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「どういう風の吹き回し?」
無数の好奇の視線に注目されている友人に、尋ねた清美自身も好奇のキラキラとした目で見つめていた。
普段、ポニーテールしかしない奈海の、ゆるふわサイド結びの髪型はとても可愛らしかった。スポーツ系イメージが固定の女の子が、突然可愛らしさを醸し出すギャップというのは同性でもキュンキュンしてしまうものだ。
あまり見ない姿だらか、いつもは奈海の方に目をくれない男子たちもちらちらっと盗み見てしまうほどだった。その様子に清美は抑えきれない笑みを隠すように手で口元を覆った。急に女子らしさが増し、可愛らしくなった友人ににやけが止まらなかったのだ。
元々、奈海は顔が悪くない
ただ、少々男勝りで、雑で、スポーツが男子を超えるほど万能すぎて、いつも適当で自由気ままな性格だから<女子らしさ>というものがなくて、あまり目をかけられることがなかっただけ。
だが、一度可愛い面を見つけてしまうと。
――みんな、彼女の虜になってしまう
掴みやすそうで、掴みにくい女の子。
どこにでもいそうで、どこにもいない、貴重な女の子。
虜になった1人が、拓だ。もうあの目線と表情でわかっていた。
でも清美自身、拓が好きだったのと、奈海を一人占めにしたい気持ちが爆発して何故か奈海に意地悪をしてしまった。
――なのに、そんな清美を奈海は笑顔で許してくれた
これで奈海を嫌いになれるわけがない。元々大好きだったんだから。
ただ、今みたいに注目されると、もう清美だけの奈海じゃなくなってしまう。嬉しいような、それは惜しいような、そんな複雑な気持ちになり「う~可愛いよぉ奈海ぃ」と座っている奈海に向かって勢いよく抱き着き、他の人たちに奈海を視えないよう隠すという小さな抵抗をした。
「え、えぇ!?」
素っ頓狂な声を清美の胸元で上げて戸惑い、耳を真っ赤にする奈海。いつも無造作な髪の毛はいつもより艶があっていい香りがして、とても女の子らしい彼女に、清美は心に決めた。
――大好きな大親友の恋を、全力で応援しちゃるっ
そんな、可愛い女子同士のイチャイチャに他の男子が「おぉ……」と目が釘付けになっている状態の時、ある意味渦中でもある人物が教室に現れた。
「おはよー」
一週間ぶりの明るい人気者の声に、教室の入り口に生徒がわっと集まった。
「久しぶり、大丈夫?」
「腕の調子はどうなん?」
「わー、拓君むっちゃ寂しかったんよ~」
普通に心配する者、親しい者、気がある者。
それぞれが、それぞれの思いを抱えて、腕に包帯を巻いた拓の登校を喜んだ。皆の言葉に対して「お~、とりあえずマシになったかなぁ」と適当に受け答え、拓はへらっとした軽い笑みを浮かべていた。
その輪を見つめていた奈海に、清美は「いかないの?」と悪戯な笑みを浮かべて聞いた。友人の切なげな瞳が、その輪の中心にいる人物に据えられていたのにすぐ気づいたからだ。
ニヤニヤとした笑みを抑えられず聞いた清美だったが、返ってきた反応は「うん、いい」という奈海の穏やかな声と、柔和な微笑みだった。
てっきり、耳も頬も真っ赤にして手を大きく振りながら「い、いいよ!」と恥ずかしがるのかと思っていた清美は、ポカ、と口を開けて拍子抜けた顔をしてしまった。そんな、清美にしては珍しい間抜けな表情を気に留めることもなく、微笑む奈海は輪から視線をすっと逸らし、何事もなかったかのように着席し直した。
本当に、なんとも思っていません、と言わんばかりの態度に清美は訝し気に眉を顰め「後悔してもしらんよ?」と意地悪な言葉をかけてしまった。
だが、奈海はそれに対しても苦笑し「後悔……か。そもそも、好きやないよ」と返してきた。
――嘘だ
そう思ったが、その言葉を口にすることはできなかった。
変わりに「そ……か」と口ごもりながらの言葉が出ていった。
奈海の視線が自然と拓を追っているのは、奈海をよく観察している清美にはわかっていた。
でも、いつも観察しているからこそ。
奈海の言葉が、誤魔化しとかじゃなくて本心が入っているものだと分かってしまったのだ。
傷ついているような、でも、なんとも思ってないよ、と本気で平気だと思っている表情。見ているだけで、こっちがぐっと胸が締め付けられるような、そんな……表情。
そんな清美の心情を察してか、奈海はこちらに視線を動かすと「気にせんでえーよ……ほら、チャイム鳴るで」と再び穏やかな笑みを向けてきた。
頼ってよ。気にさせてよ
そう言いたいけれど、それが今の奈海の心の重荷になるとわかっていたから、清美は「そっか、なら、席戻るわ」と無理な笑顔を作って背を向けた。その背に、奈海は自分の失態に気づき「あ――」と声をかけようと手を伸ばしたが、その声は小さすぎて清美には届かず、清美はさっさと自分の席へと戻っていった。
「ごめん……」
手をゆっくりおろして小さく呟き、奈海は自分の机の上へ視線を戻して授業の準備をし始めた。
チクチクと、胸が痛んだ。
原因のわからないその痛みを抱えながら、耳を傍立てなくても聞こえる、拓を中心として交わされる会話を遮断すべく、音のならないイヤホンをつけて勉強に使うノートを開く。
そのまま予習勉強に集中していく内に、声は段々と遠のいていった。
次第に、音のならないイヤホンが、耳の中をキーンと鳴らした。
――私は、一人
何気なく、そう思った瞬間。
今まで気にしなかったことが、気になって仕方なくなった。
――一人きりの私は、周りからどういう風に見えてるんだろう?
そもそも何で私はこんなことを気にしているのだろう。
気にしても意味のないことなのに。
今までこんなこと、一度も思ったことなどないのに。
急に、その感情が襲ってきた。
――怖い
ガタッ
物思いに耽りながらペンを動かしていたその刹那、机が不自然に動いた。その振動に文字がぶれたことで奈海は我に返った。ハッと顔をあげたら、いつの間にやら輪の中から逃れた拓が目の前にいた。
自分のカバンを机に置く際に、ぶつかったことに気付いた拓が「ああ、すまん」とこちらを向いた。
目が、合う
少し手や頬が熱くなるのを感じたが、でも、その程度。
鼓動も早くなった気がするが、気がする程度。
奈海は、微笑んだ。
「おはよう」
もう、心を動かされたくない