あっという間に奈海が消えると「なにあれ、くっそなまいき!」「ひどいよねー! ほら、やっぱやめときなってあんな子!」と元の虚勢を取り戻し口々に悪態をつき始めるギャルたち。
だが、恥じらいから復活したギャルたちのその声は、拓の耳には全く入っていなかった。
拓が入口から見た人数は、ざっと7人ぐらいいた。
片手で数えきれない人数が奈海を囲んでいたのだ。
表情はよく見えなかったが明らかにただならぬ気配であったし、周りの男子は「こっえー」「女子やっば」と怯えつつ面白おかしく話しながら笑っていた。
男子でも怖いと思うものを奈海が直に体験していたということだ。
「……は? お前らのがマジありえんし」
ぽつり、と拓が零した。
その拓らしからぬ冷え切った口調にギャルたちは「え」と一斉に青ざめる。
「……お前ら、嫌いだわ」
きっぱり、拓はそう言い切ってギャルたちを睨みつけ。踵を返し、奈海が出て行った方向へと走り出した。
入口で立っていた女子に「新田は?」と尋ねると「多分トイレ」と教えてくれたので休み時間にまだ残りがあるのを確認して走る。
と、丁度曲がり角からハンカチで手を拭きながら奈海が現れた。
顔を上げた奈海と目が合う。
その瞬間、奈海はくるっと踵を返す。
が、今度は逃がさなかった。
彼女が気づくのが遅めであったために、逃げ出す前に腕を掴むことに拓は成功した。
「……何?」
ぶっきらぼうな低い声で言いながら、奈海が振り返りギロっと睨んできた。
「やりたいこと精一杯やってる人が好きって言ったじゃん?」
咄嗟に、そんな言葉が口をついて出た。
「好きとは言ってないけど」
帰ってきた怪訝な言葉に「まぁ細かいことはおいといて」と誤魔化し言葉を続ける。
「俺、言われた通り何にもなかった。青いっていうか、ただ遊びたいだけの幼い奴だなって。そう気づいたら、新田のこともっと知りたくなって、だから」
そこで、言葉が止まってしまい、あー、うー、と唸り声になる。
勢いで言ったせいで言葉が上手く出てこない。
だが、今この機会を逃したら絶対後悔するというのだけはわかった。
何より、奈海が手を振り払わず待ってくれている。
俺の言葉を待ってくれているのだ
そう思うと、胸の底があったかくなって嬉しくて、消えかけた勇気とか自信が諸々戻ってきて燃え上がり、さらにはもっと俺を見てという欲望が沸き上がってきていた。
「新田奈海に振り向いてもらう。これが俺の青い間にやりたいこと」
そう、簡単だ。簡単なことなんだ。
それでも多分、難しいことだろうけど。
「てか、振り向いてもらえたら俺としたら最高の喜びで正に春、やん? 青春ってこういうことか! 俺あったまいい!」
突然そんな言葉がパッと閃き拓は自画自賛を始める。
我ながらいい閃きだと本気で思ったのだ。
「フッ……なぁにそれ」
奈海が掴まれていない方の手を口に添えて吹き出した。
馬鹿にしたような笑いなのに、全く気に障らない笑い方だった。
「……いや、俺も馬鹿みてぇとは思うよ? でもさ……夢中になったもんがない俺には、進歩なんよ?」
言いながら、握る手にぎゅっと力を込める。
「お前が欲しい」
我ながら恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
けれどこれは抑えきれない思いだし、休み時間が終わろうとしている今、周りに人がいないからこそ言える言葉でもあった。
普通の女子。だけどどこか普通とは違う特別な女子。
掴む場所がいっぱいあるようで、全くつかみどころがないような存在。
彼女に自分の青春を全て捧げる
それが、俺が青い間に全力でやりたいことなのは間違いなかった。
「……言ってること変やのに、目は本気なんやね」
ふと、奈海が呟く。
気づけば、奈海の手が俺の手を引き剥がしていた。
「……結果はどうなるか知らんけど、ま、頑張ってみたら?」
そう言って悪戯に口端を持ち上げた。
孤独を好む天使
それを俺だけの天使に
意地悪なのに、優しさを残す大人っぽい微笑みに。
拓は、今浮かんだ、本気の本気である思いを強く強く己の胸に誓った。