奈海への嫌がらせは、拓の知らない所で起こり、続いた。
体操服が隠されたり、体育の授業の間に制服が濡らされていたり、鞄が窓の外から捨てられていたり。
……が。
この状況を先生や他の生徒の周知になることはなかった。
何故なら、基本1人行動の奈海は、他の人が気づく前に気づきさっさと自分で解決するので、むしろ知っているのは奈海と犯人だけという状態だったのだ。
ただ、同じクラスメイトでは到底出来ない時間帯が特に多かったのが奈海は気がかりだった。バレれば一発で退学もののこの嫌がらせは、奈海を囲んだ女子生徒たちの弱い精神でできるものとは到底思えないし、何より彼女たちがやって利点があるとは思えない。奈海の根の強さを面と向かって身に染みて知っているのだから。
それに、嫌がらせはとても幼稚で、濡れた制服は保健室に借りればいいし、体操服も隣の教室とかトイレとかゴミ箱とかにすぐ見つかるし、空いている窓から下を覗けば、変にへこんでる草木や花壇の様子で鞄も簡単に見つかるし、汚れたものは、予備のものと使いまわしで毎回洗えばなんとかなる程度のものだったので、奈海には大したダメージはなかった。
あえて誰にも言わず隠してあげているのだから、いずれ「意味がない」と気づいておさまるだろうと思い、奈海は幼稚な虐めを淡々とスルーしていた。
ところが、犯人は何かで痺れを切らしたのか。
とある日、被害者が奈海だけではなくなった。
しかも、複数。
「私の体操服がない!」
「財布がなくなった、どうしよう……う、ひっく」
「カバンがないの、誰か知らない?」
そう言った声があがり、他にも被害にあっていないかと聞かれ、保健室にしょっちゅう制服を借りに行っていた奈海のこともバレてしまった。
こうなってしまうと教師にバレるのは避けられない。
他の複数の女子にも被害が出たことから、女子に嫌がらせをする愉快犯がいるので犯人を見つけたら担任に、と学校新聞が出回るちょっとした事件となってしまっていた。
さすがにここまで大事になってしまうと、正義感の強い奈海は黙っていられなかった。それに、被害に合う女子のことに関してもどうしてもひっかかった。
被害にあった女子が全員、奈海の席の近くの子ばかりということに。
「私だけならまだしも……他の子に迷惑をかけるなら、ね?」
お仕置きが、必要でしょう
あえてこちらは黙っていてあげたのに、大事になるようなことをしでかしたのは向こうだ。ここまでくれば、罰を受けて当然だろう。
だから、奈海は。
――――犯人を、捕まえた。
1人が当たり前の奈海はその状態を逆手に使って、体育の授業が始まってすぐトイレと言って授業を抜け出し、そのまま誰にも言わずに教卓の中にこっそりと隠れて犯人を待ち、来たら捕まえるということを実行したのだ。
念のため、部外者という可能性もおいて教科書の詰まった鞄を武器として抱えながら奈海は待機した。元々1人行動の多い奈海なので全く目立たず、かつ他の人に気づかれずに動き隠れることが出来た。出席だけは手を上げてきたので、人数確認する先生も気づかなかった。
青空高校は体育の授業の際、2クラス合同で行うため女子が着替える教室、男子が着替える教室で別れていた。
なので、体育の時間には奈海のいる教室は女子の着替えしか置かれていないので、女子しか入らない筈だった。もし間違えて男子が入ってしまい、他の誰かに入るところを見られようものなら、暫く「変態」「エッチ」「最低」という学校生活の半分はその言葉と共に指を指されて生きていかねばならなくなるからだ。
それなのに、奈海が待機中に教室に入ってきたのは。
男子、2人組。
奈海は彼らの行動を教卓の微妙な隙間から携帯で録画し、バッチリ証拠を取ったところで「先生泥棒でーす!」と叫びながら教室を飛び出した。
彼らが奈海を止める前にたまたま教室の前を通っていた教師がいたため、2人の男子は御用。幸い、他の生徒は授業中で廊下には殆ど人がいなかった為、「お前らがやったのか!」と指さされたり集団糾弾という事態を避けることが出来たのは、2人にとっては幸いだっただろう。
捕まった2人と共にそのまま職員室へ奈海も移動し「何故こんなことをしたのか?」という教師の尋問の場に同席した。なんせ、証拠の動画には奈海の机を漁っている現場がばっちり映っていたものだから、教師も関係者として奈海を同席させざるをえなかった。まぁ、例え断られても、奈海は無理矢理同席を強行したが。
奈海と教師に睨まれた彼らは、迷ったように視線を交わし合ったが、片方が「清美」という名前を出した。俺は悪くない、言われてやっただけ、と自分への罪が軽くなることを望んで、必死な表情で言った。
その名前の登場に、教師の表情に混乱が浮かぶ。
奈海も、戸惑いを隠せなかった。
清美は、教師の中でも容姿だけではなく頭脳も優秀だと言われる学校にとって特別の部類に入る生徒。そんな彼女がいきなり黒幕の犯人! と言われても、到底信じられるものではなかった。
「ど、どういうことかね?」
動揺する教師の言葉に、男子生徒はお互いの顔を見合わせ、言っていいものか、という風に悩んだ後――――とはいえ、数秒という一瞬で――――「どうもこうも」「清美を虐める友達がいるって相談されたからさ」と口々に言い始めた。
「じゃあ俺らが痛い目見せてやるって言ったんだ。そしたら」
「新田って奴だって聞いたから。虐める奴には成敗をって」
自分たちのやっていること、言っていることが非常識だということは少なからずとも理解しているのか、何度も口籠りながら答えた。それでも、清美のためにやった、ということは誇りにでも思っているのか、どこか偉そうな口ぶりでもあったが。
「……新田さんが? ……虐め?」
教師は奈海を見たが、すぐに首を横に振り彼らに視線を戻した。
「それはない。なんせ、新田さんが唯一仲良くしているのが彼女で、新田さんは優しく勉強熱心な子だ。だからその情報は……」
「じゃあなんだよ。清美が嘘ついているって言いたいのか!」
教師が言葉を終える前に男子の1人が声を荒げた。
その言葉に、教師は何も答えず、俯く。
そこで、隣で立っていた男子がハッとした顔をし、興奮し鼻息荒く教師に詰め寄ってい相方を見、表情を曇らせた。
「嘘……だったのか。俺たち、騙されて……」
「え」
「……新田さん、ごめんなさい」
「いや、え? 嘘だろ。じゃあ、俺ら、利用されたってことか? 清美の都合よく? あの天使に? そんな、そんな……」
一気に青ざめていく2人に「とりあえず君たちと、彼女の処理は後程――」と教師が言いかけたところで「先生、待ってください」と奈海は遮った。一番落ち込んでいると思われた少女は、顔は伏せてはいるがその瞳は強い光を持っていた。