目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第39話 おしまい3

「すごいところで死にましたよね」


 現代。


 寝具に寝転がりながらこちらを見る妻に、「そうだね」としか言えなかった。


 たしかにすごいところで死んだのだが、俺だってなにも狙ってあんなところで死んだわけではないし……

 死んだ俺の記憶をのちの自分が蘇らせ、それを回想するなんていうのは、さすがにあの当時の俺でさえ想像の外だろう。


「ともあれ、これで『解析の時代』の話は終わりですね」


 そうなの?

 まだ【解析】は生きていたように思うけれど。


 まあ、俺たちが『魔導王!』とかはしゃいでたあたりから、その行方も知れなくなってきてたので、実は死んでましたとか言われたら……


「いえ、あなたが死んでも、【解析】はたしかに生きていましたよ。それに、うろうろすることもあったけれど、基本的にはあなたたちのそばにいたはずです」


 ……そう言われてみると思い当たるふしがあるというか。

 俺は【解析】に姿を消されると全然その所在がわからないのだけれど、どうにも当時の俺の妻である『魔導王』は、姿を消している始祖竜オリジン隠形おんぎょうを見破っていた様子がある。


 たまになにもない虚空をにらんでたりするの、『相変わらずどこでキレるかわかんないやつだな……』と思ってたけど、あれは【解析】を発見してにらんでいたのかもしれない。


「というか十中八九そうでしょ。なんですか『相変わらずどこでキレるかわかんないやつだな……』って……その感想を聞いたら私でもキレますよ」


 ……言い訳だけど、俺は死ぬまで魔導王のことを理解できなかった。

 俺にしてみれば、あいつはなぜか俺を欲しがって、俺を離さず、俺と添い遂げた、胸中がまったくわからない人物だった。


 俺の方があいつに惹かれていたのでそばにいることに苦はなかったけれど、いつあいつに切り捨てられるかという怯えは常にあった。


「そのスタンスで人と付き合えるあたり、いい奴隷根性なんですよね……」


 ……魔導王、実は俺のこと好きだったの? 俺個人のことを?


「私はね、『前世とはいえ人の旦那とイチャイチャラブラブしやがって。あの魔導王とかいう女、絶対に許さねぇ』ぐらいまで思ってたんですけど、あなたの発言で一気に同情しました」


 ごめんなさい……


「……私に謝られても……まあ、魔導王があなたを好きになったのは、看病の時ですね」


 ああ、不潔だったあいつが清潔を決意する契機になった……

 でも看病ぐらいでコロッと落ちるようなタイプか、あいつ?


「当時、労力というのは財産です。時間というのも、等しく富なのですよ。しかも魔術師という、当時世界にたった一人のあなたが、拾ったばかりの小汚い少女のために、惜しみなく労力と時間を費やして看病をしたのです。見知らぬ自分のために蔵を開いて財宝をくれる人に惹かれるのは当たり前では?」


 ……現金だな。


「いや、相手を選ぶのに相手のお財布事情を気にするのは、今も昔も変わらないでしょう」


 そりゃそうだけど。


「まあ、なにより、彼女は生まれて初めてもらった、『人からの優しさ』を、一生の宝としたのですよ」


 ……ああ、そう、なのか。

 優しさ。……そんなものではなかったのに。当時の俺は、ただ【解析】からの受け売りを横流しするばかりで、自分らしさなんか、なかったのに。


 ……そんな俺の半自動的な行為に、あいつは生まれて初めて『優しくされた』なんて、感じてしまったんだな。


 むしろ俺の方が、あいつにもらっていた。


 魔導士となったってけっきょくなんにもなかった俺の中身は、いつの間にかあいつで埋まっていって……


 あいつを自分のものだと述べたのだけは、【解析】からの受け売りじゃ、なかったんだ。

 あいつこそ、俺の一生の宝、だったんだよ。


「昔の女とのろけないでくれます?」


 ……。


 で、話を戻すけど、始祖竜【解析】はどうなったんだ?


「あなたの死後になんやかんやで死にました」


 雑ぅ!


「……まず、あなたの死後ちょっとしてから、【解析】が戦場に乱入して、勇者軍と魔導王軍の仲介をしたのです。あのペースで人口を減らされると、のちの世代の始祖竜まで存在が維持できなくなりますしね」


 しかし待ってほしい。【解析】は始祖竜を殺させようとしてなかっただろうか?


目覚め生まれてないものは殺せないので」


 ……なるほど。


「というわけで、【解析】が介入したんですよ。こう、勇者と魔導王のあいだにパッと出現して」


 ……『ししょーを治せ!』と詰め寄る魔導王の姿が見えるようだ。


「まあその一幕もありましたけど省略します。というか省略抜きだと、まず戦場に出現したとたんに片膝をついて『う! 災厄のそばに寄るとこれほどの苦しみがあるのか……』みたいに考察を始めたところからの再現になるんですが」


 ちょっと見てみたいのだが、現在時刻がすでに夜の二時なので、明日の朝食のビュッフェをなんとしても食べたい俺としては、細かい再現はどんどん飛ばしてもらうしかなさそうだった。


「【解析】は色々条件を出して戦争の停止を求めました。魔導王がまったく譲らないので大変難航しましたが、最終的には『聖剣をもとの位置に戻して始祖竜の力で封印する。その後、勇者軍と魔導軍は戦争を禁じる』というあたりまで落ち着きましたね」


 よく聖剣を手放すことに同意したな。


「転生の術式と交換しました。あなたを転生させるために【静謐わたし】と【躍動】と【変貌】が行ったものを解析・・して魔術化したものです」


 えっ、教えて大丈夫なやつなの?


