目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第30話 弟子

 俺たちがいる場所は、ちょうど剣と化した【変貌】が突き刺さっている裏側だった。


 あの剣は『勇者』により【求愛】の体に突き立てられたまま、二百年近く経ってもまだ抜けていなかったのだ。


 ……年数について、ちょっと現代視点からだとこんがらがるのだが……

 第三災厄【求愛】が発生し、その当時の俺が死ぬまでおおよそ五十年。そこからさらに百年だから、まあ四捨五入したらだいたい『剣が突き刺さってから二百年後』と言っても、そこまで大きな間違いではないだろう。


 そのあいだ、剣は抜けていなかった。


 最初のころは何人もがチャレンジしたようなのだが、誰も抜くことはできず、今ではもう人がほとんど来ることもない聖跡せいせき……『始祖竜教が聖なることと認定した出来事がかつてあった場所』になったようだった。


 熱心かつ生活に余裕がある始祖竜教徒はたまに巡礼に来るようではあったが、その日も人の気配はほとんど・・・・なかった。


 当時の俺が【求愛】の死体をぐるりと回り込んで【変貌】の突き刺さった場所に出ると、唯一の来訪者の姿が見えた。


 そいつは木の皮を服のようにまとった小汚い子供で、両手で【変貌】剣の柄を握り、【求愛】の死体に片足をついて、全身の力を一生懸命に込めて剣を抜こうとしているところだった。


 成果はもちろん、かんばしくない。


 ただの腕力自慢どころか、加護を持った十三家の当主でさえも抜けなかったのだ。どう大きく見積もってもほんの十歳ぐらいの子供の腕力で抜けるはずがなかった。


 俺はといえば、ボロをまとった薄汚い子供が剣を抜こうとしている様子を見て、『俺なら抜けるだろうな』と確信していた。


 というのも、始祖竜【解析】によりつけられた魔術修行により、俺の目は普通の人が意識さえしていない要素を捉える力を磨いていたからだ。


 俺が新たに視界に捉えられるようになったこれ・・を、【解析】は『精霊』と呼称した。


 つまり、人格を持たない、ありのままの自然の力である。


 これは現代文明には言い換えになるもののない概念だった。


 熱量だとか、ベクトルだとか、そういうものの少し前の概念、とでも言うのか……

『精霊』に呼びかけることによって、これまで熱のなかった場所に熱が発生したり、ベクトルのなかった場所にベクトルが生じたりということが起こる。


 魔術師はこの『精霊』の気を惹くことによって魔術という現象を起こす。


 気を惹くには『精霊』が見えていた方がいい。

 彼女ら(というように【解析】が呼んでいたので俺もそれにならう)は楽しいほどよく力を貸してくれるので、その感情を見てとれるように俺もずいぶん訓練を積まされたものだった。


 そしてこの精霊は、【変貌】剣の柄にからみつくように集まっているのが見えたのだ。


 それはどうにも、【求愛】のもとから【変貌】が去っていくのを許せない、というような感情があるように思われた。

 つまり、精霊たちは災厄である【求愛】の肩を持っている。


 だから精霊たちに『もう、【求愛】は死んでいて、喜ぶことも、悲しむこともないんだよ』と教えてあげれば、【変貌】剣を留める力はなくなり、普通の大人の男ぐらいの腕力で簡単に抜けるだろうなと思えたのだ。


 だから、まあ、あんな子供にいつまでもがんばらせてないで、俺が代わりに【変貌】剣を抜いてやってもいいんだが……


「どうするんだい?」


【解析】が例のニンマリ顔が目に浮かぶような声で言うもので、俺は、試されているのだろうなと感じた。


 ……わかった、わかった。


 魔導士としての役割を果たそう。


 あの子が剣を抜けるように導けってことなんだろう?

 まったく、どこまで意図していたものなのか。【解析】のやりようは、いつだって未来でも見えているかのように的確で、それから、まわりくどい。


 俺は剣を抜こうとしている子供に近寄って、言う。


「その剣、抜けるようにしてやろうか」


 すると子供はきょとんとしたあと、俺をにらみつけて、こう言った。


「おっさん、誰だよ」


 ……この当時の俺はそれでもまだ十代なのだが……


 この世界全体の結婚適齢期などを考えると、まあ、たしかに、子供がいてもおかしくない年齢であり、十歳ぐらいの子供からすると、間違いなくおっさんなのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?