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第23話 友

 その時代の俺は大往生で、年齢的には七十歳まで生きた。


 これは当時としては異様とも言える長寿という認識で間違いない。


 さて、災厄を倒した直後から振り返ると……


 まず、災厄を倒した俺たちは、始祖竜教本拠地である『竜の里』へ戻った。


 そこで始祖竜【変貌】とともに第三災厄【求愛】の討伐に成功したことを大々的に告げたわけである。


 これだけだと金髪碧眼の地位はもとに戻るだろうが、黒髪黒目の俺たちはまた奴隷身分に逆戻りだ。


 けれど、そうはならなかった。


「『竜の里』を攻め落とそう。ただし、誰も死なせぬように。その方が僕らの力が際立って伝わるからね」


 リーダーからそんな提案があり、俺たちはしぶしぶ呑んだ。


 なぜ『しぶしぶ』だったかというと、俺たち十三人はそのほぼ半数……六人が黒髪黒目だった。

 つまるところ、『髪と目の色により階級を固定する』という始祖竜教の方針により、最底辺の身分としてこき使われていた者たちである。


 俺はそうでもなかったが、黒髪黒目の中には『高位神官をむごたらしく殺したい』と主張する者もいたのだ。


 一時期【変貌】が災厄認定されたことで身分を落とされかけた金髪碧眼の中からも、『(高位神官のような)ああいう連中は生かしていても害があるばかりで、利がない』という主張が出た。


 すると我らがリーダーは少女のようにも見える可憐な顔に魅力的な笑みを浮かべて、


「よし、おのおの、意見や主張がある。これは話し合いでは片付かない、感情に根ざした問題だ。━━というわけで、殴り合いで決めよう!」


 ……俺たちは脳筋集団なのだった。


 そもそも、躍動軍と災厄軍はけっこう早い段階で互いに『こいつら、戦意がないな』と理解し、協調していた。

 この時代なら、たとえ監視がいても、てきとうに戦っているフリでごまかすことぐらいできただろう。


 ところが仲良くなってからも俺たちは、戦う時はガチだった。


『互いに殺さない』という暗黙のルールは(というか口にするまでもないから誰もいちいち言わなかっただけかもしれないが)あったにせよ、大まかな流れは決めたにせよ、リーダー同士の一騎打ちだけで決まる勝負もあったにせよ……


 戦いは武器を持ってガチでやったのだ。


 それはなんていうか、『楽しいから』以上の理由が、ちょっと振り返っても思い出せない。

 だってガチでやる必要は、ないもん。


 もちろん衛生兵や【変貌】の治癒にもおおいに助けられたが……

 互いにお遊びのような戦争をしておいて始祖竜の治癒能力さえ出張る勝負をするというのが、そもそもおかしい。

 頭が筋肉でいらっしゃる。


 というわけで俺たちは加護を得た体で殴り合いを始めた。


 結果として、リーダーが俺以外の全員を叩き伏せて勝利した。


 リーダーの加護は『不変』……つまり『今の状態から変わることがない』というもので、殴っても殴ってもダメージがないのだ。ずるい。


 俺が叩き伏せられなかったのは、そんな相手に殴りかかるのをさすがに徒労に感じていたのと、そもそも剣をリーダーに託した時点で、彼を認め、頼っていたからだ。

 つまり勝負自体をしないでもリーダー派だとみんなに納得されたのである。


 そんなわけで、俺たちは『竜の里』を攻め落とした。


 ……そもそも俺たちは、世界最大の軍隊だったのだ。

 後方支援部隊までふくめて最大時でもたった百名の軍隊だったが、その程度の数でも当時の人口からすれば最大の軍なのである。


 これがだいたい三分の一ほどに数を減らしたが、うち十三人は始祖竜の加護を引っ提げて帰ってきた。


 これに勝てる戦力は『竜の里』にいなかったのだ。


 俺たちは俺たちの活躍を喧伝けんでんしながら『竜の里』を攻め落とし、全員を捕縛して一箇所に集め、【変貌】の最期と災厄【求愛】がどう倒されたかについて語った。


 リーダーはこの『語り』が異様にうまかった。


 他の十二人が己の活躍について語ると聴衆から『おい、そこはどういう意味なんだ?』と質問が挟まれるのに対し、リーダーの語りにそうやって水を差す者は誰もいなかったのだ。


