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精一杯の青
魚住真琴
恋愛現代恋愛
2024年10月25日
公開日
83,714文字
完結
「君は普通の女の子。だけど、俺には、一際輝いて見える女の子なんだ」


主人公の新田奈海は同い年の子たちより少し大人っぽい。というのも、彼女の祖母が書いた青春小説を読んだのが影響している。別の1人分の青春人生を体験したような感覚に陥る本を読んだ彼女は、”青い内にやりたいことを精一杯やりなさい”という祖母の格言を胸に自分の青春を大事にすると同時に精一杯やりたいことをやると決めていた。故に、恋愛を知らない彼女は勉強と部活に真剣に取り組む。そんな彼女に恋をしたのは、色んな女の子をとっかえひっかえしてきた久藤拓。適当に生きてきた彼にとって奈海は魅力的に映り、拓は持ち前の容姿を生かして近づこうとするが――
ある意味正反対の2人が、今の青春を精一杯に生きる姿を描いた青春恋愛物語。
この恋は、2人が精一杯だからこそ、生まれた。

素直な君に恋をした

 イケメンを前にしたら少し頬を赤くするけど顔の良し悪しで決める女子たちの様に媚びた上目遣いで見ようとはしない。

 仲良しの友達と一緒に居るところを見かけるけど、どちらかというと一人で頬杖をつきながら様々な本に目を据えている方が多い。

 いつも朝早く来て、部活の朝練を汗を光らせながら真剣にしている。

 夕方の部活も遅くまで残って、片付けも肩を揺らしながら額の汗を何度も拭いながらやっている。

 後輩にいつも優しく笑っていて下の年齢からはかなり評判がよく、先輩にも変わらない、でも上を立てるような控えめな笑顔で接している。

 制服も着崩したりせず、暑いときにボタンを崩すぐらいで、だけど朝練で教室に入るのがギリギリになった時は目のやり場に困るぐらい服が乱れてたりしていて。

 すでに将来の目標を見据えている彼女は、1人の時は殆ど勉強。

 昼休みも、時々友達と一緒に食べてるけど、お握り片手に両耳イヤホンで勉強したり読書らしきものをしているのが殆ど。

 成績は上位じゃないけど、中よりの上。

 顔も、スタイルも、中よりの上。


 化粧が当たり前の時代だし校則でも禁止されてないのに、化粧を絶対にしないその彼女は。


 真面目、だけどどこか抜けていて。

 可愛くない仕草が多いのに、ふと見た時の仕草がとても綺麗で。

 特徴がないのに、探したら特徴だらけの変な彼女。



 高2の夏。



 そんな彼女が、屋上へと続く扉よりは下の階段上の踊り場で、窓から差す柔らかい日光に当てられながら壁にもたれてこっそり泣いているのを見た俺は。




「……お前、可愛いよな」




 ありふれた生徒として馴染んでいるようで、けれど異彩を放っているように見え異様に目を惹かれてしまうそんな彼女を好きになっていた。



「バッカじゃないの」


 新田奈海あらたなみは笑って、手に握りしめていたハンカチで素早く涙を拭って背を向けた。

 階段の中腹から見上げる形で見ていた俺からは、素早い動きによる勢いで夏用の薄いスカートがひらっと舞い上がりちらりと太股が見え、もっと風が吹けばいいのに、という下心がうずっと沸き上がった。


「えー、結構本気で言ったよ?」

「どうせ誰にでも言ってんでしょ、モッテモテの癖してさー」

「ひっで。いや確かに好きじゃない人に好きになられることは多いけどさ」

「……喧嘩売ってる?」


 俺の軽い調子で返す言葉に、少し赤みがかった目を訝し気に細めて彼女は振り向いた。

 改めてよく見ると、彼女の肌はちょっと荒れている、けれど治せば綺麗な色づきのいい肌色になるだろうと俺は何故か思った。

 恋は盲目とはこのことだろうか。それとも彼女の背にある窓から差し込む日光のせいだろうか。肌荒れが目立つはずの彼女の肌が、白く透き通った雪肌のように見えてきていた。

 触りたい。

 そう思って仕方ない俺は、彼女に向かって足を踏み出し、触れようと手を伸ばしていた。


 が、新田奈海はそれを許さない。


 他の女子なら、手を伸ばされただけで「なぁに?」と上目遣いの猫なで声でむしろ寄ってくるのに、彼女は上手いこと俺が触れない距離に下がって離れ、ふん、と見下すように――実際俺は階段の下にいるので見下されているが――唇を機嫌悪そうに尖らせ鼻を鳴らした。