「まず聖剣を封印して、そのあと術式を教えましたが、その術式は人間には行使不可能だったので問題ありません」


 ……。


「『騙したな!』と怒り狂った魔導王は始祖竜【解析】を殺しました。まあ、【解析】からすれば、あなたの腕を治した時の約束を果たしてもらおう、ぐらいのつもりだったようですが。見事に思惑通り動かされ過ぎて、さすがに毒気を抜かれた魔導王は、暫定的に戦争禁止を守ることにしたようですね」


 その前になんであいつは、転生の術式なんて欲しがったんだ?


「あなたとまた会うために決まってるでしょう」


 う。それは、その……反応に困る。

 当時の俺としては嬉しい限りなのだけれど、現在の俺とそいつはよく共感できるだけの別人であり、今、目の前に奥さんがいるので。


「まあ人間には理性があるので……『昔の自分』の感想を言ったからといって、軽蔑しないだけの分別はありますよ」


 だったら素直に言うけど、すごく嬉しい。


「まあ、人間には感情もあるので、あまり嬉しがれてもそれはそれでという感じですけど」


 どうしても俺の不利にしかならない。

 話題を戻そう。


 そう、魔導王だ。


 彼女が始祖竜を殺せるまでになっていたというのは、ともに駆け抜けた記憶を持つ者としてもおどろき……


 ああ、そうか、魔導王は災厄【守護】になったのか。


 災厄は始祖竜特効だもんな……


 というか━━


 あいつは感情に呑まれず、自分のものを守り抜くという気持ちを力に変えた上で、理性的に振る舞う(そもそもの性分が理性的かはおいておいて)ようになったけど……


 そのあいつを『災厄』と呼ぶのは、なにか違わない?


「違いません。そもそも災厄というのは、その特性上見境なく人類を襲いがちですが、別に人類にとっての災厄という意味ではないので」


 ……どういうこと?


「言ってもいいんですけど、このあたりはあなたが自分で記憶を取り戻した方がいいと思いますよ」


 じゃあのちの楽しみにしておこう。

 ネタバレをされてしまうと、ネタバレされていない自分が感じる気持ちは永遠に感じられなくなってしまうし。


「私もそう思います」


 あーあと、細かいところなんだけど。

【変貌】が『勇者』って言ったり、【解析】が『魔術』って言ったり、そのネーミングのネタ元はどのへん?

 当時、そういう概念は地上になかったと思うんだけど……


「というか別に、【変貌】は『勇者』とは言ってないですし、【解析】も魔術だの魔導士だのとは言ってないんですよ」


 ええ? あれぇ?


「現代のあなたが記憶を蘇らせた時、当時の竜の言葉をそう翻訳しただけです」


 当時の俺たちがしゃべっていたのは、古代語でさえない……言うなれば『忘れられた言語』というやつなのだそうだ。

 それは今の世界ではどうしたって翻訳できない。


 となると一秒は『一秒』ではなかったり、一年は『一年』でなかったりもするのだろう。距離などもこれに同じかな。


 ……話し込んでいるうちに、もう三時近い。


 さすがに寝ないとまずい。


「あなたと魔導王の話にあてられたので、今日は思いっきりいちゃいちゃしてやろうと思ったんですけど、自然と睡眠を優先する思考になってしまうのが悲しいんですよね……」


 うん、まあ……もう若くないしな、お互い……


「寝床ぐらいは一緒にしますか」


 うん、まあ……いいよ。

 たぶん普通に寝るし。


「……否定してやりたいんだけど、私も普通に寝ると思うので、なんにも言えない」


 冷めてるとかそういうのじゃなく、ただただ純粋に体力が限界なのだ。


 しかし、彼女のぬくもりを腕に抱いてみれば、劣情の高まりはまったくないわけではなく、それを上回る安心感があるだけなのだった。


 魔導王を愛していた俺は、常に不安を抱いていたが……


 現代、妻を抱きしめて横になれば、互いにちゃんと愛し合っていて、互いにちゃんと結びついているという実感がある。


 激しく求め合うような関係も男として悪いとは言わないが、今時分はそれよりも安心感の時代だなと思いながら、眠りに落ちた。


 旅行最後の日がこうして始まり、時間ギリギリまでお土産を選んだ俺たちは、帰りの交通機関に乗った。


 旅行は楽しかったが、それはそれとして、やっぱり家族は恋しい。


 次はみんなで来ようなどと言い合いながら、見るともなしに車窓を流れる景色を見ていると、もうすっかり心は家にたどり着いていた。


 魔導王のその後の顛末などよりも三歳の娘がどれだけ暴れたかの方が気になり始めているのだから、現実というのは強い。


 なんだか笑った車窓の窓には、同じように笑う妻の顔もあって、俺たちは顔を見合わせて、また笑った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?