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第37話 弓と魔術

 武器というのは、『相手が届かないほど遠くから、一方的に相手を殺せる』ものがもっとも強い。


 勇者の軍には弓矢があった。


 魔導王の軍には魔術があった。


 その二つの兵器を比べると、圧倒的に魔術が強かった。


 この時代になると『どちらかの存亡を懸けた最大規模の軍隊のぶつかり合い』は、おおむね一万人対一万人という規模になった。


 すべてが弓兵というわけではないにせよ、そこから放たれる弓矢はまったくの無力ではありえない。


 緒戦において相手方の弓矢は魔導王の軍に降り注ぎ、予想外なほどの戦死者を出した。


 その数、三人。


 一人も欠けることなく勇者軍との緒戦に勝てると思っていた魔導王は、おどろいた顔をした。


 ちなみに緒戦において相手が弓矢を放つのとほぼ同時、こちらも魔術を放った。


 相手側の被害は、おおよそ軍の半数だった。


 ……勝負にさえなっていない。どう見ても魔導王軍の圧勝だ。


 もちろん勇者側についた加護持ちもおり、加護持ちは天与ギフトを所持しているし、それを使ってきている。


 だが、加護持ちの家系全体の変わらない特徴として、加護も天与も、世代をまたぐごとに弱くなっていたようだった。


 ……『たまに受け継いだ力が弱い家がある』程度であれば、開拓地にも『奴隷』が少なく、俺たちの勢力拡大はそもそも最初の段階でつまずいていただろう。


 加護持ちの十三家が世代をまたぐごとに平均的に弱体化し、その結果として奴隷が増えていたからこそ、こうして戦争にまでもつれ込んでいるのだ。


 それでもいるはずの、強い力を持つ主人に仕えたがる『優秀な者』はどこでなにをしているかと言えば、話は簡単で、敵軍にたくさんいる。


 ただし彼らは魔術という新しい基準・・において、まったく優秀ではなかった。


 剣術は無双だろう。体力はじめ身体能力も高い。仕えた家に対して忠誠心もあり、そのために命を賭す覚悟もある。

 だが、魔術に対して無力なのだ。


 相手方でも魔術の研究がされていないわけがなく、魔導王軍に潜入して魔術を覚えたスパイが相手側に魔術を伝導したりもしたことだろう。


 けれど、一人の天才が、相手のそういう努力をまったく無駄にしてしまっていた。


 我が弟子の魔導王よりも精霊の気の惹き方、くすぐり方・・・・・がうまい者はおらず……


 戦争というのは、同じ戦場にいる精霊をどれだけ味方にできるかで、その陣営の魔術出力が決まってくる。


 魔導王を前にすればその場の精霊はすべて彼女の味方となる。

 すると敵側でまともに魔術を行使できる者はいなくなる。


 ……なんてひどい話だろう。

 つまり、魔術火力が必要ならば、『魔導王の味方になる』以外に確保の方法がないのだ。


 魔術戦はやる前から勝負が決まっていた。


 魔術という概念が……『正しい魔術』という概念が人にもたらされた時点で、十三家と勇者は零落することが決まっていたのだ。


 しかし、我らが魔導王はまったく事態を楽観していなかった。


 というよりも、『緒戦で三人も殺された』ということに、焦りさえ覚えている様子だった。


 ……それもそのはず。


 勇者が敵軍にまだ健在で……


 地上の人類一切を殺す覚悟さえされてしまえば、状況は一気にひっくり返る。

 むしろ、勇者一人が生存するだけで勇者軍は絶対に負けないとくれば、向こうに味方した者の気持ちもある程度は理解できるというものだった。


 ……そして、向こうの軍隊がもうまばらになって、生者より死体の方が多くなったころ……


 恐れていたそいつ・・・が、一気に飛び出して、我が軍に急接近した。


 それはひと振りの剣を持った、少女のように美しい少年だ。


 勇者。


 そいつの突撃と同時に、我が軍には悲鳴が広がった。


 まずは前線が掘り・・起こ・・された・・・


 その蹂躙を表現するために並べるエピソードが、この時代には存在しない。

 たとえ始祖竜【躍動】と第二災厄【憤怒】の戦いだって、あそこまで無造作に人間が潰えていったわけではなかっただろう。


「防壁! 防壁!」


 魔導王が号令を飛ばす。


 勇者が魔導王の位置を補足する。


 魔術師たちは勇者に向けて各々の得意属性で壁を作った。

 幾重にも勇者を取り囲んだ様々な壁はしかし、厚さを形成する前に斬り拓かれ、その一瞬あとには周囲にいる魔術師たちが死体になった。


 陣を掘り進んでこちらに迫り来る脅威に、魔術師たちは恐慌する。


 想定はしていた。だが、緒戦で楽観ムードが出た。


 どれほど言葉で聞かされていたところで、魔術の一射で敵が文字通りの半壊をしたのだ。勝てると思い込んで気が緩むのはしかたない。


 まして、『死なない英雄』など……


 そんなもの、実際にいると言われても、どこかお伽話の域を出ないもののように感じられる。


 勇者と実際に対面したことのない者の中には、『魔導王が自分たちをいさめるために生み出した作り話』とか、『あまりにも圧倒的な勝利で気が緩まないように生み出された怪談』とか信じていた者もいたのではないか?


 だが、そのたちの悪いお伽噺も、冗談めいた怪談も、そこにそうして実在するのだ。


 血風を舞い上げながら万の軍を蹴散らし大将へと近づいてくる敵軍、その総数は一人。


 かつて『変貌の時代』に第三災厄【求愛】を斬り伏せた大英雄であり、当時を知るたった一人の古老。

 しかしてその見た目は少女とみまがうような、十五歳そこらの美少年。


 それが、ついに、こちらを間合いに捉えた。


 だから俺は、戦いの前から己に課していた役割をこなすため、魔導王の前に躍り出た。


 その時ちょうど魔導王に向けて突き出されていた勇者の剣が、俺の心臓を貫いた。


「…………うそ、なんで」


 魔導王のおどろきの声が、やけに淡く響いた気がした。

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