 もっとも己の活躍を上手に語れたリーダーは、民衆からも認められ、次なる始祖竜教の最大神官に推された。


 が、これを断り、


「我らは最大神官を守る十三の盾であり、剣となろう」


 ということで、最大神官を据え置いて、その周囲に新しい権力者として配置されることになった。


 住居も最大神官の家を囲むように円状に配置された。


 これには最大神官も異様なプレッシャーを感じたようで、以降の始祖竜教の運営は、いちおう最大神官をトップとしつつ、俺たち十三人の意見が色濃く反映されていくこととなった。


 時間を進めて判明したこともある。


 俺たちの加護は血縁者にも継承された。


 ただし相性みたいなものがあるようで、たとえば男、男、女の三人きょうだいでも、末娘がもっとも強く能力を受け継ぎ、長男は末娘に比べいくらか劣化した能力を発現し、次男にはまったく継承されない、みたいなことも起こった。


 当然ながら始祖竜【変貌】の加護を受けておこった十三家(と、呼ばれるようになった)は、加護を色濃く継ぐ者を祭り立てる。


 後継者は十三家を興した俺たちの発言力と義務・・を受け継ぎ、次なる家長として家と血脈を絶えさせないことを目的に生きることとなった。


 義務・・の一つがもちろん『血脈を絶えさせるな』だが、他はなにかと言うと、最底辺のいなくなった始祖竜教において、マンパワーとして事業に尽くすことだ。


 さて、洗濯にも掃除にも料理にもさまざまな便利道具がある現代からだとなかなか想像しにくいのだが、『普通に生活する』というのは、実のところ、かなりの労力がいる。


 それを多くの人を動員し、それぞれ役割を分けて働かせることで始祖竜教を中心に社会はどうにか回っていたわけなのだが、危険・きつい・汚い労働を担っていた最底辺身分の者たちがいなくなり、これが回らなくなってきたわけである。


 イメージもあるので『汚い』方の役割は別の者に任せつつ、加護を受けた十三家と、そこに仕えることのできた『特別優秀な者たち』が、危険・きつい方の労働を担うことになった。


 それは冬越えのためのたきぎ・・・集めであったり、家屋修繕のための木材・石材の運搬であったり、あるいは『竜の里』周辺をうろつく魔物……

『静謐の時代』に現れた第一災厄【虚栄】の遺産・・の退治だったりと、危険できつい、肉体労働である。


 これらの労働に加護を受けた肉体をおおいに活かし、十三家はますます民からの信任を得て、そうして最大神官はますますお飾りになっていった。


 危険作業や魔物退治で死者が出なくなったおかげか、人口もだんだん増えていき、『竜の里』も手狭になっていった。


 十三家は『竜の里』を中心にそれぞれ別方角の土地を切り拓き、そこを領土にし、屋敷を建て……ようするに、本格的に貴族化していったのだ。


 そうして住む場所を分けてみると家ごとの特色みたいなものが色濃く領地に反映された。


『改変』の天与ギフト(俺たちの能力はこのように格好つけた名称がつくようになっていった。イメージ戦略だ)を持った俺の領土は、よく作物が実り、一大穀倉地帯になった。


 俺の領地は『南の食糧庫』と呼ばれるようになり、また、十三家筆頭である『北の勇者』の覚えもめでたかった俺は、十三家次席ともあだ名された。


 ……さて。


 そうして繁栄の一途をたどっていた俺の人生にもいよいよ終わりの時が近付く。


 すでに病床にありまともに出歩けない老人となった俺のもとに、勇者は軽い足取りで現れた。


 勇者。


 またの名……は、たくさんあるが、俺の末期の時に現れた姿を示すあだ名といえば、これだろう。


『永遠に老いない者』。


 勇者は、災厄を倒したあの日から、いっさい、老いていなかった。


 不変。


 ……ともに災厄に立ち向かった仲間たちは全員、天寿をまっとうした。


 始祖竜に定められたとされる命数を使い切り、立派な墓に入ったのだ。


 今は各家の代表はその子孫らがつとめているが……


 勇者だけは今なお若い日の姿のまま、命数を使い切る様子もなく……


 三度の結び・・……ようするに結婚があって、しかし、そのうち一度も、妻を身篭らせることはなかった。


 勇者の血統には、勇者しかいないのだ。


「……君も、もうダメか」


 若い彼は寂しげに語る。


 年老いた俺は声を発することさえおっくうで、もごもごとなにかを言おうとしながら、ただうなずくだけにとどまった。


「まあ、うん、いいだろう。きっとこれが、私の払うべき代償なのだろうね。竜の加護を受けて、権力の座について、ほしいものすべてが手に入る。人類の発展まで後押しした。……だというのに払うものがなにもないんじゃあ、竜に申し訳ない」


