弁舌合戦は異例の途中終了となった。
魔導王が俺を連れて国に帰ってしまったからだ。
「はあ? つまり、あなたの家は、あなたを
王宮でこれまでの半生を語るよう求められた俺がだいたいの概要を語れば、魔導王はその部分がどうしても納得できないようで、何度も何度も確認をしてきた。
俺は魔導王に嘘をつくのが恐ろしいあまり、特に考えもなく正直なところを告白したのだが……
彼女の性分を知るにつけ、実家が俺を手放したことを告白するのは、ものすごくまずい告げ口なのではないかと気付きつつあった。
魔導王は人類、特に魔術を扱う者たちの守護者とされている。
災厄は強い感情により成るものだが、その感情は、周囲にいる者にもなんとなく感じられるのだ。
たとえば黙ってムスッとしているやつがいれば、『機嫌が悪そうだ』と察することができるだろう。
災厄の感情というのはその
そのおかげで魔術師たちは『この王は、我らを守ろうとしている』というのをあっという間に受け入れ、今、この王国のスタイルにつながっているのだが……
世間はちょっと勘違いしている。
彼女は魔術師を守護するつもりなど一切ないのだ。
彼女が守護するのは『彼女のもの』であり、そこに魔術師かどうかなどという線引きはないのだ。
ただ、魔術師が強く、彼女は強いものを優先するので、魔術師がもっとも庇護を受けているように思われるだけで……
力の強弱以外の基準で大事さを見るべきものあらば、彼女は『強さ』という基準をためらいなく放り出す。
そして俺はどうにも、彼女にとって、強い・弱いという基準以上のものでその大事さを測られたようだった。
……つまりどういうことかと言えば。
『魔導王にとって大事なものを、魔導王の許可なく手放した俺の実家がヤバイ』ということだ。
俺はなぜだか、実家が悪くないということを熱弁してしまった。
いや、俺を捨てた家なんかどうでもいいとは思うんだけども。
ましてや殺した方がマシなレベルの、なにも持たせずに世間知らずのまま十五年隠されてきた俺を追放とかいう行為は、かなりエグいけども。
それでも生家がこんな偶然で滅ぼされそうな気配を前に、ついつい、実家の肩を持ってしまったわけなのだった。
……魂には『性分』というデータも入っているので、このへんの『自分をひどく扱ったものの肩を持つ』というのは、俺の性分なのだろう。
なにをどう言ったかもわからない弁護のすえ、魔導王は面白そうに口の端を上げた。
「なるほど、つまり、あなたの実家はあなたの物ってことね? 『俺の許可なく俺の物をどうにかしたいなら、俺を倒せ』っていう意味?」
精霊にもっとも愛された最強の魔術師である魔導王にして、人々の感情というエネルギーを集積し御する第四災厄【守護】が、魔術の使えない男に凄んでいる。
それだけで死ぬかと思った。
ここで奮い立って『そうだ。実家をどうにかしたければ、俺を倒せ!』と言えたらたぶん英雄の資質がある。
俺にそういうのはないので、魔導王が凄んだ時点で謝った。
すると魔導王はちょっと寂しそうな顔をして、
「……ああ、本当にもう、別人なんだ」
……彼女はどうにも、彼女の『ししょー』であるなら、ここで奮い立って自分と魔術戦をするものと想定していたようだった。
けれど当人の記憶を持つ現在の俺に言わせてもらうならば、自分を捨てた実家を守るために災厄と戦おうという判断は、『ししょー』であろうが絶対にしない。
こいつは己が災厄ではないつもりでしゃべっているのだが、お前は災厄なので、ただの魔導王だった時より十倍は強い。
お前の『ししょー』でも戦いは避けるレベルだよ。
「……まあ、いいわ。けれどね
ここまで転生についての説明がゼロなので、俺は「は、はあ、わかりました。努力します」となんにもわからない状態でとにかく承諾した。
俺の魂についてわかる連中、みんな説明をしなさすぎだ。
「貴様は今後、私が直接所有します。……一応、拒絶の機会をあげましょうか。
拒絶の機会はもらったが、もしも拒絶したらそこから魔導王にして第四災厄と、魔術の使えない一般二十歳男性とのバトルが始まる。
無理でしょ。
俺は承諾するしかなかった。
魔導王は見惚れるような笑顔でうなずいた。
「じゃあ、まずは貴様の実家を潰しに行きましょ」
そして俺の実家は潰れた。