「……清美と、2人きりで話す場所を作ってくれませんか。……ちゃんと、話したいので。なので、清美への罰は、保留で……彼らも、私別に何も困っていませんでしたし。何の処分もなし、でもかまいません。反省して、謝ってくれれば――」
そこまで口にして、奈海はちらっと男子生徒の方へ視線を投げた。
その視線に今自分のやるべきことにすぐ気づいた2人は、咄嗟に「ごめんなさい!」「すまなかった!」と急いで頭を下げた。
その2人の様子に奈海は満足気に口端を持ち上げながら頷くと、教師を見上げ「――だ、そうなので、他の生徒にもバレていませんし、今回のことは、被害者の私に免じて。……お願いします」そう言って、奈海は深々と頭を下げた。
「……わかりました」
教師は、拳を握り締め震わせる奈海の気持ちを汲んで、頷いた。
たとえいじめに気付けない教師でも、目の前の生徒が感情を必死に抑えて懇願していることぐらいは、わかった。
「今から別関係で会議室に呼びます。……そこで、話しなさい。貴方方のことは私から体育の先生に言っておきましょう」
「ありがとうございます」
教師の理解と優しさに。
奈海は、感謝で胸をいっぱいにしながら再び深々と頭を下げた。
男子生徒2人のことは、名前は伏せ、大事になってしまった事件に関しては”犯人は捕まえたので安心してください”という記事を新聞部に書いてもらうことで手打ちにした。
教師は本当にそれでいいのだろうかと思い悩んでいたようだが、奈海がケロっとした表情で「標的無しの愉快犯だからいいんですよ。どうしても罰を与えないと腑に落ちないのであれば、反省文400文字以上で充分罰だと思います」と、ちょっと悪戯な笑みを浮かべて言うと、男子生徒が「う」「うえ」と嫌そうに表情をゆがめた。
だが教師は正反対に、それはいい案だ、とばかりに表情を輝かせ「うん、そうしよう」と採用してくれたので、なんとなく言ってみただけの奈海はそれで充分留飲が下がった。さすがに、行動を起こした2人をお咎めなしというのは甘かったかなぁ、とひっそり後悔していたのでこれで内心スッキリした。
哀愁漂う男子たちと、ニコニコ顔の教師を後にし、奈海は会議室の方へと足を向けた。
1つ階を降りてすぐの教室だ。
今はどこも授業中で、誰も使っていないその場所に、奈海は足を踏み入れた。一人きりの会議室はシン……としていて、物思いにふけるのには丁度良い場所でもあった。
湧き上がる様々な感情を整理するために、奈海は、窓にもたれかかりながらそっと目を閉じた。
ピンポンパンポーン……
『相楽清美さん。相楽清美さん。至急、会議室まで来てください。先生から大事なお話があります』
授業中の突然の放送に、全員が「え、何々?」「相楽さんが?」と驚きの声を上げた。
清美自身も驚き目を丸めていたが、周りを見渡してハッとすると「先生、呼ばれているのでいってきます!」と元気よく笑顔で手を上げ、持っていたボールを近くにいた女子に渡し駆けていった。
目立つのは好きだが、こういう目立ち方をするのはあまり好きではない。何かヘマをやらかしたっけ、と思い悩みながら清美は会議室に駆けつけ、扉をガラっと開けた。
瞬間、清美の動きはハタと止まった。
そこには、窓際に立って外をじっと眺めている奈海がいたからだ。
その愁いを帯びた表情に、清美は全てを察した。
「……バレたん?」
そう、声をかけた。
「うん、全部」
窓を眺めたまま、奈海は無表情で、独り言をつぶやくように答えた。
「なーんや……早かったなぁ」
清美はハッと吐き捨てるように笑うと、視線を逸らした。
窓から視線を離した奈海は、投げやり気味な清美の方を向くと、じっと見つめた。
その唇は頑なに開かず、ただ、目で、じっと、見据えるだけ。
「何……何でそんなことを?、とか、言わんの?」
清美の苛立ちの混じった問いに、奈海は答えようと口を開くが、何も言葉を発さず口を閉じた。
ただ、目だけは真っ直ぐと清美を見据えたままだった。
勿論、聞きたかった
どうしてこんなことをしたのか
でも、それよりも何よりも
一番聞きたいことがあって、何も聞けなかった。
……彼の、ことを
頭の中ではいろんな言葉を悩みまわしているそんな奈海に対し、清美の表情がわかりやすいほどの怒りに満ちた。
「何さ! 何で何も言わんのさ! アンタはいっつもそう! 何があっても平気そうな顔しててさ、それでいて凄く楽しそうに生きててさ、苦があっても何も苦じゃないような顔ばっかりしやってさ、1人やのに、全然楽そうに生きててさ……! 私が欲しいもんをいつの間にか手に入れててさ……!」
叫ぶように話す清美の目が段々滲んでいき、声も上擦っていった。
綺麗な顔に、その薄っすらと浮かぶ涙はとても似合っていて、ああすごくきれいだな、と奈海はぼんやりと思った。
やっぱり、自慢の友達は
すごく、可愛いや
「何で、それで、あんだけ嫌がらせされて、学校に毎日顔色変えずに来れるんよ。なんで惨めそうじゃないのん? 何で、平気で、誰にも言わず、何事もないように、なんで、なんで、なんで!! かっこいいんよ!!!」
清美のその言葉に、それまでぼんやりとしていた奈海の表情が動いた。
「かっこいい……?」
滅多に言われたことなどない、言葉だった。
奈海の目が、丸く、大きく見開かれた。
「私はね、奈海が羨ましかったの。特に苦労もなく簡単に何でも手に入れられちゃってさ、私の欲しいもんいつも持っててさ。だから、奈海が持っていない私の可愛さで、別のクラスの男に奈海に嫌がらせさせたんよ。席を間違えて別の女子にやっちゃった時もあったみたいやけど、カモフラージュになってそれはあえて都合がよかったわ。バレずにこのまま続ければ流石に
清美の言葉はとても不安定で、ごちゃごちゃしていて、まとまりがなかった。何が嫌で、何を目的に嫌がらせをしていたのか全くつかめなかった。
ただ、やっぱり奈海は。
清美を嫌いになれないのだけはわかった
「ねぇ、清美」
不意に、奈海は問いかけた。
清美が「何よ!」と睨みながら答えた。
でも、その鋭い眼光は怖くもなんともなくて、むしろ、可愛くて。
涙がちょっと浮かんでいるからだろうか。
嫌われたくない、という思いが垣間見える色をしているからだろうか。
気づけば奈海は、笑みを浮かべていた。
「私の事、嫌い?」
その質問に、清美はすぐに口を開いたが何かに止められたように言葉を発せず、パッと視線を逸らして「嫌い」と短く告げた。
「そっか」
「うん」
「私は、嫌いやないよ」
「…………」
奈海の言葉に対し、清美は貶したり罵倒することはなく、ただ頑なに視線を逸らしていた。
でも、見えた。
目の端に、じわっと浮かぶ大粒を。
「ねぇ、清美」
「何っ」
視線を逸らしたまま、清美は吐き捨てるように返事をする。
そんな彼女に、奈海は怯むことなく声をかける。
「嫌いなら、私を真っすぐ見て言って」