最初から予告されていた通りだった。
俺たちの旅は、たった千回で結末にたどり着いた。
黄金の剣は竜の血をしたたらせ、精霊たちはその剣のいる場所には近寄ろうともしなくなった。
回数を経るごとに精霊が聖剣を避ける範囲が広くなり、それは『精霊を繋ぎ止めよう』と誰か……精霊に愛される才覚を持つ誰かが強く望まない限り、避けられない空白地帯となった。
「お前のまわりで魔術を使うの、異常に疲れるんだけど!」
とは魔術王の発言であり、
「おお、ずいぶん斬ったねぇ。えーっと、まあ、四、五千柱ぐらいはやってるかな。さすがに二千も斬るころには『記憶の焼き付け』もできてないね。というかそばにいるだけで私が散逸しそうだよ」
とは【解析】の解析だった。
で、
「では、そろそろチャレンジしてみようか。まずは【露呈】のいる場所まで君たちを送り届けよう。始祖竜は全員殺しておかないと【虚無】の役割が引き継がれてしまうかもしれないからね。……と、思ったんだけど、聖剣が予想外にすさまじくなりすぎていて、とても私だけじゃあ、君たちをあの氷の大地まで転移させられない」
そう前置きしたあと、【解析】はこんな提案をした。
「じゃあ、我が弟子に命じよう。君、ちょっと行って【静謐】に『一緒に竜を皆殺しにしませんか?』って提案しておいでよ」
いや……無理っす。
しかし俺の反論は聞き届けられなかった。
かくして俺は、【静謐】の居場所まで飛ばされて、竜殺しにお誘いする羽目になったのだった。
◆
彼女が好む
水気の濃い空気を吸い込みながら、ひんやりした中を震えながら進む。
細い道を抜ければその先には天井の高いひらけた空間があって、その中央に【静謐】は座して待っていた。
「【解析】からふざけた情報共有があったんですけど」
この時代、いつものルートで【変貌】【編纂】を斬り、【解析】の力でどうにか【躍動】のいる大陸まで進出してそれも斬ったので、すでに【静謐】は共有されてくる他の始祖竜の記憶をつぶさにチェックしていたようだった。
だからだろう、かなり、イラついている。
「まあ、たしかに、【解析】はなにかにつけて『竜なんてみんないなくなってもいい』みたいなことも言ってましたし? 以前にそういえば『ヒトに生まれ変わるために死にたい』とまで言ってましたけど? ……そのために姉妹皆殺しに力を貸すとかありえます?」
ありえます?(ありえねぇだろ)ということであり、ここで間違っても『まあ、実際にありえたし』などと言ってはならないのがわかる。
相手は相変わらず竜で。
今回、俺の周囲には聖剣使いも魔術王もいない。
竜の機嫌を損ねた瞬間、俺は死ぬと思っていい。
なにせ俺は竜殺し実行犯だ。
……正しいところを言えば、俺はついて行っただけだが、竜からすれば一味には違いない。役立たなかっただけで殺すつもりではいたし。
で、その同胞連続殺害犯がどうやら奇妙なお誘いをしようとここまでノコノコ来たのが、【解析】からの記憶共有により、すでに判明しているようだった。
現状はもうギリギリ。
なにかちょっとでも機嫌を損ねる言動をとると、その瞬間に戦闘が始まり、戦闘が始まれば俺は死ぬ。
なので、俺はこう言うことにした。
「実際に、ありえたし。姉妹皆殺し計画の重要な後援者だったよ、【解析】は」
「あなた、『次』があると思って油断してますね?」
……まあ、たしかに、ここで死んでも次があるとは思うけれど。
それにはさすがに、首を振った。
「今、生きてる俺は、今しか、生きてない。未来の俺は、記憶があったとしたって、別人だよ。だから、この命は一つしかないし……失うのは怖い」
「なら、なぜ、私を挑発するようなことを? ……いいですか愚かなる人間よ。あなたは現在、私に生殺与奪の権を握られているんですよ」
「だって、どう考えても、ここが命の張りどころだから」
「……」
「竜は全員殺すらしい。そのために、特に【露呈】のいる場所に行くために、君の力が必要だ。っていうか、まあ……『始祖竜の誰か』の協力が必要で、【解析】以外に生き残ってる竜が君と【露呈】と【虚無】だけだった。だから君しかいなかったので、俺が送り込まれたってことなんだろう」
「私があなたに
「……いや、そんな律儀な感じだから、チョロく扱われるんじゃないかな」
