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第36話 魔導王

 まさしく『燃え広がる』とでも言いたくなるほど、急激に、そしてすさまじい熱量を伴って、魔導という炎は開拓地を包み込んだ。


 俺の価値観で言えば、開拓地にいる『奴隷』のほとんどは、反抗するという選択肢を頭に浮かべることもなく、さりとて土地を拓くことに誇りもなく、ただ使い潰されて死んでいくだけの残り時間を漫然と過ごしているだけの、無思考の者だと思っていたのだ。


 ところが、そうではなかったらしい。


 というよりも━━俺たちが聖剣を抜いてから、そうではなくなった、らしい。


 十三家につらならない者が、聖剣を抜いた。


 それどころか、あの勇者の眼前に聖剣を見せびらかして、逃亡してみせた。


 どうにも俺たちに追っ手をかける途中で伝わった話がそのように広がっているようだった。

 その話は『いいか、こういうやつらを見かけたら必ず報告しろよ!』という文脈で『奴隷』たちにまで広がり、『あの十三家さえも手を焼くようなすごい連中がいるのか』と受け取られたようだった。


 俺たちは人相が広まっていたこともあって、さほど間をおかず開拓地に受け入れられ、そして俺たちが魔術を教えれば、彼らはすぐさま俺たちに従った。


 もちろん、『すべての開拓地の人々が、すぐに、素直に、その後反発もなく』というわけではない。


 だが、魔術という力を得た者が、その力で俺たちに逆らっても、それを圧倒できるほどの天才性が、我が弟子にはあった。


 開拓地めぐりを十年も続けて、百人近い魔導士を輩出したあとでさえ、我が弟子を超える才覚の持ち主は見つからなかったのだ。


 我が弟子━━という言い方も、すでに誰を指しているのか、あいまいになってきている。


 ならば、彼女のことは、このぐらいの時期に一番通っていたあだ名で呼ぶべきだろう。


『魔導王』。


 ……王という概念は、『静謐の時代』『躍動の時代』に存在し、第二災厄【憤怒】が地上を平らにしてしまったあとは、長らく使われてこなかったものだ。

 それを誰かが言い出して、彼女は『自分にふさわしい』と自ら名乗るようになった。


 その古代にあった王という概念を彼女に伝えた語り部は、『王とは、地上の人類一切を背負い、その重責の褒美として、地上にあるすべての悦楽に浴するのを許された者だ』と伝えた。

 その何者にも妨げられない自由なありようを、彼女はとても気に入ったのだった。


 魔導王の名を戴いた彼女の影響力は、すでに人類領土の半分に達しようとしていた。

 途中で三度ほど勇者勢に盛り返された(その三度はすべて、彼女の出産時期と重なる)けれど、おおむね上り調子でガンガン攻め込んだ結果だ。


 特に『南の食糧庫』が落ちてからはこれまで反抗的だった十三家の者さえも従うようになり、人類は『勇者派』と『魔導王派』に二分された。


 毛皮のローブをまとい、聖剣を掲げながら魔導士を先導する彼女は、その赤くきらめく長い髪もあって、始祖竜【躍動】が人に生まれ変わったものとして恐れられた。


 まあたぶんそれは間違った解釈だったのだけれど、一部では俺たち魔術師勢力のことを躍動軍・・・などと呼ぶ声さえあったぐらいだ。


 ……その呼び名を、勇者が許しておくはずがない。


 聖剣もそうだし、躍動軍という名前もそうだが、それは、勇者が過ごした青春であり、彼にとってもっとも心許せる友たちに囲まれていた、美しい時代のものなのだ。


 彼は穏やかで、すべてを平等に見ているが……


 どうやら、思い出を塗りつぶされるようなことだけは、我慢できなかったようだ。


 大陸中央……始祖竜教の本部がある『竜の里』近郊で、俺たちは正面衝突することになった。


 ……これもきっと、歴史の分岐点の一つ。


 かつて躍動軍に所属していた勇者が率いる勢力と、現在、始祖竜【躍動】の生まれ変わりと言われる魔導王の率いる躍動軍とが、最大規模の軍隊を率いて、ぶつかり合った。

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