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第84話 英雄と平凡

『愛してる。じゃあ、そういうわけだから殺すね!』


 ……どう考えても最終的にそういう流れにしかならないので、始祖竜オリジン【静謐】のいそうな場所にたどり着くまで、俺は必死に悩んで、どうにか愛と殺意の両方を成就させる流れを捻り出さねばならなかった。


 いや、できるか、そんなもん。


 愛するというのは、慈しんで守り抜くことではないかと、俺は思う。

 守り抜こうとしたものを奪われた怒りが、第二災厄【憤怒】を生んだぐらいだ。


 ……一方で、身勝手に求め、所有し、相手に自分だけを見ていて欲しいという気持ちも、愛なのだろうとは思う。

 第三災厄【求愛】は、そういうわがままから生まれてしまった。


【守護】なんかはもう、もろに守りたいという気持ちから発したものだ。

 ……いやまあ、あれは『自分のコレクションを守りたい』とかの方向性だと思うのだけれど。


 それでも強く固執していて、けっきょく【執着】となったわけだし。


 ……愛してる。だから、殺す。


 これを成立させるためにはどこかにねじれ・・・が必要だろう。


 いやまあ、最終的には長生きを目指すけれども。

 殺すのはあくまでも幸せになるために必要な準備でしかないけれども。


 ……最終的に目標を達成させるためとはいえ。

 その過程を悩まず機械的にこなせるというのは、理想的で合理的で、そしてどこか、人間的ではないなと思ってしまう。


 迷いと悩みは人類の標準装備だ。

 この装備を持たずに生まれ、なおかつ能力の高い者が英雄となる。


「なんかねえ、僕、だんだんと『剣が反応してる』みたいなのがわかるようになってきて、ものすごく不気味なんだけど。……剣がざわめいてるから、【静謐】が近いよ」


 俺が英雄と思う二人のうち一人は、これから竜を殺すというのに、にこやかな笑みをたやさず、そのへんに散歩に行くぐらいに軽い足取りだった。


 ……そもそも、こんなゴツゴツした鍾乳洞みたいな場所で、この時代・文化で生まれた現代とは比べ物にならないほど性能の悪い靴で、こうも軽い足取りでいられる身体能力からしてすさまじい。


 一方で魔術王は、始祖竜に近付く時いつもそうであるように、半分キレてる。


「…………あたしが、【静謐】とお前との会話時間を保障してやる義理はないんだけど。まあ、ええ、ええ、いいでしょう。目的を邪魔されたらムカつくことぐらいわかります。あたしはお前に本気でムカつかれたくはないからね。だってお前を殺したくないもの」


 キレた俺が魔術王に襲いかかる想定らしい。

 いや、命は惜しいもの。どんなにキレてもやらねーよ。


 彼女の述べる通り、俺が彼女に襲いかかると、十割の確率で俺の方が死ぬ。

 俺程度の実力だと、魔術王も始祖竜も『敵対したら一瞬で殺される相手』というカテゴリだ。

 両方とも天災で、これについて造詣ぞうけいが深い者は天災の規模をしっかり比較できるのだろうが、素人からすればどっちも『やべぇ』としか思えない。


 が、その『やべぇもの』に『ムカついたから』という理由で、保身さえも忘れて襲いかかれるという想定なのだ、魔術王は。


 人はもっと臆病だし冷静なのだが、彼女は『我を忘れるほどの感情』が本当に存在すると信じているし、持ってもいるのだろう。


 同行者が違い・・すぎて・・・嫌になってくる。


 この二人に比べるまでもなく一般人の俺は、この二人に比べると改めて自分の無力さと平凡さを思い知らされるのだった。


 ……かつて、俺と【静謐】は、両想いだったのだろう。


 でも、今は俺の片想いだ。


 俺が【静謐】に惹かれる理由は、千や万並べたって、まだまだ列挙できるぐらいにある。


 そもそも美しく、強い。

 これを敬愛してしまうことに不自然はない。


 でも、俺みたいなものをあの【静謐】が愛してくれたのだとしたら、その理由は現代いまもってわからない。


 だから、どう会話していいか、どう話しかけていいかを、迷って、悩んで、答えが出ない。


 できうるなら永遠に悩みたい。


 けれど、人生は有限で、ずっと悩んでもいられない。


 だから俺たちは歩みを止めなかったし、歩んでいたら、たどり着いてしまう。


 俺の心の準備をまったく待たずに。


 俺たちは━━


「……不埒な訪問者が三人。何用ですか、愚かなる人間ども」


 ━━ねぐらにカチコミかけられて、しっかり動揺している【静謐】のもとにたどり着いてしまったのだった。


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