「ここで殺してしまうと、あなたの言葉に逆上する安い竜に思われるので、のちのち苦しめて殺しますよ」
「いや、それもう……あ、はい。なんでもないです。……まあ、とにかくさ、ここしかないと思って、誘いに来たんだよ」
「……たしかに、今回を逃せば、我々始祖竜は聖剣使いを殺す理由ができますね。【虚無】に届くと【解析】のお墨付きとなった聖剣とその使い手は、充分に始祖竜の総攻撃の大義名分たり得る……」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
「今回が、【虚無】を殺したい
ちなみにこれまで聖剣使いをあくまでも『待ち受けて』いたのは、『それぞれの始祖竜が治める大陸には、可能な限り関与しない』という縄張り意識の問題らしかった。
かつて【解析】が人に魔術をもたらした次の次の……まあ、ともかく、そこから二、三十回以内に作り上げた制約らしい。
自分の大陸内に現れた聖剣使いをどうするかというのは始祖竜個々の判断に任されており、【変貌】【編纂】なんかは自ら現れてこちらを狙ってきた。
【躍動】はいつも通りだ。『自然とのバランスが崩れれば対処する』。
そして姉妹のうちでもっとも広い大陸を任されている【静謐】は、その大陸の広大さから、聖剣使いを探すのが面倒くさかった……
……というのは違うようで、『自ら出向いて人間一人を殺しに行く』というのが始祖竜としてあるまじき姿だと考えていたのと……
そもそも、警戒し始めたころにはもう、単身で聖剣使いを襲撃しても勝率はさほど高くないので、相手が攻撃の意思をあらわにするまで待つという方針だったらしい。
「次回以降であれば、聖剣の破壊……は無理でも、聖剣使いに目覚めた者を竜の総意で殺すという制約を設けるよう、姉妹を説得できます。七姉妹のうち六柱が賛成するならば、【解析】一柱がどうこう言おうが関係ありません」
「そう、だから、ここが佳境なんだ。……たぶんだけどさ、【解析】は、最悪、君に協力してもらわなくっても、なんとかする方法を用意してあるんじゃないかなと俺は考えてる」
「……」
俺の言葉は、あくまでも俺がそう感じ、そう信じているだけで、『じゃあ、証拠は?』と言われてしまうと、とたんに詰まるようなものだった。
けれど【解析】がなにかをやらかしそうだということは、俺よりむしろ、姉妹である【静謐】の方が強く感じていたらしい。
俺の言葉はなんら根拠を示さずとも検討するに足るものとみなされ、【静謐】はしばらく黙り込んだ。
「それで?」
特になにも考え付かなかったらしく、さらなる意見を求められる。
とはいえ俺も『意見』はない。
俺は徹頭徹尾、同じ想いを抱いている。
「今度こそ、君を守りたい」
「またですか!」
「……いやもう、だって、しょうがないじゃないか。見るたび惚れるし」
「そう言ってあなた、私を守れたことないでしょう!?」
【静謐】さん、
そんな目をしていたのだろう、【静謐】は言い訳がましく目を泳がせ、
「愚かなる人間よ。……私はあなたの失敗をしっかり覚えていますとも。一度も果たされなかった『守る』という言葉を、よく知っています。それでもなお私を守ると言うのは、いったいどんな面の皮の厚さですか」
「まあ、たしかに、君が竜である限り、どちらかと言えば、力があるのは君の方だし。その君が勝てない相手に、俺なんかが勝てるわけがない」
「…………冷静ですね。悔しくないんですか?」
「悔しくない、わけないだろ」
聖剣使いと魔術王を倒して【静謐】を守る。
この言葉を真実にするため、前世のことを思い出している周回において、記憶が戻ったその瞬間から努力を重ねている。
でも、その程度じゃあ及ばないんだ。
才能が及ばないんだ。機転だって及ばない。実力なんか全然届かない。
『守る』という言葉を真実にするために重ねた時間は、俺にとって軽くない。
でも、愛の力は奇跡を起こさない。
たとえば拮抗した実力の二者を最後の最後で勝者と敗者に分けるのは、本人たちの背負っているものとか━━愛とか、なのだろう。
けれど俺と聖剣使い、俺と魔術王という対戦は、まず、実力がまったく拮抗していないので、愛が役立つような状況までいかないのだ。
