いで熱くなり、奈海の目は動揺で潤み「ちょっ……」と文句を言おうとしたが、唇からは緊張と衝撃で上手く言葉が出てこなかった。
「髪、どしたの?」
今生きている世界自体が変わってしまったのかと思うほどの景色と空気を感じていた奈海は、拓の落ち着いた、不思議そうな声色の交ざった声で我に返った。
「あ……」
言われて、いつもと違う位置で結われた髪ゴムに触れた。
「え、えと……気分、転換?」
じっと見られているのがわかるとどうしても目を見れなかったが、このまま目を逸らしてばかりでは負けず嫌いの強い奈海にとってはそれが何だか負けな気がして、はにかんだ笑みを浮かべながら言葉をつっかえさせつつ答えた。
頬が赤くなってるかもしれないほど熱いが、きっと、赤らんでないと信じることにした。
――のに
「プッ、リンゴみたい。かーわいい」
そう言って、楽しそうに笑って拓は手を離し前を向いた。
同時にチャイムが鳴り、目の前の席の男子は上機嫌な鼻歌を奏でながら授業の用意を始めた。片手の生活に慣れたのか、以前見た時よりもスムーズな動きで、別段不便そうではない様子で用意をしていた。
――ああ、うん、それなら、助けはいらないね
目の前の彼の様子を見てそう思ってから。
奈海はボンっと頭が爆発する感覚に陥った。
両手で顔を覆い、前の人物にバレないよう、音を立てないようにゆっくりと机に突っ伏す。
ナニコレ
なにこの感情どうなってんの
なんか穴に入りたい
どっか飛んでいきそう
どうすればいいの
我武者羅に走ったらこの気持ちは落ち着くのかな?
いっそ先生に怒られてもいいからダッシュしてくるか?
いや、ダメだよね。
流石にそんなことしちゃだめだよね
一人で自問自答しながら、落ち着かない心をどう扱えばいいかわからず、ひたすら机に突っ伏した。
てかやっぱり赤くなってた
てか、アイツ、真正面と向かって
あんな、言葉――
『かーわいい』
「~~~っっ!」
言葉にならない悲鳴が全身から漏れ出た。
止まらない
湧き上がる何かが止まらない
――何さっ。今更、なにさっ
1週間前まではあれ程までドン底だったのに。むしろさっきまでも1人、という孤独の怖さに震えてたのに。それらのことがあっさりどうでもよくなった。こうも簡単に気持ちが浮き上がってしまう自分に奈海はどうしようもできず、悔しいやらでも嬉しいやらと複雑な感情が入りまじった気持ちのせいで、今日の授業は普段のようにまともに受けることが出来なかったのだった。