作戦は練った
脳内シミュレーションもやりまくった
後は実践のみ
なんせ俺は自他共に認めるほど顔がいい
きっとすぐには拒否られない
青空高校の2学年で1番と言えるほどモテにモテている男子生徒、
今日は朝練がない日だということは調査済みだった。そして、目当ての彼女が大体この時間に登校するということも。
階段上で涙する彼女を見かける前から、よく1人になるよなぁ、俺が傍に行ったら赤くなるくせにすぐ逃げるよなぁ、他の奴は近づくのになぁ、と他の女子とは何か違うものをもっている彼女が珍しくて何となく気にかけていたので朝練の情報を知っていたのだ。
いつも騒がしい昇降口は朝早めのためか人がまばらで、話し声は「えー」という冗談を笑う黄色い何気ない声くらいで、後は靴を履き替える音や下駄箱にカバンや靴がぶつかる音が響くぐらいだった。
そんな、人が普段より少ない昇降口で意中の彼女を見つけるのは、目をつぶって匂いで判断できそうなぐらい簡単だった。そもそも彼女の下駄箱の場所をよく知っている。同じクラスであるおかげで、俺の隣だ。
すぐに視界に彼女を入れた拓はにんまりと笑みを浮かべる。
よし、作戦始動!
拓はさらに足を速めると、上靴に履き替え終わり立ち上がった奈海の腕をがしっと力強く掴んだ。
進もうとしていた彼女は突然の拘束に一瞬よろけるが、部活で鍛えた体幹のおかげでそれは一瞬で、ぐっと踏ん張ると振り向いた。
振り向く寸前に見えた表情は驚きと戸惑いの色が伺えたが、拓の顔を見た瞬間、その表情は一瞬で心底嫌そうな怪訝な表情になった。
女子に驚かれたり顔を赤らめられることはしょっちゅうあれど、ここまであからさまに嫌そうな表情を向けられたことのない拓はこの時点で先ほどまで確かにあった自信がぽっきり折れそうになっていたが、ここで諦めてはいけないとなけなしの勇気と自信を振り絞っていつもならば顔を赤らめて貰える得意の輝く笑顔を浮かべた。
「おはよっ」
笑顔を張り付けたまま当たり前の挨拶の言葉を投げかける。
だが、どうやら彼女にこの笑顔は逆効果だったようで、手を掴まれた彼女の表情は益々怪訝――どころか不機嫌なものとなり「おはよう、何?」と女子にしては低めの声での返答が返ってきた。
「そんな怖い顔しんといてよー奈海ちゃん」
「名前で呼ばんといて」
きっぱりとした否定の言葉が拓の胸にぐさりと突き刺さる。
だが、拓はめげずに笑顔のまま「同じクラスやしさ、一緒に教室行かん?」と可愛らしめに首を傾け、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
大体の女子はこのあどけない仕草に首を何度も縦に振ってくれる。
しかし。
やはり、他とは違う奈海は。
顔を赤めるなどという気配は微塵もなく、1つ盛大な溜息をつくと「ねぇ、何か夢中になってるもんある?」と拓の質問とは全く関係ない返答、というより唐突な質問を投げてきた。あまりの突然すぎる質問に「へ?」と間抜けな声を拓は出してしまった。
「え? あ、そりゃあ、ある……よ?」
咄嗟に繕うように言い直すが、言いながら「あれ? あるか? あれ?」と拓自身、自分に疑問を持った。
そんな拓の様子に、心中を察したのだろう。再び奈海は溜息をつくと腰に手を当て呆れたような不機嫌そうな表情のままじっと拓の顔を見据えた。
今までは、目を合わせるだけでちょっと顔を赤らめていたくせに、そんな様子は微塵もない。少なくとも、俺の顔に対しては好印象を持っているだろうと思っていたのに、彼女の表情は耳が少し赤らんではいるもののそれは緊張のものだろうと心を読めなくてもわかるぐらい、彼女が拓に向ける表情は不機嫌という文字が頭上に浮かび上がりそうなほど露骨な表情だった。
「ちなみに私は勉強と部活。……学生ってね、今しかないって教えてもらったんよ。”青い内にやりたいことを精一杯やりなさい”て。この先絶対後悔しないように、て」
