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第34話 腕

 二人の女性がもめる声で目覚めた時、俺は右肩から先におもりがくっついているような感覚を覚えた。


 視線を向けると肩に突き刺さっていた剣は抜かれ、傷口にも薬草を貼り付けてある。


 もう、痛みはなかった。


 というか━━感覚がなかった。


 どうにも、俺の右腕はもう動かないらしいことを、直感的に、あるいは本能的に察して、俺は静かに納得した。

 絶望もなく、後悔もない。なにが起きてもおどろかないようにという心構えが、ここでも発揮されたかたちだった。


 そうして右腕の状態を受け入れたあと、ようやく騒ぐ女性の声の内容にまで意識が及んだ。


「あんた始祖竜オリジンだろ!? ししょーの師匠なんだろ!? 腕ぐらい治してくれたっていいじゃん!」


「君は恐慌状態にあるね? 何度でも言うが、私はぽん・・と奇跡を与えてしまうことに興味がないよ。それに、あの腕は、少年が行動した結果だろう。なら、受け止めないといけないし、その『結果』を横から出てきた者がかっさらうのは、彼に対してあまりに無礼だとは思わないかい?」


「うるさい! 難しい話はいいんだよ! ししょーを治せ!」


 どうやら俺の腕をめぐる話のようで、のんびり聞いていられるほど他人事ではないようだった。


 血を失って気怠い体を引きずるように起き上がり、つい、右腕に頼りそうになって、ずるりとバランスを崩す。


 その音を聞きつけた我が弟子と我が師匠はいっせいにこちらを見た。……うーん、格好がつかない。


「ししょー! 起きた!? ちょっと勇者をぶっ殺してくる!」


 行くな行くな!


 寝起きにツッコミを強いられた俺は、血が不足しているのもあってくらりとした。

 もう起き上がるのはあきらめて、横たわって体勢だけ立て直すことにする。


 すると弱りきった俺の様子を楽しげにながめて、【解析】が話しかけてきた。


「やあ、我が弟子よ。ずいぶんしてやられたねえ。【変貌】はつまらないだろう? 加護にも遊び心というものがない。私なら加護を与えるにしても、無意味に弱点とかつけるがね。背中とかに」


 その遊び心は、加護を与えられたやつと戦うなら是非とも『そうしてくれ』って感じだが、自分が加護をもらう側だとすると『絶対にやめてくれ』って感じだ……


 極め付けに『無意味に』って言っちゃってるのが最大の台無しポイント。

 せめて強い力の代償につけざるを得ない、ぐらいのスタンスでいてほしい。


「で、我が最初にして最後の弟子よ。竜の魔術を千分の一ぐらい継ぐ者よ。その腕、どうしたい?」


「だから治してって言ってんじゃん!」


 すかさず我が弟子が言えば、【解析】は「君には聞いてない」とばっさり切り捨てた。


 俺は、動かなくなった右腕を見て、考える。


 ……まあ、今後の生活とかもあるし、意地とかプライドが理由なら、いくらでも捨てて治してもらうんだが……


 始祖竜【解析】は、始祖竜なのだ。


 俺たちの関係は、始祖竜の気まぐれに依存している。


 だからすべての言動はこちらを試すためのもの、と思うぐらいがちょうどいいのだろう。

 ここの距離感を間違えると、始祖竜は『興味がなくなった』などと言って去っていくかもしれないし、もっと最悪の想定なら、俺を殺してから去っていく可能性もありうる。


 ━━絶対的上位者と、吹けば飛ぶような人間とが『仲良くやれてる』ように見えるのだとすれば、それは、上位者こちらが情けをかけてやっている状態にしかすぎないんだよ。


 俺が魔導士と認められた日の会話を思い出す。


 情けをかけてやっている状態。

 それが終わる時はつまり、情けをかける価値もなくなった時で━━


 考えていたら、突然、頭を殴られた。


 すでに寝転がっているところに、ゴルフのスイングみたいなものをぶち当てられたのである。


 まあ、さすがに本気ではなかったようだが、それにしたって唐突な暴力には反射的な怒りが起こるものだ。


「なにすんだよ!」


 と、犯人である我が弟子に問い掛ければ、


「ごちゃごちゃ考えてないで、『治してください』って言え!」


 ここで俺は人と竜の違いとか、そういうものについて説こうとした。


 が、俺の口から出る言葉が『治してください』ではないとわかった段階で、さらなる暴力が俺の言葉を止めた。


「あたしの勝ちだから、『治してください』って言え!」


 ……俺たちは勝負をして勝った方が、負けた方の言うことを聞くのだという『じゃれあい』を日常的にしていたのだった。


 いやしかし、今はそういう状況じゃ……と反論しようものなら、また暴力が言葉に被せられる。


 ただし暴力の質は回を追うごとに弱くなっており、三回目ともなると、まったく苦しくないスリーパーホールドを決められる、というだけになった。


 つまり、我が弟子に抱きつかれたということだ。


「絶対につらいんだから、治してもらってよぉ……! 竜がそれでなんか暴れたら、あたしがぶっ殺すから!」


 泣きながら超物騒なことを言い出した。


 俺は絶句し、始祖竜【解析】は大爆笑した。


 我が弟子はいつまでも泣き止まない。耳元で号泣するもので、超うるさい。

 困り果てて【解析】を見上げれば、彼女はちょうど爆笑がおさまったところで、


「ぶっ殺されるのも楽しそうだけれど、今はまだまだ、傷もつけられないかな。けれどまあ━━竜を殺すと言ってくれたんだ。その約束を担保に、君の傷を癒してもいい。どうする?」


 ここで俺が申し出を拒否するなら、理由はもはや意地だけだった。


 意地やプライドしか理由がないなら、それはまあ、捨てられるものだ。


「治してください」


 と俺は言った。


 我が師匠【解析】は口角をゆっくりとあげる。

 我が弟子は俺を抱きしめる力を強くする。


 俺は、左右の腕で弟子を抱きしめ返して、あやすように背中をぽんぽん叩いた。


【解析】はとびきり楽しそうに、また吹き出した。

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