 俺に話しかけているような口調でいて、それはただの独り言なのだった。


 もはや彼は最大神官以上に始祖竜教の象徴だ。


 彼の領地は他の十二家に比べて特別勝ったところはないが、特別劣ったところもない。


『不変』という己の身にしか影響を及ぼさない天与のろいを受けて、他の、もっと応用が効く天与を持つ十二家に、目立って劣っているところがいっさいないのだ。


 ……竜に与えられる前から、すでに彼には『なにか』が与えられていたとしか思えない。

 才覚がある、という程度では収まらない天分。才覚がある上に努力を惜しまず、人を見下さず公正である。


 ……改めて、彼を恐ろしいと思った。


 彼は『人類』というもののために奮い立てる英雄だが……


 もしかしてそれは、始祖竜が人を人としか見れないように、彼にしてみれば、友人も家族も恋人も、他人も仇敵さえも、平等に『守るべき、か弱く、劣ったもの』にしか見えていないからではないか?


「どうしたんだい?」


 彼が俺の恐れに気付く。


 俺は恐怖でしゃべれない。


 ……俺たちに加護を与える時、【変貌】が謝罪していた理由が、なんとなくわかった気がした。


 加護は、『人』と『加護を受けた者』を別の生物にする。


 それでも俺はギリギリ人だった。その程度の才覚や視点しか持っていなかった。


 けれど、もとより人より高次の視点に立てる者に、さらに加護まで加わったなら……


 彼と同種の生き物は、いったいどこに存在するというのか?


「……友よ……」


 知らず俺の口をついて出た言葉は、頭によぎった言葉の、ただのひとかけらがこぼれただけだった。


 現代の視点で言うならば、それは、『あなたの友になれる者はもういないかもしれない』というような意味合いのことを言おうとしたが、病床に縛り付けられた頭が回らず、言葉の一部だけがまろび出てしまった、という程度のものだった。


 けれど、勇者は一瞬で顔をくしゃりとゆがませ、俺の手を両手でとり、


「ああ、友よ……! 友よ……! 君たちはみんな逝ってしまう! 私だけが……僕だけがあの日に取り残されたまま……! 僕も、君たちと一緒に老いたかった! 我が子を抱きしめ、その将来に希望と不安を感じたかった……!」


「……」


「僕だけが、一人、置いていかれる! 時代は終わったのに、僕だけが残る! そんな、残酷なことがっ……!」


 俺は、握られた手を握り返した。


 ……俺たちは平等でも対等でもなかった。ずっと、君が上で、俺は下であることを受け入れていた。


 それでも、君が俺を友として、その死を悼んでくれるなら……


 とても君に及ぶ存在とは言えないけれど、最後の一瞬ぐらいは、君の手を抱きしめ返そう。


 君の対等な友として生きていくのはとても難しいが、この一瞬ぐらいなら、君の対等な友のふりぐらいは、できるから。


「……ありがとう、友よ。君の愛した家族、僕たちで変えた世界、そして君が僕に託してくれた、あの剣……すべて、すべて、きっと守り抜いてみせる」


 その言葉を聞いたのを最後に、この時代の俺の意識は断絶した。


 彼の誓いを否定も肯定もする暇さえなく、命数を使い切ったのだ。


 ……これは、人を愛した竜と、竜を愛した人の話だ。


 そして━━


 存在を懸けて加護まで与え、さらにはその身を剣にまでして人類を守ろうとした竜の愛は、これから『手酷い裏切り』を受けるらしい。


 でも、その記憶はまだ俺の中にない。


 今はただ、なにもない現代の自分の手によみがえる、『孤独になった彼』の手の感触に戸惑い、口を閉じ、息を吐くしか、できそうもなかった。

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