「あ?」と視線を向けると、昨日のギャルではなく、清楚美人と有名な
他の男子からとても評判のいい彼女が好意をもった素振りをしてくるのは、他の男子からの羨みの視線が気持ちよくて不意にそばに来るのを特に振り払わずそのままにしていたが、奈海に対して本気で頑張りたいと思っている今の拓には邪魔でしかない。
万が一、奈海に「ほらやっぱり軽い」などと言われたら流石に落ち込みから戻れる自信がない。
なので拓は、いつもなら「ん?」と笑顔で答えるところを「何?」とぶっきらぼうに返した。
腕も振り払おうとしたのだが、そうすれば彼女の顔に肘が当たってしまうのと、人が行きかう中でそんなことをしたら彼女の名誉も傷つくだろうと思いそこは良心と紳士な心で我慢した。
腕にふくよかな感触が当たっているのと、女子らしい花のいい香りがして悪い気がしなかったというのもあるが。
「ね、
美嘉?
誰だっけ、と一瞬思い眉間に皺を寄せた拓は「ああ……」と思い出した。
昨日校門で絡んできたギャルだ。
「まぁ、うざかったしな」
繕うこともないだろ、と正直に答える。
すると、清美の笑顔が嬉しそうに輝いた。
その笑顔に、胸の内がざわっと嫌な感じがした。
拓には、年の離れた姉がいる。
その姉のおかげで、女子同士の中のドロドロとした汚い戦争があることをよく知っている。
『アンタ顔がいいってだけで楽してそうだから教えてあげる』と突然切り出した姉が教えてくれたのだ。
略奪、虐め、ハブリ、悪口等々……女子の中には、とんでもないものが隠れていることを。そのせいで女子を観察してしまい、その表情の変化に敏感になってしまった。
ついでに、何を考えているかも手に取るようにわかるようになった。そのおかげでトラブルを生むことなくモテているとも言えたりする。
だから、清美の笑顔の意味もわかってしまった。
恐らく今の清美は、美嘉に対して『ざまぁみろ』とでも思ったのだろう。
可愛らしいはずの笑顔の裏に醜さがチラついて気持ち悪かった。思わず掴んでくる手を力任せにバッと振りほどいてしまった。
瞬間、清美が信じられないものを見るような目で拓を凝視した。
「つか、彼女でもねぇのにくっつくな」
ハッと我に返って、とりあえず自分の行動を正当化するために出来るだけ軽めの口調で言った。どうしても、言葉はきつくなってしまったが。振りほどかれたことで驚愕と困惑の表情を浮かべていた清美は、口調が軽かったことでどこかホッとしたような安堵の笑みを浮かべると「いーじゃん。彼女いないんでしょ?」とまたくっつこうと手を伸ばしてきた。
その手をよけ「いーひんけど、気になる人はいる」ときっぱり言った。
そうだ、ちゃんと断らないと
女子は誤解しやすい生き物だと姉から聞いている。
万が一、くっついているところを奈海に見られたら
”ああ、やっぱり、適当だったんだね”
物凄く冷えた目で見られることが簡単に想像できてしまいぞっとする。そんなことになれば好かれるなんてことは夢のまた夢となってしまう。
「え、だれだれ?」
「気になる人がいる」という言葉に、清美は興味津々とばかりに食いついてきた。目を爛々と輝かせる清美に、拓は清美を遠ざけるつもりが自ら女子の大好きな恋話を種としてまいてしまったことを自覚し、しまった、と心の中で舌打ちをした。すると清美は、ハッと可愛らしく――というかわざとらしくあざとく――手を口に当て、「あ、もしかして……」と頬を赤らめ視線を逸らす。
他の男だったらイチコロだろうなー
可愛らしすぎる容姿に、女子らしい仕草。
スタイル抜群のモデル顔負けの清美は、男どもの高嶺の花。
こんな可愛い女子に「もしかして私のことが好き?」と言わんばかりの仕草をされようものなら「そうだよ!」と食いつかない男はいないだろう。
――そう、思えるのだが
拓の心は1ミリも動かなかった。
見慣れた挙動、わかりやすいあざとさ。
裏にある黒さを見つけてしまうと、全てが仮初の姿にしか見えない。
最早、拓の目は、女子と同じ目線とも言えた。
「じゃ、そういうことだから」
しゅぴ、と手を縦向きにあげ、もじもじと髪を弄り始める清美の傍を颯爽と通り過ぎる。
「え?」
吃驚するほど反応されなかった清美は戸惑い慌てて振り向くが、もう拓は離れたところを速足に歩いていた。
清美は、美嘉が振られたと聞いてチャンスだと思っていた。
美嘉の性格のきつさと彼女の偏見ぶりは結構学年内で有名で、彼女に目をつけられたらよく漫画であるひどいいじめのようなものはなくとも”目を付けられると面倒臭い”ということは誰もが重々理解していた。
だから、美嘉が拓の周りにまとわりついている内は静観するしかなかった。だが、正式に振られたとあれば、しかも、その噂が女子の間で回っているのであれば、話は違う。
堂々と接して悪いことなど何もない。
むしろ、他の女子が拓の傍にいくことを防いでいては埒が明かないことを彼女自身も知っているし、誰が近づこうがそれを妨害することがそもそも”負け犬の悪あがき”と言われ格好悪いことでもあるので美嘉は何もできない。
なら、近づくのは他の女子も殺到するだろう今の時期だ。
学年一イケメンと言われる拓と、学年一の美女と言われる清美。
その二人が同じクラスになったのだから、それはもう付き合うしかない。
そうすれば、学校生活は薔薇色どころか皆の羨みの
というかなるべくしてそうなるしかない。
そう信じて疑わなかったからこそ拓に声をかけたのに。
気にかけてくれることさえなかった
「……私を、無視?」
ありえない
腹の底から、フツフツと怒りが沸き上がる。
男から放っておかれたことなどない清美の「生まれたころからの美人」というステータスが、この事態に高嶺の花と言われるにふさわしきプライドが傷ついた。
「絶対……オトしてやるんだから」
今まで男に嫌がられたり避けられたりということをされた経験のない清美は、拳をぎゅっと握りしめ自身のプライドにかけて静かに誓った。