「……でも、叶わない願いだから抱いちゃいけないなんてことは、ないと思う。非才の凡人にだって夢を見る権利はあるし、夢のために努力する権利だってある。でも、それとは別に、及ばないだけなんだ」
「そもそも、生まれ持った性能が足りていないのですから、そこまで自分を責めることもないのでは。性能が足りないのは、あなたの責任ではないでしょう?」
「わかってる。でも、悔しいんだ」
「……それなら、重ねた努力ぐらい誇ればいいものを」
「『がんばったでしょ。褒めて』って? ……それが許されるのは、子供だけだよ。俺は君に子供扱いされたいわけじゃないからさ」
「……」
「きっと、今回も約束は守れない。それでも俺は、君を守ると約束する。軽口なんかじゃない。本気で志してる。……それにさ、ここで君を守り抜けば竜の勝ちだっていう場面で、君を守り抜けたら━━さすがの君も、俺のことがちょっと気になるんじゃないかと思うんだ」
その時に【静謐】の顔に浮かんだ表情は、筆舌に尽くし難い。
奇妙さとおかしさと美しさが完璧なバランスで配合されていた。喜怒哀楽のどれでもなくって、どれにでも見えた。
その後に発せられた声音から察するに、この時の彼女は、ずいぶん葛藤していて━━
そしてなにかを、受け入れたのだと、思う。
「わかりました」
あきらめきっている、ようにも聞こえた。
でも、その顔に次に浮かんだのが微笑みだったので、たぶん、もっと前向きな心情かもなと感じた。
「愚かなる人間よ。無知蒙昧の徒よ。未だ
「……えーっと」
「というかね、千回以上も、毎回毎回毎回毎回、同じようなことして、あなたは愚かですね。さすがにこれ以上空言を吐かせるのも気の毒です。慈悲を差し上げます」
「……つまり?」
「協力しましょう。そして、斬られてあげます」
「……いや、だからさ」
「反論はなし。私が、私の意思で、斬られてあげるのですよ。わかりますか? あなたは私の意思を守るべく、黙って見ていればいいのです」
「でも」
「反論は」
「…………なし」
「はい、よくできました」
【静謐】は子を褒める母のように笑った。
俺は決まりが悪くって、視線を逸らした。
彼女が、近付いてくるのが、足音でわかった。
顔を上げる。
思った以上に目の前にいる彼女におどろいて、上体を引きかける。
けれど、竜の手のひらは俺の後頭部に回っていて、そのすさまじい力で固定されて、俺は彼女から離れられなかった。
「反論は許しません。疑問も許しません。不満さえ抱いてはいけない。迷いもいらない。この私が慈悲を与えたのです。あなたは手放しで、受け止めなさい。あなたが抱いていいのはただ一つ。『私を守って死ねた』という満足だけです」
「……」
「そうしないとやってられないぐらい、苦しい人生だったんでしょう? ……馬鹿な人。最初に一回できただけなのに、その成功をいつまでも引きずって。見ていて痛々しいったらなかったですよ」
「……まあ、その、それは、あったかもしれないけれど。でも━━」
「『反論は』?」
「……『なし』」
「最初の一回目から、あなたは『仲間』だの『国家』だの、そんなものはどうだってよかったんですね。ただ私に認められることだけを求めて、それ以外はなにもいらなかった。だっていうのに、私もずいぶん、的外れなことを言った気がします」
「……」
「私があなたを呪ってしまった」
「それは━━」
そっと人差し指を唇につけられた。
反論は、なし。
無音で【静謐】は唇を動かしてから、
「あなたにかけた
俺は。
なにも言わなかった。
反論は、なしだから。
「私もあなたを忘れましょう。というかまあ、忘れることになるでしょう」
それは。
この先、もしも竜が死に絶えたまま世界が進めば、その魂は『炉』により溶かされ、新たなる無垢な魂に加工される。
そうしたら記憶の維持なんかできない。
聖剣使いのようなことはもしかしたらできるのかもしれないが、その仕掛けをほどこした【解析】さえも消え失せるのだから。
「その上で命じます。私をいつか、思い出しなさい」
「……」
「その時には私もきっと、あなたを思い出すから」
唇にあてられていた人差し指が離れていく。
代わりに。
……
竜の祝福が吸い取られていく。
こうして俺の千回に及ぶ
そして……
剣と魔術の世界も、終わることになる。