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第47話 望んだ/望まぬ祝福

 翌日にマジで始祖竜オリジン【露呈】がまた来た時、俺はその面の皮の厚さをまったく現実的に捉えることができず、よくできた偽物でも送り込まれたのかと疑った。


 けれど出現の唐突さとか、人外の美貌とか、背はちっちゃいくせに胸が大きいのにアンバランスさを感じない見事な肉体とか、例の緊張感のないふにゃっとした笑顔とか、あまりにも始祖竜な服装とかは、人間にまねできるはずもなかった。


「あら、ずいぶん雰囲気を変えたのね。コンセプトは『廃墟風』かしら? まあ、嫌いではないわ」


 ……昨日、魔導王に八つ当たりされた王宮は依然として半壊中だった。


「そうだお前、ちょっとおいでなさい。始祖竜【露呈】が哀れで無力なお前にいい物をあげるわ」


 とはいえ、俺の所有者は魔導王である。

 俺の一存で始祖竜についていくことはできない。なんていうか、始祖竜とうちのご主人様は、相性が悪いのだ。勝手に始祖竜についていったら絶対に不機嫌になるのがわかってしまって、どうしようもない。


 返答に窮していると、なにを思ったのか、始祖竜【露呈】は宮殿の無事な箇所に向けてビームを放った。


 それは直径が俺の身長と同じほどもある穴を石の壁に空けた。

 穴はフチが赤熱して溶けており、溶けた石のにおいがあたりにツンと漂った。


 展開が唐突すぎてなんも理解できない俺に、【露呈】はふにゃっと微笑んで言った。


「この国は戦って勝てば言うことを聞くんでしょう? 魔導王がいそうな方向に攻撃しておいたから、たぶん勝ったわ。それとも、もっと念入りにやった方がいいかしら?」


 ついていかないと国を滅ぼされそうな気がした。


 俺は【露呈】に「ついて行くのでやめてくれ」と頼んだ。


【露呈】は機嫌よさそうに笑った。



 魔導王の安否について気にすべきだったが、俺の中で『始祖竜』『魔導王』『勇者』は『世界三大殺しても死ななそうな連中』に数えられており、あんな奇襲で死んでるわけないだろ、という気持ちが強かった。


 実際、直撃してたけど死んではいなかったし、元気だったのをあとで確認することになる。


 さて、始祖竜【露呈】に連れ出され、転移とかいう、人には許されない竜の魔術で訪れた先は、『聖剣』のある場所だった。


「これ、【解析】の預かりになったのでしょう? ということは、同じ始祖竜のわたくしのものでもあるわよね。だいたい、【変貌】姉様をこんなものに突き刺して放っておくだなんて、ひどいんじゃなくって?」


【露呈】の中で【変貌】と【静謐】には尊敬があるようだが、【解析】にはそれはないようだった。

【躍動】や他の姉妹について言及することはなかったのでわからない。


 ともあれ【露呈】は巨大な樹木に突き刺さった聖剣のまわりをうろちょろして、それから、なにかに納得するようにうなずいた。


「……【解析】は本当に最悪だわ。いえ、超最悪なのかしら。これ、ちょっと魔導王には渡せない仕上がりになってるわね……」


 俺はどういう意味かたずねた。


 竜はあっさりと答えた。


「『竜殺し』の属性を帯びているのだわ」


 その後に話されたことをまとめるならば、竜殺しというよりも、『超越存在特攻』とでも言うべき仕上がりになっているようだった。


 つまり、竜にも、災厄にも、加護持ちにも、効く。


 ただし、


「これ、始祖竜の命がないと解けない封印ね。あのバカ、なにをやっているのかしら。というか【変貌】姉様と混じりあおうだなんて、あまりにも不遜でなくて? 同意なさい」


 わけはわからないが、同意した。


「これ、お前にあげようと思ったのだけれど、お前弱いから、魔導王に奪われそうだわ。というかあいつ、お前のものは自分のものとか思ってるところ、あるんじゃない?」


 これはわけがわかった上で、同意した。


「始祖竜は災厄発生前に殺されてあげるわけにはいかないのよねぇ。【解析】はお前にこの剣を持たせてさっさと竜殺しを完遂させようっていう腹づもりだったのかもしれないけれど、そうそう早い話にできないのには、できないなりの理由があるものなのよ。お前もそう思いなさい」


 そう思った。


 この時代の俺は上位存在の言いなりにもほどがある。


 ……それは、まだ、この時代の俺に、大事なものがないからなのだった。

 強い連中に逆らってまで守りたいものがないのだ。


 家を追放され、社会の底辺でどうにか生きてきて五年。


 この時の俺は『魔術がなんだ。剣術で代替してやる!』という気合いもだいぶ萎えていた。

 というのも実際に魔術をそばで見る環境になると、連中との隔たりが大きすぎることを思い知らされるからである。


 では勇者の国が魔術なしでどうやって魔術に対抗しようとしているかといえば、その方法は至極単純で、一部の才能ある者を異常なまでに鍛え上げて、超少数精鋭の『破魔の軍』を作り上げているのだった。


