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第82話 『かつて』の師匠

 魔術王を仲間に入れて機動力を手に入れた俺たちは、大陸を回って竜を殺していった。


【変貌】【編纂】あたりを殺すさい、俺には葛藤があったのだが、そんなもののない二名によりあっさりと殺されてしまい、俺は見ているしかできなかった。


 距離的に……とはいえこの当時の俺は、どれほどの距離の先、どこの方角にいるのかさえ知らないが……【躍動】【露呈】は後回しになった。


 純粋な距離だけなら【躍動】の大陸は【変貌】の大陸〜【解析】の大陸間ぐらいの距離だと思うのだけれど、なにぶん大陸の小ささゆえに方向の特定がしにくいのが災いしていた。


 そして【露呈】のいる大陸、というか方向はあまりにも寒すぎて、海を渡って行くには、どの方向からでも立ち塞がる流氷海域を越えねばならなかった。


 現代静謐によれば、この時点で【露呈】を聖剣で殺せた周回はまだないらしい。


 ……あの氷で閉ざされた、南の極点にある大陸に届いたのは、ここまでで災厄【報復】だけなのだ。


 いくら魔術を極めた者とはいえ、災厄化していない現状では機動力も環境対応力も足りなすぎる。

【露呈】については条件が整う周回を待つしかなさそうだ。


 そしてもちろん【虚無】について気にするのは最後の最後であり、それはどうにも、この周回ではなさそうだ。


 なので【変貌】【編纂】が済んだあとのターゲットは、【解析】【静謐】となった。


 まずは【解析】のもとに向かい、素直にお目通りを願った。

 そうしたらあっさり迎え入れられて、俺は久々に彼女の姿を直に見ることになった。


 石を積んで作った四角錐の建物に住まう【解析】は、相変わらず凛々しい顔立ちに、にやにやした笑みを浮かべていた。

 長すぎる緑の髪をローブのようにまとっているのも、その背の高さも、なにもかもが懐かしい。


 彼女は俺たちをながめてしばし考え込んだあと、


「なるほど。いやあ! 私も考えたものだなあ! ……記憶の共有は切っておいて正解だったね」


 と、すぐに……というか、お目通りを願った時点ですでに結論にたどり着いていたようだった。


 そして聖剣をながめ、


「うん、だいぶ濃く・・なっている。けれど、まだ【虚無】にはとどかないね。貸してごらん。今回の記憶も思い出せるように上書きしよう。そのうちこの『焼き入れ』はできなくなるけれど、できるうちはね」


 いくつかの処理をし、


「ではそろそろ━━ああ、その前に。君……いや、我が弟子・・・・で通じるかな?」


 呼びかけられた俺は感極まって、胸が詰まって、つい、涙があふれそうな声で「はい、師匠」と応じてしまった。


 ……この時の俺は【静謐】への想いを取り戻しているけれど。


 同時に、【解析】の弟子として過ごした記憶もまた、思い出していたのだ。


 彼女と過ごした少年期から青年期の思い出が、これまで以上の実感を伴ってよみがえってくる。

 魔術師の修行時代に過ごした時間が、短い草の生えた丘をなでる風とともに、胸の空洞を吹き抜けた気がしたんだ。

 その衝撃にしばらく打ちのめされて、動けないほどだった。


【解析】は優しい笑みを浮かべた。


「私は君たちの関係を応援する身だよ。とはいえそれは、私自身の目的と合致するから、という理由も、もちろんあるのだけれど」


 彼女自身の目的についてこの場では語られなかったが、ようするにそれは、現代静謐から説明があった『ヒトとして生まれたい』というものだろう。


 だから、彼女は、実感のこもった声で続ける。


「竜がヒトになりたいなどという願いを抱くのは、並大抵の想いではない。だが、あの【静謐】は、君といるならヒトになりたいと、そう、無意識にか、意識的にか、願ったんだ」


 これ以上俺の胸をふさぐのをやめてはくれないだろうか。

 嬉しさと懐かしさと、当時の苦しみまでもよみがえってきて、もう俺は、感情をゆさぶられるあまり、呼吸さえも怪しいぐらいだ。


 それを見てか、【解析】は冷や水を浴びせるように真剣な顔になり、


「ただしそれはもう、今の彼女の中ではただの記録になっている。我らが引き継ぐのは記憶というよりは記録なのだよ。そこから当時の想いまでもよみがえらせるのは、なかなかどうして、コツがいる。だからね、君と生きたいと願った【静謐】は、もういないと思った方がいい」


 ……うすうす、そうなんじゃないかなとは思っていた。

 だからまあ、この旅は━━


「あいつが忘れているなら、俺があいつに思い出させます。……これは、呪いの旅なんです。あいつの愛に呪われてここまで来てしまった俺が、同じように、あいつを愛で呪う。そういう旅ですから」


「ならば言うことはない。何百回、何千回の果てにあるかもわからないけれど、君たちの旅の終着に祝福のあらんことを」


 ━━じゃ、斬って。


 そんなふうにあまりに軽く言うもので、聖剣使いは肩をすくめて笑い、そうして一刀で【解析】を殺した。


 ……お互い承諾済みとはいえ、笑いながら知り合いを、しかも恩ある後援者を斬るというのは、やっぱりその、普通じゃないと思う。


「せいせいしたわ。あいつ、なんか嫌いだし」


 魔王は魔王でよく大人しくしてたなという感じのキレっぷりだった。


 ……さて、三柱の始祖竜は剣を艶めかせるものとなった。


 次は、いよいよ【静謐】を斬りに行くことになる。


 ……彼女とともに生きるため、彼女を殺す順番が、訪れてしまったのだ。


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