『いきなり自分を拉致した
結論だけ先に言ってしまえば、俺はどちらも選ぶことになった。
すなわち、
「まあ、君が戻りたいというのならば私はその意思を尊重するけども。しかしだね、君のように無力なやつに第一災厄【虚栄】の遺産がごろごろいるような土地というのは、かなりこう、ハードではないかな? よし、ならこうしよう。私のもとで君は力をつけ、それから帰る。どうだい?」
しばらく彼女のもとで過ごし、そののちに帰る、という選択だ。
接していると言動の激しさにも慣れてきていて、俺はようやく彼女が
だから、彼女の申し出を受けることにした。
……というのも、この時代は『変貌の時代』からおおよそ百年が経っていたのだ。
当時のことは神話として語り継がれており、『竜は哀れな人に力を貸し、慈しみ、育て、力を与え、そうしてその身を剣に変えてまで災厄をうち祓い、人々を守ったのです』と言われている。
そんな神話を聞かされて育った俺にとって、竜とは
つまり、哀れな人に力を与える存在。そして俺は、自分のことをなかなか哀れだと思っていた━━というかまあ、【解析】と話してみて気付かされたというか。
そうして力を与えた先にあるのが現在の十三家ともなれば、ムチで打たれ続けた力ない少年としては、これにすがりたくもなるというものだった。
俺も加護をもらえるのか、と聞いた。
すると【解析】はとたんに腹を抱えて大爆笑した。
その笑いがおさまるまでには数十秒の時間が必要で、俺の発言があまりに的外れなのはまあわかったんだけど、ここまで笑われると『蹴っ飛ばしたろかこいつ』という気持ちにもなってくる。
いよいよ俺の足が地面に転がって笑い続ける【解析】に伸びそうになったころ、彼女はようやく涙をぬぐいながら『ふわり』と風に巻かれるように立ち上がって、
「いやあ、加護か。なるほど、そいつはいい。楽して強くなれる。けれどね少年、私は力だけをぽんと渡された人間にはなんの興味もないよ。君らが努力して変化していく、その過程こそが私にとっての研究対象さ」
【解析】は俺に、『魔術』を教えることにしたようだった。
魔術、というのはそれこそ『静謐の時代』以前からあるもので、『解析の時代』となった当時にも、もちろん存在する。
ただしそれは、『かゆいところに手が届く』以上のものではなかった。
現代のコンピューターゲームのような、敵を焼き尽くす炎とか、細切れにする風の刃とか、そこまで大規模でかつ
だから当時の俺のイメージ的に『魔術なんか覚えてどうやって強くなれるんだよ』という反感が湧いてしまうのも、仕方ないことだった。
すると【解析】はその反応が楽しくてしかたないとばかりに、口元をモニモニさせ、細く長い指をすっと空へ向けた。
すると周辺から風が指先により集まり、それは緑の光をまといながらどんどん大きくなり、ついには人を十人は呑めそうなほどのサイズになった。
【解析】が指を振って風の球を放つと、当時の俺では表現できないほどの速度(たぶん拳銃などの銃弾なみ)で遠くに見えるハゲ山にぶちあたり……
山の半分から上を、消しとばした。
ここまで届く轟音。山が崩れたことにより舞い飛ぶ大量の土埃。
丘陵をびっしりと覆う背の低い草が逃げ惑うようにざわめき、俺はぽかんとして、
「……まずい。
そんな声を聞いた。
さすがにツッコミの一つも入れた方がいいかなと思って【解析】の方を見れば、彼女もヒクついた笑みでこちらを見ていた。
口を開いたのは、彼女が先だった。
「ど、どうだい少年。魔術は強いだろう?」
……そう言われてしまうと、うなずくしかない。
いや、もう彼女の『やっちまった』に対して適切なコメントを考えるよりも、そちらの方が大事だ。
俺は、魔術の破壊力にすっかり魅了された。
【解析】は「いや、破壊だけが魔術の
もちろん俺は弟子入りを決めた。
【解析】は俺の両肩をつかんで真剣な顔で語る。
「君に魔術を教えるが、私がしたように、山を壊したり、大地を抉ったり、そういうことはしちゃだめだよ。なぜって、人にとって、魔術は自然の力を借りるものだからね。下手に破壊すると自然からの抗議が来る。君はやるなよ。絶対にやるなよ」
なんだかわからないが、あまりの迫力にうなずいた。