「誰もがアンタを好きになると思わんといて」


 口早にそう言うと、彼女は足を大きく踏み出すと俺の脇をすり抜けて階段を駆け下りていった。


「あ、ちょ……!」


 反射神経のない俺は1拍遅れて慌てて手を伸ばし振り返るが、運動部の彼女と運動部を途中で止めた帰宅部の俺では勝負は歴然。彼女の足に追いつけるはずなんてなく、振り返った時にはもうすでに次の階段を駆け下り始めている彼女のスカートがひらっとはためいたのを柱の陰に一瞬見えて消えていくのを目にしただけだった。

 要するに、風のようにかけ下りる彼女を見送るだけの形となったのだ。


「……ちっくしょー」


 心の底から洩れた言葉と共に、傍にある階段の手すりに体重を預けながら壁に頭をゴツンとぶつけた。

 ちょっと力を入れすぎたため、側頭部が痛くなった。


 アホだ、おれ


 じんじんと地味に痛む側頭部を抑えながら盛大な溜め息を落とした俺は、潔く諦めることにして帰宅することにした。


「あ、いたいた!」

「わー偶然!」


 頭を押さえないで済むぐらいには痛みが引いて、やっぱり例え不恰好でも追いかければよかったかな、という後悔の波に襲われながら昇降口に着くと、わざとらしい高い声をあげながらクラスメートの女子たちが2人駆け寄ってきた。

 恐らく門のところで待ち伏せしていたのだろう。

 こんなことは日常茶飯事なので、俺は2人が気づかない程度の小さなため息をついてから、にこやかな営業スマイルならぬ女子たちの言う「さわやかスマイル」を向けた。


「偶然やね、どしたん?」

「今からウチらクレープ食べに行くんやけど、拓もどう?」

「一緒に行こー! 久藤君いた方が楽しいし」


 俺の質問に対しというものをこれでもかと詰めて食い入るような物言いで2人は返してきた。

 そしてその勢いのまま、ギャルっぽいメイクをした女子が俺の腕に勝手に絡み付き、もう1人はギャルっぽい子を立てるために足を一歩下げて距離を空けていた。

 よくある、構図だ。

 友達が好きな人とくっつけるように応援する、女子の尊い友情の図だ。

 見飽きたありきたりで、けれど一歩下がった女子の痛いぐらいの切なく細められた目で、裏ではドス黒いものを抱えてるだろう決して美しいだけではない女の友情の図。

 洩れそうなため息をすんでのところでとめ、変わりにフッと息を吐いた嘲笑に近い笑み――されど女子たちには美しい微笑み――を浮かべた。


 俺は、好きな人がいなかった。


 だから、「好きな人がいないなら、好きになるまでいっしょにいるからね!」とギャルメイクの女子がベタベタと遠慮なく身体的に絡んできても特に何も思わなかったし、変に跳ねのけて悪い印象を与えることをする必要性も感じなかったから好きなようにさせて適当に笑みを振りまいていた。

 でも、今の俺には。

 恋、なのかはわからないけど、確実にこのギャルよりは好きな人が出来た。

 てか、そもそも好きにならないって言ったのにしつこく絡んできて、腕に今もしがみついているコイツが正直苦手でもあった。

 今までは本当に気になる人がいなかったから、暇ということもあって跳ねのけず陽気な男女、程度の認識で済むように接してきたが。


 そんな必要はもうない

 むしろ、をしてはいけない。

 俺は、絡んできた腕を乱暴めに振りほどいた。

 その瞬間、化粧の濃い顔にショックを受けた表情が浮かび少し心は痛んだが、ここで少しでも優しい情を与えてしまってはきっと一生このダラダラした無意味で何も得ることのない陽気な絡みは続くことになる。

 そうならないためにも、きっちり断ち切るのが男ってもんだろう。


「俺、好きな奴できたから。もうこんな風に近づかんとって」


 きっぱり、出来るだけ冷えたトーンで言い切って。

 俺は女子の顔を見ないよう背をさっと向けて、逃げるようにその場を去った。

 見ていなくても背中にひしひしと突き刺さる視線を感じながら。俺は、お前らと関わりたくないと背中で語りながらその場を早く離れたくて走る。


――あれ、なんかダサくねぇか


 一瞬、そんな言葉が頭をよぎった。

 が、そんなことはないと思い込むことにした。

 それよりも、何よりも。


「明日……どうすっかなぁ」


 先ほどまで居心地の悪かったあの空間と空気や、ギャルのショックを受けた表情をすっかり記憶から飛ばした頭は、数分前に俺の胸をときめかせた女子のことで、奈海のことで――頭が、いっぱいになっていた。

 心が浮きそうで、脳がふわふわとした何かで包まれたような感覚は全然悪くも何でもないもので、むしろ幸福感に俺を満たしていて。機嫌よく歩いていると、ふと目が合ったショーウインドウの中にいる俺の口端が気持ち悪いぐらい持ち上がっていて俺は「うへ」と変な声を1人出してしまった。


 この日から、俺の常人より幸福な日常は何だか全部狂い始めたんだ。

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