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第90話 余談

 余談。


 その疑問点は年の暮れにぼんやりとテレビを眺めていた時にふと思い出したもので、ちょうど色々あって長女は自室、長男はそこに連れ込まれ、末娘は寝落ちしてしまったのもあり、俺たち夫婦は期せずして『二人の時間』の中にあった。


 思い出すタイミングに神がかったものを感じた俺は、思いついたままにさっそくすぐそこで同じようにテレビをながめている妻に聞くことにした。


【露呈】、人間のいない大陸を任されてたみたいだけど、大丈夫だったの?



「え? ああ、あの・・話?」



 説明不足ではあったが読み取ってもらえた。


 妻はコホンと咳払いをしてから俺に向き直る。


 そこには久々に始祖竜オリジン【静謐】の雰囲気があり、こちらまで居住まいを正してしまう荘厳さが空気中に漂った。



「……たしかに、【露呈】は南の極点にある大陸を担当しましたが、そこは【静謐】が氷で閉ざしてしまったので……


 というか『【虚無】姉様ばっかりずるいわ。わたくしもああいうキラキラしたのがいい』とねだられたので、氷で閉ざしたわけですが。


 そのせいで人間が発生するには難しい環境になってしまったようですね」



 ちょっと人類史にさほど詳しくないんだけど、あそこに人類の住居があったという話は耳にした記憶がない。


 凍った土地に住む人たちももちろんいるから、周回のいくつかでは人が発生したのかなーとは思ったんだけど。


 発生しなかったなら、始祖竜として大丈夫だったのかなって、気になってたのを急に思い出したんだ。



「存在の維持自体は問題ありませんよ。


 ただ、『人に姿を見せると自分好みの感情が流れてくる』という特性上、始祖竜はたいてい、人に自分を認識させるため、姿を見せます。


 いつか話したでしょうか。


 始祖竜が人前に姿をさらすのは、『自分好みの食事』を用意させるためで……

 そのたとえだと、【露呈】は点滴で生きていた状態ですね」



 ……きつそう。



「私もそう思ったので、人が発生しないと気付いた時に氷を溶かそうかたずねましたが……


 あの子はこう答えました。


『いいえ。あれはあれでいいわ。他の姉様の余剰分だけで生きていくのも、一回やってみると悪くなかったし。それに、あの閉ざされた大地の美しさは気に入っているもの。いえ、愛していると言うべきかしら』」



 ……世界で俺一人しか評価できないけど、超似てるな。


 微妙に鼻にかかった感じの再現度が高いっていうか。



「……ええ、そんな評価されるの予想外なんですけど。


 と、とにかく、その発言は『絶食もなかなかいいわよね』みたいな意味なので、みんなして『えぇ?』って感じでしたが。

 まあ、本人がいいと言うので、無理に取り上げるのもどうかと思い……


 あと。


 大陸一つを氷で覆ってしまったので、溶かすと世界の環境が変わりすぎそうかもと気付いたので。

 据え置きになりました」



 ……いや、そりゃまあ、大陸一つ氷で覆ったら、でかいでしょ、影響。


 そういう大地に人間が生存できそうもないってのも後から気付いたみたいな感じだったし、もしかして、人間のことめちゃくちゃ評価してない?



「脆さを知らなかった感じはありますね。人と世界の……


 ……今思えば、【露呈】は、人や世界の脆さに気付いたのかもしれません。


 あの子にとって、脆い生物とかかわってしまうことは、ストレスだったのかも。


 だから、誰もいない大地は、安らげる場所だったのかもしれませんね。


 人の保護に力を入れがちなのも、壊したくなかったから、という想いなのかも」



 いきなり聖剣をあずけられそうになった身としては、そんな殊勝なのかあ? と疑ってしまうが……


 たしかに、魔導王という『叩いても壊れないもの』とともにいるには、俺は脆すぎて心配で、だから力を与えたかったのかもしれない━━と解釈できないこともない。


 っていうかさあ……



「はい?」



 始祖竜、言葉が足りなさすぎる。



「私たちは言葉を尽くしていきましょうね……」



 そうね。


 などとやっているといつの間にかカウントダウンが聞こえ始め、年明けが近付いている空気がにわかに高まり始めてきた。


 ダダダダダ! と床を駆ける音がして、リビングに長女と長男が戻ってくる。


 その音で末娘も目覚め始め、なにかをフニフニ言っているが、それは言葉として聞き取ることはできなかった。


「鍋、食べていい!?」


 長女がいきなりそう言うもので、俺たちは夫婦そろって笑った。


 まだだよ。年が明けてからにしなさい。


 などとやっているうちに年明けが告げられ、俺たちは新年度のあいさつを交わすタイミングをちょっとばかり逸してしまった。


 また一年が始まる。

 たしかに積み上げられて、誰にも崩されることのない、大事な一年が。

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