その言葉に。
清美が、弾けるように奈海の方を向いた。
可愛らしく、大きな瞳いっぱいに涙が溜まっていて、切なく泣きそうな表情。
その姿に奈海は思わず「やっぱり、清美は可愛くて羨ましいなぁ」と笑った。
「なん、で……」
清美の表情が、歪み、崩れた。
涙だけでなく鼻水もたれ、顔は可愛いとは言えないほどくしゃくしゃに崩れていった。
「なんで怒らんのよぉ……!」
泣きじゃくりながら、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で必死に拭う清美。
その姿を奈海は黙って見つめていた。
「全部、私がやったんよ? 私がさ、奈海を憎んでさ、嫌がらせをしたんやで? なのに、なんで、そんな余裕で……!」
そこで言葉が詰まり、清美はその場に崩れ落ちる。
制服のスカートではなく、体操着姿でよかったなぁとその姿を見て奈海は思った。
例えここに奈海しかいないとしても、足を広げて座るとスカートの中がちょっと見えてしまうし、あのスースーした服で直に床に座るのは流石に色んな意味で嫌だしきついよな、と奈海はこの状況に対してそんな呑気なことを考えていた。
当たり前だが、今の清美の精神状態ではそんなことを気にする余裕はないようで、ボロボロ出てくる涙を「とまれ、とまれ」と苦し気に呟きながら必死に拭っていた。
「だから嫌い。だから、やから……!」
そう叫ぼうとするも、言葉は詰まって。
清美は、涙を拭う手を止めると「ひぃっく」と大きくしゃくりあげた。
そして、涙で濡れた顔を苦し気に歪ませた表情で奈海を見上げ。
叫んだ。
「うわあああん、だから奈海のこと嫌いになれへんのやんか。何でそんな優しいの、私から離れないでいてくれんの、なんで、嫌わないでいてくれんのさ。うわあああん、ごめんなさい、羨ましかった、奈海が凄く、羨ましかった。うわああああん」
それは、心からの清美の叫びだった。
嘘偽りない、清美の本心。
「仲いいんやもん、拓に好かれてるんやもん。私は無理やのに、奈海は好かれてて……うわああああん」
その言葉に咄嗟に奈海は「私は好きじゃないよ?」と答えた。
が、間髪入れず「でも絶対好きになる!」と涙に濡れて迫力の増した瞳で清美は睨みつけてきた。
「だって、拓、すっごい、いい奴やもん!」
「うん、いいやつなのは知ってる」
「優しいもん、格好いいもん!」
「うん……」
「好きにならない方が絶対無理な男やもん!!」
もう、無理だった。
奈海は、じわっと浮かぶ目元を両手の掌で覆い、天を仰いだ。
「……清美がそこまで言うなら、否定できひんわ」
それでも素直に認めない自分に奈海は、「ハハ」と苦笑を浮かべた。
「でも、拓とは私が付きあいたい」
「うん」
「だから、諦めへんし」
「うん」
「後悔しても知らんからね!」
「うん」
「……私、本気やから。だから邪魔するから。でも、それでも、もし、奈海が、拓を好きになったら」
目が赤くなり腫れてしまうだろうに、それもお構いなしに涙を乱暴に袖で拭って、決意したように清美は顔を上げ、真っすぐと奈海を見据えた。
「友達のよしみで応援したる!」
笑った清美は最高に可愛くて。
その笑顔は奈海の心を大きく揺り動かしてきて。
ああやっぱり、心が綺麗な可愛い子だな、とどこか悔しくなった。
奈海は、「やっぱり、清美はすごいや」と涙が今にも零れそうな表情で笑った。
***
「でね、こんな可愛いキーホルダー見つけちゃってさ」
「えー、いいなぁ」
「えへへ、奈海も好きそうやと
「え、いいの!?」
「うん。その……仲直りの印、みたいな」
清美の手には、手をつなぐつぶらな瞳の白熊のキャラクターがぶら下がったキーホルダーが二つ。
それを少し恥ずかしそうに頬を染めながら見せてくる清美に、奈海の心臓がキュンとなり、その可愛さにハートは鷲掴みされていた。
「嬉しい……」
顔の前で両手を合わせ鼻に添え、だらしなくふにゃりと表情を崩した奈海。その、隠しきれない喜びを露わにした正直な表情に、清美の表情も自然にふにゃっと崩れた。
以前より仲睦まじい様子の2人を目撃した清美に協力していた男子は、目をこれでもかというほど真ん丸に大きく見開いて2人を凝視していた。
登校中にその視線に気づいた清美は「あら、おはよう」とにこやかに手を振った。
そこで奈海も気づき、へらっと砕けた笑顔で「おはよー」と手を振った。
親しい友人にするような挨拶にも驚きを隠せず、見つめていた男子は「お……はよ」と呆然とした表情で固まったまま手を振り返した。
そんな男子の心の内が察せれた奈海はクス、と笑みを零すと唇に人差し指を当て「女の友情って、意外と不滅なんよ?」とウインクをした。
女子らしいその大胆な仕草の後に、再びキーホルダーの話で黄色い声を上げて盛り上がる二人。
――女子って、すげぇ
女子の結束力という、男では到底理解しえない光景に関心せざるを得ない、清美に未だ淡い恋心を抱く男子は静かに感心するのだった。
同性から見ても、気分が悪くならないどころか「いいなぁ」と羨むほどの仲睦まじいぶりを見せる2人は、昇降口についても尚会話に盛り上がっていた。
「そういえば、あそこのクレープ屋300円均一なんだって、今日! 盛りに盛りまくったメニュー頼んでみいひん?」
「ええねー!」
そんな女子らしい会話で盛り上がりながら2人がほぼ同時に下駄箱の扉を開けると。
バサー
清美の方の下駄箱から、待ってましたとばかりに数通の封筒が雪崩落ちた。
こんな漫画でしか見たことのないような光景があるのかと、2人は足元に落ちた封筒を見て、顔を見合わせ、また封筒を見て、そしてまた顔を合わせ「「えー」」と同時に棒読みに近い声を出した後、ぷっと吹き出した。
普段は目にしない封筒雪崩落ちに傍に居た生徒数名も何事かと振り向く中、2人は大笑いを始めた。
「アッハッハッハ、なにこれ、ちょ、清美、これラブレター? ちょ、漫画みた……あっはっはっは!」
ツボにハマってしまった奈海がお腹を抱えながら笑っていると、つられるように清美も可愛らしく口元に手を持っていきながらも口を大きく開けて「アハハハハ!」と笑っていた。
しばらく、ひとしきり2人で笑い合った後、清美が笑いすぎて目の端に浮かんできた涙を拭い「フフ、あーあ……」と落ち着くように息を漏らしながら落ちている封筒の1つを手に取った。
「相楽清美様へ……
「あ、男バスやん。クラスかなり離れてるけど」
清美が読み上げた名前に聞き覚えのあった奈海が答えると「あの茶髪のやつ?」と先ほどまで大笑いしていた清美の表情が不機嫌そうなものになり、眉を寄せた。
「そうそう。見ていい?」
言いながら、奈海は自分の足元まで雪崩れてきた封筒を手に取り清美を見た。
清美が不機嫌そうな眉のまま頷いたのを見て、奈海は「清美ちゃんへ……
そんな、嫌そうな表情すらも可愛い友人に、これだけ可愛かったらまぁ誰も放っておかないよね、と奈海は苦笑した。
そこで、はたと急に怖くなる。
こんな可愛い友人が片思いする人を私が好きになっていいの?