勇者と弟子との戦いは、最終的に勇者側に三十名の兵士が加わり、弟子側に俺が加わったものの、ほぼ一対一の戦いだった。
俺が兵士を抑え込めるのだと信じ切っているように我が弟子が振る舞うものだから、俺もその期待に応えざるを得ず……
実際に、三十名の武装した精鋭たちは、俺一人でもどうにか抑え込めたのだ。
勇者と我が弟子の戦いは、拮抗して見えた。
というのも、それは、勇者が魔術を一切避けなかったからそう見えただけで、実際のところ、始まった時点で我が弟子は敗色濃厚だった。
魔術は精霊の気を惹いて
我が弟子は景気良く火炎弾を撃ったし、
それは一発たりとも外れずに勇者に当たり……
勇者はただ、真っ直ぐ、我が弟子を目指して迫るだけだった。
その『不変』という
……名称からの解釈だけなら、他のものに不変を付与したり、ということもできそうなのだが、『変貌の時代』の俺の知識では、勇者の不変だけが己の身にしか影響を及ぼせなかった。
だが、今はどうにも違うらしい。
勇者は己の衣服や剣にも『不変』を付与していた。
身につけたものにさえ傷一つなく、ひたすら勇者が迫り来るというのは、どんな気持ちだろう?
「気持ち悪っ! 気持ち悪っ!」
気持ち悪いらしかった。
もちろんそれは、浅い階層のものを見ただけで出てくる感想ではないらしく、
「それ、見えないの!? あんたのまわり、精霊の死体だらけ!」
……残念ながら『精霊の死体』というのは、俺にも知覚できない。
そもそも『死』という概念からは遠そうな存在である。
「ゆっくり黒ずんで腐り落ちてく……! そんなもの服にまとわりつけてるとか正気!?」
どうにも、相当にひどい状況のようだ。
一方で勇者は、若者から『気持ち悪い』と連呼されても動じることもなかった。
「私と私が身につけたものは『不変』となる。……私にはそれぐらいしかわからないが、君には色々見えているようだ。できれば話を聞きたいものだね」
「話しかけるな!」
「……やれやれ」
勇者側には子供をあやすような余裕があった。
それもそうだろう。なにせ、彼は絶対に死なない。傷もつかない。
身につけたものが不変となる━━という言い方からすれば、それは体から離れれば不変の効果がなくなるのかもしれないが……
折れぬ剣を持った傷つかない戦士が淡々と迫ってくるという状況で、こちらに勝ち目があるとは思えなかった。
一方でこちらには限界がある。
精霊の気を惹くことで不自然を起こす魔術というものは、精霊へ『さあ、こちらにご注目』とやるのに、
体力が直接吸い出されていく感じ、というのか。あまり呼びかけをやりすぎると、ひどい虚脱感に苛まれ動けなくなる。
現代風に言えば『MPの消費』に相当するものなのだろうが、我が弟子は天才であるがこのMPには当時の俺と同じように限度があるのだ。
状況を見て、俺は叫んだ。
「相手にするな! 聖剣を持って逃げれば勝ちだ!」
……もう『聖剣の所有権についてどっちが正当性を持っているか』とかの細かいことはどうでもよくなっていた。
俺は長い時間をいっしょに過ごした弟子の肩をどうしても持ってしまう。
しかし弟子は人の言うことを聞かないので有名だ。
「どうして、あたしがあたしのものを持って帰るのを、『逃げる』だなんて言うんだ!」
もう仕方ないので、俺は弟子が勇者の猛追をかわすのに集中しているところを後ろからぶん殴って気絶させ、そのまま風の魔術で飛んで逃げた。
飛行というのは俺からするとかなりの難易度であり、一度も成功したことがない。
なのでその緊急離脱に使った『飛行』は、『自分たちを大きく吹き飛ばす。着地? うるせぇ! 気合いでやれ!』というようなものだった。
が、思い切りが功を奏して、俺たちは勇者の館から逃げることに成功し、眼下の勇者がどんどん小さくなって━━
剣を、投げてきた。
もはや豆粒ほどにしか見えない勇者が、地上から剣を投擲してきたのだ。
通常であれば届かない。いや、高度的に届いたとしても、風によりまだ加速中の俺には追いつけない。
だが、加護を受けた英雄の腕力は常識をぶっちぎる。
間違いなく剣に追いつかれることを確信した瞬間、俺は我が弟子を抱きしめて守った。
剣は俺の右肩に深く食い込み、俺は手にしていた杖を落としてしまった。
が、腕の切断まではいかなかった。気絶はしそうだったが唇を噛んでこらえた。
今、俺が気絶しては、着地の時に魔術で衝撃をやわらげられない。なにせ弟子は、今落っこちていく杖で俺が殴って気絶させたのだから。
俺たちはしばらく放物線を描いて
風を地面に浴びせて衝撃を殺したが、さすがに殺し切るほどの天才性のない俺にはどうにもできず、強い衝撃が背中を叩いて、しばらく呼吸もできなかった。
肩に刺さった剣は、刺さった衝撃からか根元付近で折れている。……やはり『不変』は『今、身につけているもの』にしかかからないらしい。
俺は『さっさと剣を抜いて、止血をして……』と考えながら必死に気絶に抗った。
けれど意識は自己治療を待ってはくれず、俺は剣を突き刺し、弟子を抱きしめたまま、魔力切れ、痛み、その他ダメージ、緊張からの解放などが大挙して押し寄せてくるのに負けて、けっきょく意識を奪われたのだった。