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第48話 魔術の師

 俺の家が魔導王によって物理的に潰された時、俺の懇願で残してもらえたものが一つだけある。


 それは、俺が追放されるきっかけとなった妹だった。


 俺と十五歳差、ただいま五歳の妹は、生まれた時から精霊の姿が見えるのはもちろんのこと、どうにも、精霊の声さえ聞いていたという話だった。


 この天才の出生を我が実家はおおいに喜び、この娘さえいるなら安泰だと思い、才能のない長男などというお荷物の世話をやめたのであった。


 そう思えば俺が妹に対して思うところがあるのが因果関係的に正しいのかもしれないが、なにせ俺が追い出された当時、彼女は赤ん坊である。

 いかに天才といえど赤ん坊に責任能力はないだろう。

 また、五歳という年齢ですべてを失うのはさすがに哀れすぎたので、さすがの俺も魔導王の眼前に立って、『どうか妹だけは許してください』と、ほとんど決死の命乞いができたというわけであった。


 そうして助け出された妹と俺の関係は、さほど悪くない。


 というのも、妹は優れた魔術の才能を持つ者がそうであるように、五歳とは思えないほど利発で『俺が告げ口をしたから』『家が潰れた』という因果関係をしっかり理解している様子だった。


 にもかかわらず俺に対して反発することなく、現在では魔導王の王宮にて俺の庇護下で暮らしている。

 つまり状況を理解したうえで俺を恨んでいる様子が見られないということで、これは『悪くない関係』と言ってしまってもいいのではないかと、そう判断したわけだった。


 とはいえ俺の方が『賢い五歳児』をどう相手していいか持て余しているのもあり、彼女との関係は『険悪ではないが進歩もない』というあたりで止まっているのだった。



 ……さて、【露呈】に魔術の才能を与えられて城に送り返された俺は、まず魔導王から詰問を受け、当然ながら【露呈】が俺にしたこと、俺に話したことすべてを、洗いざらい吐いた。


 すると魔導王は聖剣の情報について興味深そうに考え込み、それから急に怒り出した。


「やっぱり【解析】はもっと早くに殺しておくべきだった!」


 ほとんどハメられるようなかたちで戦争を停止させられたのは、百年経っても受け入れられないらしい。


 もちろん魔導王とてあのまま戦争を続けても『不変の勇者』を殺せなかったことは理解しているだろう。


 が、『理解しているから自分の意思で止める』のはあり・・でも、『理解してはいたけど人に止められる』のはなし・・のようなのだった。


 前者は自分の意思で『戦争を手放した・・・・』という判定になるが、後者は『自分が始めた戦争を奪われた・・・・』という解釈になるらしい。


 そして魔導王は、自分のものを人にとられるのが大嫌いだ。


 今回、【露呈】が俺を連れ出した件も、


「人に攻撃して、私のものをさらって逃げるとか、あいつ、次に顔を合わせたら殺してやる」


 ……しっかり直撃して無事なのはやっぱおかしいよ、などと思いつつ。

 始祖竜だの魔導王だのというパワーゲームの最上位にいる連中に俺の常識が通用しないことはもうわかっているので、なにも言わないことにした。


 だが、俺に『精霊を見る目』が備わったことについては、嬉しいらしかった。


「始祖竜にもらったっていうのは気に入らないけど、貴様の弱さは私にとっても懸案事項だった。魔導士をつけるから、魔術を教えてもらうといい」


 ということで、翌日にはもう、俺に魔導士せんせいがつくことになったのだ。


 ……が、ここで一つ、懸案事項がある。


 俺は魔導王の寵子ちょうじとして国内で有名であり、俺と下手にしゃべると、あることないこと魔導王に吹き込まれて殺される━━という評判が立っている。


 魔導王は強く、この国は強い者が弱い者の意見を抑えつけるルールがあるのだが、それにしたって、わざわざ死ぬかもしれない覚悟で俺に魔術を教えようという者はいないように思われた。


 いやまあ、『今死ぬ』か『とりあえず言うことを聞いてあとで死ぬかもしれないリスクを負う』か、という選択肢をつきつけられれば、たいていの者が後者を選ぶとは思うが……

 それにしたって、力で抑えつけて言うことを聞かせた人が俺の教師役になるというのは、人間関係がひどく気まずそうで、その夜は重圧のあまりうまく寝付けないほどであった。


 しかし翌日、教師役たる魔導士と引き合わされた俺は、夜中の悶々と考え込んでいた懸案事項のすべてが、ひどく的外れだったことを思い知らされることとなった。


「私が、今日から、あなたに魔術を教えます。よろしくお願いしますね。……お兄様」


 俺の教師役は、当年とって五歳となる腹違いの妹なのだった。


 五歳に教わる二十歳というとんでもない状況がここに勃発ぼっぱつした。

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