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第44話 暴君

 魔術の使えない俺が魔導王のお気に入りになったという噂は瞬く間に広がり、そして、かなりの波紋を起こした。


 というのも、この国をゆるがす大事件だったからである。


 この国の大原則は『強者優先』であり、強いほど偉い。

 なにかトラブルがあり二者以上の者の意見がぶつかった場合、勝負をして勝った者の意見が優先される。


 ……もちろんいつまでも『目が合ったな! バトルだ!』という野蛮な国では国家から人が出て行ってしまい、二国しか国が存在しない現状だと出ていく人は勇者国に流れることになる。


『勇者一人ぼっち計画』のために国民を流出させるのはよろしくないということである程度の法整備がなされ、弱者救済のための組織というのも存在し、弱者の人権(と言語化された概念はないのだが)も守られるようになってきてはいたのだが……


 それでも、王に直接所有・・される栄誉を持つ者は、強者に限られたのだ。


 だというのに、弱者である俺が、王に所有された。


 当然ながらこれを気に入らない者が出てくる。


 その『俺を気に入らないやつ』が俺に魔術戦を仕掛け、俺を半殺しにし、王宮から出て行くよう求めたところ……


 通りがかった魔導王が、俺を半殺しにしたやつを殺してしまった。


 そいつが国一番(もちろん魔導王を除いてだが)の魔術師だったこともあり、国はすっかり混乱した。


 なぜって、強い魔術師の守護者だと思われていた王が、国内最強の魔術師を殺したのだ。


 ……【守護】の反対面、というのか。

 戦争や勇者国への対応によって、第四災厄【守護】は、味方は命懸けで守るが敵には苛烈だという話も広く聞こえている。


 敵に対し容赦をしない王だからこそ、その『絶対的な庇護対象』に収まっている限りは安心だという前提で、魔術師たち魔導王のもとに身を寄せていた。


 ところが俺にまつわる事件で、魔術師たちは、『自分たちも王にとっての絶対的な庇護対象ではない』と認識した。


『ある』と思われていた安心が脅かされた時、それはどれほど小さな出来事でも、社会をゆるがす激震になる。


『魔術師を守る』『強者を守る』だって一度も明言されたことはないらしい。

 それどころか『そんな基準はない。私は私のものを守るだけだ』という宣言までしたらしい。


 だが、強いものの庇護対象に勝手に基準を定めて安心したくなるのが弱者の心理というものだ。


 理解できるような説明がつけば安心する。安心できないと安眠できない。安眠できない場所では過ごしたくない。

 さりとて他に行くような場所もなければ、自分たちが安心できるような理論を幻視する・・・・━━


 人の心はそうやって保たれる。


 それをぶち壊す事件が起こったのだった。波紋も広がろうというものだ。


 魔術師たちには不安が広がり、殺された魔術師の弟子(強い魔術師は当然ながら魔導士の資格も持っており、誰かに魔術を教えている)たちが王に対する不信を訴え、師を殺したことへの弁解と謝罪を求めた。


 すると王はこう答えた。


「私のものを壊そうとした強盗を、私が手打ちにした。なぜ、謝罪や弁解が必要になる?」


 ……惨劇を予感させる張り詰めた空気が場を満たした。


 抗議をした魔術師たちは、『国家安寧』とか、『民の安堵』とか、そういう概念を持ち出して、王を説得・・しようとした。


 けれど、それは、王の逆鱗に触れる行いだった。


「つまり、貴様らは、私の国で、私が、私の国民ものをどう扱うかについて、自分たちに意見を言う権利があると思っているのか? それは誰が許した? ……いや、いい。許されたくば、私に勝って権利を奪い取ってみろ」


 上奏に来た全員は、なにもできずに殺された。


 魔導王は精霊にもっとも愛されている。

 そして魔術戦闘とは、その場にいる精霊の気をどれだけ惹けるかというものなのだ。


 魔導王がその場にいる限り、精霊は魔導王のことしか見ない。


 勇者と魔導王の戦争から百年以上が経った今でさえ、魔導王より精霊に愛された者は存在しなかったのだ。


 ……こうして、魔術師たちの守護者と勘違い・・・され、精霊に愛された魔導王は、人々から『暴君』と扱われるようになった。


 それは、彼女とともに駆け抜けた記憶がある俺からすると『なんて今さらな』というようなものであったが……


 ともかく、国には暗い影が落ちていった。

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