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 キーンコーンカーンコーン……



 悶々と頭を痛めていた授業が終わり、休み時間が始まった。

 その途端、滅多に関わることのない女子集団が「ちょっと」と声をかけ奈海の席の周りに集まった。

 端の席なので完全に囲まれた状態だ。

 拓の席にちらっと視線をやるといなかったので、拓の不在を狙った行動だと察し、溜息を盛大につきたくなったが、こらえた。

 拓にかまわれたらこうなることは、予想していた。

 なんせ私は、清美のように天使の様に可愛くもないし、美嘉のように目立つ明るさもない。つまり、責めたり八つ当たりするには格好の的なのだ。


「奈海、アンタ、拓に近づきすぎやで!」

「そうそう、席が近いからって調子にのらんといて」

「本当、化粧も碌に出来ない女子力ゼロの癖して」


 息をつく暇も与えないほど口々にまくしたてていく集団。

 化粧が濃いせいで髪型が違わなければ全員同じ顔に見える集団は、似たような怒った表情で奈海を睨みつけていた。それらの視線を一心に受けた奈海の心の中で最初に出てきた感想は、怖いとか早くここから逃げ出したいとかそんな怖気づいたものではなくて「めんどくさい」だった。

 モテる男にはこういうトラブルがつきものだ。

 漫画などの恋物語でよく見るが、こういう集団がきっとモブキャラなんだろうなぁ、と思っていると今度はこらえれず小さくため息が出た。


「は? ため息とか、むかつく」

「マジ調子乗ってんじゃん」

「アンタ立場わかってんの?」


 集団は奈美ににじり寄り、ただでさえ狭い空間に対して、人数でさらに圧をかけてくる。

 奈海は、実を言うとこの集団を多少苦手ではあっても別に嫌いではなかった。化粧が濃いわ授業態度悪いわでだけでなく、いつもべちゃくちゃ五月蠅いわ行儀が悪いわと悪いところばかりが目立つ集団ではあるが、聞き耳を立てずとも聞こえてくる話は基本恋の話。

 その内容を聞いていると、適当に生きていそうな彼女たちは割と本気で恋をしていた。その中にあるのが主に「拓ってやっぱ顔いいよね~」という話が多い。でも、例え好きな人がかぶっていても、お互いを励まし合うような絆が彼女たちにはある。


 友情と恋愛に全力を注いでいる


 大人になるまでの青い今の内に彼女たちが出来る精一杯のことがそれらのように見えて、奈海は見た目は怖い彼女たちでもその一生懸命さはかっていた。

 だが。

 その怒りの矛先を自分に向けられて黙って「ごめんなさい」するほど奈海は大人しい方ではない。


「向こうが勝手に近づいてくるんやけど?」

「は? 何それありえんし」

「フッ! 妄想おつやわ」


 奈海の言葉に彼女たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ笑い合う。


 あ、めっちゃめんどい

 あと香水臭い


 言動を慎重に選ばなければ、と思っていた奈海は、何故かその態度で一瞬でやる気をなくした。とんでもなく面倒臭くなり、もうどうにでもなれ、と投げやりな気持ちが発動した。


 と、丁度その時。


「それでさー」という拓の明るい声が聞こえた。


 奈海を責めることに集中している彼女たちには聞こえてないようだが、聴力に自信のある奈海の耳にはしっかりその声は届いた。

 奈海は彼女たちに囲まれた状態のまま「久藤拓!」と声を張り上げた。

 瞬間、教室にまばらに残っていた生徒が声の聞こえた奈海の席――もとい、不自然に奈海を囲むギャル集団の方へと視線を向け静まり返った。

 急に静まり返り視線を集中させる周りの雰囲気に「な、なによ」と戸惑う者もいれば「ちょ、やばくない?」と嫌な予感を感じ始める者もいた。

 やはり、授業を真面目に受けていないギャルたち。

 おつむ弱いんだろうなぁ、とひっそり哀れんだ。

 こんな、誰にでも見える場所でいじめのように囲うなんて、今のご時世ではほぼタブー同然だし校則でも”いじめダメ絶対”というのがあるぐらいでばれたらかなりやばい。さらに、ここは拓の後ろの席。


 ばれない、わけが、ない


 奈海がいつも1人というぼっち民だから、少し圧をかければ黙るだろうとでも思って適当に人数を寄せて安易に行動を起こしたのだろう。

 昔であれば通用したかもしれないが、メンタルの強い相手だったということと、対策の仕方をそれなりにネットから知識を得ている奈海には無意味だった。


「……誰か呼んだ?」


 拓の声が聞こえ、目の前の集団がビクリと肩を揺らした。


「新田奈海が呼びました!」


 間髪入れず奈海が再び声を張り上げると「あ、ば! おま……!」と慌てふためくギャルたち。

「え、何々!? ……て、マジで何? どうなってんの?」


 一瞬嬉しそうにトーンの上がった拓の声は、こちらに視線を向けた気配と同時に怪訝な色を帯び低くなった。

 奈海がいるだろう席を見ればギャルたちで姿が見えなくなっているのだからそれはそうだろう。奈海は、ギャルたちが他の子にこんな風な圧をかけないようお仕置きする必要があるだろうと判断し声を張り上げる。

 嫌な思いをするのは、それに対して耐えられる自分だけで充分なのだから。


「私の席の近くにいる子たちがね! アンタのこと好きなんだってさ!」


 別に確信でもないし普段聞こえる会話からと、今の彼女たちの行動から見た感じの予想なのだが、躊躇なくそう言った。瞬間、数人は「私関係ないもん」と言わんばかりに顔を伏せながら急いで離れ、2、3人だけが残った。

 一瞬で裏切られて残ったギャルたちは「ちょ」「あ」「どーしよ……」と顔を合わせ、赤らめ、俯いた。

 恥ずかしがりで、内気なしおらしい乙女へと変貌した彼女たちだったが、そんなことはお構いなしに奈海は立ち上がると教室の入口で突っ立ったままの拓へ近づく。そしてがっと乱暴に手首を掴むと引きずるようにギャルたちの前に連れて行った。


「だからさ。この人たちがアンタに近づくなって言ってきたんよ。アンタから近づいてくんのにね。せやし」


 そこまで早口で言って奈海は手を離すと、拓の背中を思いっきりパーで叩いた。

 バシン!、といい音が鳴り「いって!」と拓が悲鳴を上げる。


「こういうことになるから、本当、私にかまわんといて。迷惑」


 きっぱりそう言い切って。

 奈海は教室を足早に出た。


 ギャルだけならまだしも。

 奈海の声に反応してほぼクラスメイト全員の目が集中したとなれば、流石の奈海もずっと虚勢を張っていられるほどのメンタルを持ち合わせていないので、もう逃げが一番と判断しての行動だった。

 小さな世界ともいえる学びという箱の中では、突き刺さる無言の視線程恐ろしいものはない。

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