言いながら、拓が掴んで離さない自分の腕をさっと薙ぎ払い、拓の手を素早く振りほどいた。「あ」と拓が情けない声を上げたのを気に留めることもなく、奈海は真っ直ぐと拓を見据えたまま一歩身体を引き、言葉を続ける。
「アンタには」
その真剣な瞳に見据えられた拓は思わず「はい」と、振りほどかれて行き場のなかった手を額に添えて敬礼ポーズをしながら返事をする。
「それがないようにしか見えん。だから、好きになれんの」
そう言い捨て、奈海は拓に背を向ける。
「……適当に生きてる人って、嫌いなんよ」
静かに呟き、奈海は突然ダッシュした。
そのスタートダッシュの速さに、前回追いつけなかった拓が追いつけるわけもなく。
呆然とその場に立ち尽くすし、階段の奥へ消えていく背中を目で追うことしかできなかった。
青い内に精一杯やりたいことを見つける。
――やりたいこと
改めて、奈海の言葉を頭の中で反芻し、額に添えていた手を下ろし顔の輪郭にそって滑らせ、そのまま口元を覆った。
――確かに、これといってない。
急に、自分の存在がちっぽけに思えてきた拓は、足取り重く教室に向かいながら奈海の言った言葉の意味を改めて考える。
けれども、考えても考えても、逆に自分に何もないことを痛感するだけだった。
勉強は適当にやればそこそこの点数。
恋愛は勝手に相手が寄ってくる。
部活は面倒になったからやめて自由に遊ぶことを謳歌。
顔よし、背丈よし、声も良し。
その3つさえ持っていれば学校生活は楽勝と気づいてからは適当に生きていた。
それで全く不自由がないからだ。
苦労せずとも、いい容姿のおかげで何でも手に入り、努力というものは何もいらなかった。
考えてみればみるほど、夢中になるものなんて何もなかった。
『適当に生きてる人って嫌いなんよ』
「う」
今更奈海の言葉が深く深く胸に突き刺さり、心に傷を負った。よくよく考えてみれば、女子の言葉で傷つくっていうのも初めてかもしれなかった。
――やっぱり
拓の口端が不意に、嬉しそうに持ち上がる。
女子は、勝手に寄っては鬱陶しく群がるものだと思っていた。
今までがそればかりで、そう思わざるを得ない状況ばかりだった。
だけれど、彼女は違う。
寄らない、媚びない。
というか、他と変わらない接し方を俺にする。
顔を近づけると赤くなるのに、自然に拒否する。
顔がいい男に弱いくせに、それでも媚びたり可愛い子ぶったりせず、普段の自然な彼女のままでいて、何があっても変わらない。
俺と真正面から向き合って強がって喋っているのに、耳が赤くなっていたのが何よりの証拠。
芯が強くて、自分をしっかり持っていて、周りに流されない彼女
女子にここまで心を動かされるのが初めての拓は、ぎゅっと胸元を握りしめた。
うん、多分
いや、絶対
これは、本気の好きだ
高1の時は何も思わなかった。とくに視界に入らないし、見ようともしていなかったから。けれど、ふとした時に見れば見る程、彼女は魅力があって、でもどこか抜けていて、だからこそ目が離せない、そんな存在で。
いつからそんな風に見ていたのだろう。わからない。けど、気づいたら見ていてそういう気持ちになっていた。
胸元を握る手に、ドクドクと心音が伝わる。
きっと、この気持ちは間違いない
なら、好かれるためにはどうするか。
いつものように笑顔を振りまいたり「可愛いね」ていうのは恐らく奈海には利かないだろうことを拓は先ほどの出来事で充分痛感した。
が、それ以外に方法なんて知らない。
なんせ、努力をしたことがないのだから。
「うーん……」
中々の、無理難題。
楽に生きてきたツケがここできた。
雑誌で女子の好きなものを参考にするべきか、それとも恋人のいる奴にどうやってオトしたか聞くべきか……と悶々と頭を悩ませながら、でも一番女子をオトしてるというか勝手にオチられているのも俺だしなぁ、と頭を捻りながらゆっくりとした足取りで拓が歩いていると「拓ー!」と誰かが腕を絡めてきた。