 つまり、勇者の国で鍛錬を受けていても、平均的な者は魔術に対抗できない。


 もともと才能がある上に正気を疑う鍛錬を十年とか二十年やり続けて、ようやく生身で魔術師の集団から脅威と認定される戦士が出来上がる、というわけであった。


 この世界において、俺には、なんの才能もなかった。

 魔術の才がない代わりに剣術の才がある、だなんて都合のいいことさえ、なかったのだ。


『ああ、俺はなんにも成せないんだな』とわかりかけていた俺は、魔導王の寵子ちょうじ扱いは、実のところ……それなりに、満足してしまっていたのだ。


 だって追放されたあとでは想像もできなかったぐらい、暮らしが楽になった。

 楽に慣れた俺は熱意を失って、けれど『それじゃいけない』という思いだけで毎日のように空転している。


 魔導王に嫌われて放逐されてもいいという勇気はないが、自分の・・・せいで・・・国がまずい状態に向かっているプレッシャーに耐えきれない。

 だから毎日のように悩み尽くして、『自分のせいではない』と言えるだけの根拠をどうにかこうにか捻り出そうとしているだけ、なのだった。


「信念のない、世界で一番の被害者だっていう顔をしているお前に、勇者と魔導王が求める『聖剣』を持たせてみたら、面白そうだったのだけれど……おあずけね」


 ……当たり前だが、始祖竜にはそれぞれ『性格』がある。


【躍動】は面倒そうにしながらも、自然と人とのバランサーとしての役割に徹しようとしていた。


【変貌】は積極的に人間社会に介入して、彼女の理想たる平等な世界を形作ろうとしていた。


【解析】は人の世の大きな流れにさほどかかわらず、俺に魔術をもたらしたあとは、その経過をただ見守った。


 始祖竜にはそれぞれ方針がある。


 それで述べるならば、【露呈】の方針は、『引っ掻き回すこと』、なのかもしれない。


 安定した社会を崩し、その様子をながめる愉快犯……少なくともこの時の俺にはそう見えた。

 ……事実はもっと違うものなのだが、この当時の俺は、【露呈】を敵対者側だと認識したのであった。


「あら、お前、怖い顔をしてどうしたの?」


 始祖竜は人の守護者だという話を、この当時の俺も聞いていたが……


 目の前の竜は、殺しておかないと、のちのち大変なことになるのではないかという危機感が、この時初めて、俺の胸に宿った。


 ……だが、危機感だけで竜に刃向かえるわけがない。


 強い者は行動する時に理由なんかいらない。『そう思った。だからそうした』で済むし、そうやって行動して結果を出す。

 ところが弱い俺には色々と理由や状況が必要だった。


『己』というものが弱く、折れやすく、自分の行動で結果を出す自信がなく、失敗に対して責任を取りたくもない俺のような弱者ほど、『やらない理由』を探してしまうのだ。


 だから俺は、目の前の竜が危険かもしれない・・・・・・というだけでは、一歩も前に進めない。


『でも、俺がそう思ってるだけだしな』『違ってたら、無駄死にするだけだ。それは賢くないだろう』『ここは慎重に見極めるべきだ』なんていう言い訳を積み上げて、いつまでも行動を先延ばしする。


【露呈】はおそらく俺の内心を見抜いている……これまでも気持ちを読んでいるような様子がいくらかあった……上で、舌なめずりをして、笑った。


 危険を前に縮こまることしかできず、さりとて打開するための知略もなく……

 なによりも、努力して己を変えようという気力がなくて、努力しないでいい理由ばかりを探し━━

『どうして俺ばかりこんな目に』と思うことをやめられない、あまりに普通すぎる俺を、わらったのだ。


「うふふ。でもね、竜が『いいものをあげる』と言って連れ出しておいて、なんにもあげないというのも、嘘つきになってしまうわよね。だから、お前には聖剣ではないけれど、いいものをあげるわ」


 瞬間、視界・・ひらけた。


 その感覚に戸惑い、よろめく。


【露呈】は楽しげに笑って、言った。


「お前にも精霊が見えるようにしてあげたわ。よかったわね、これで、努力することができるのだから。これから先、お前が弱いのは、天から才能が与えられなかったからでも、環境が伴わなかったからでもなく、お前の努力が足りないからよ。素敵なプレゼントでしょう?」


 ……贈られたものは、的確に心を読んだ、史上最悪にありがたい祝福のろいだった。

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