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第22話 『勇者』

 オチから言えば、俺はけっきょく、【変貌】を剣にした。


 葛藤がなかったわけではない。彼女に助けられてから今までの思い出が走馬灯のようによぎったのなんか、語るまでもないだろう。


 先ほどまでの無力だったころとは違う。

『どうやったって災厄には勝てないし、その結果【変貌】も死ぬかもしれないが、もうがんばれない』という状況ではなく……


 すでに消えようとしているとはいえ、その【変貌】に、俺自身がとどめを刺すのだ。


 絶対に嫌だ、と首を振った。


 けれど、


「お願い」


 ……母であり、姉であり……

 すぐに『俺なんかじゃ無理だ』とあきらめたとはいえ、いっときは恋慕を抱いたし、その肉体に劣情がふくれあがるあまり眠れない夜だってあった相手だ。


 その彼女に、こうも懇願されて、俺はけっきょく、従った。


 能力の使い方はすでに頭の中にあった。


【変貌】に手を触れ……ああ、触れるといっそう、彼女がすでに消えかけていることを思い知らされる……念じる。


 剣となれ。


『災厄』を断つ剣となれ。


 ……さまざまな思い出がよぎっては消えた。


 涙はもはや堪えきれなかった。


 皮肉な話だ。

 守れないと思っていた時には悲しみもなく、奮起もしなかった。

 でも、守れる力を手に入れたと思ったとたん、俺は彼女を守りたいと強く強く思ったのだ。


 だから俺に、『勇者』は似合わない。


 この剣を手にする資格は、俺にはない。


 状況に左右されず、『人類』なんていう多すぎてとても想像ができないものの命運を自分が背負っているのだと強く自覚し、力がなかろうが、どれほどの苦境だろうが、強敵に立ち向かえる━━


 そういうやつを、勇者と呼ぶべきだ。


 ……すでに、剣は出来上がっていた。


 きらめく黄金の……【変貌】の髪と同じ色の、両刃の剣。

 その長さ、厚さ、太さは、ある人物の使っていた青銅の剣をモデルにしていた。


お前・・剣だ・・! 受け取れ!」


 俺はそいつに━━新しい俺たちのリーダーであり、少女とみまがうような美少年であり……


 もっとも『勇者』と呼ばれるにふさわしいそいつに、【変貌】だった剣を投げた。


 すぐさま意図を察したそいつは、ちらりとこちらを一瞥いちべつし、なんとも言えない、切ないような、憐れむような、悼むような笑みを浮かべて、俺が投げた剣をつかんだ。


受け取った・・・・・。……ああ、すべて、受け取った。命を、思い出を、信頼を、覚悟を━━希望を!」


 そいつが手にしたとたん、剣がまばゆく輝き始めた。


 目も開けていられない光量に思えるのに、【変貌】の加護をもらった俺たちは、その光に安らぎと暖かさを覚えるばかりで、ちっとも目を焼くような感覚はなかった。


 だが、【求愛】は違った。


 巨大な樹腕じゅわんで顔らしき部分を覆い、それでも苦しげに身をくねらせ、光を避けようとしている。


 足が、止まっている。


『勇者』は、剣を振りかぶった。


「この一閃こそ、彼女の愛と知れ」


 ……この当時、俺たちは第三災厄が災厄であることも、そいつが愛を求めていることも、感じて・・・いた。


 強すぎる感情は空気を変えて、無言のままにその感情を周囲に感じ取らせる。


『あ、あいつ機嫌悪いな』とか、『元気ないな。なにかつらいことあったのかな』とか。そういうものを察する能力は、誰にでもある。


 だからこそ、俺たちは災厄の気持ちがわかってしまう。


 ……愛を求めて愛を得られない渇きが、わかってしまうのだ。


 だから勇者の一閃は、愛を求めた者に対する、精一杯の慈悲だった。


 光芒が樹の巨人を縦に通り抜けた。


 あふれる輝きによって白く塗り替えられていく世界の中、【求愛】の声が耳に、いや、心にとどく。


「オオオ……【変貌】! 【変貌】! 【変貌】! ……俺はただ……あなたに、頭を撫でられるのではなく……抱きしめたら、抱きしめ返してほしかっただけ、なのです」


 ━━対等になりたかった。


 ……多かれ少なかれ、災厄軍にいた全員が思っていたことだ。


 たくさんいる守るべき弱者のうち一人ではなく。

 自分たちを助けてくれたあのひとを、助けられるような存在になりたかった。


 たぶん過酷な鍛錬を己に課してきたのも、その想いからだ。


 でも。

 彼女は、竜だった。


 俺たちは彼女のすさまじさを知っていて、それは鍛えれば鍛えるほどわかってしまうことで、だからいつしか、竜と対等になることを自然とあきらめていたけれど。


 俺たちの中で一番賢かったはずのリーダーだけが、『竜と並び立つ』という、人が抱くには愚かすぎる夢を捨てられなかったのだ。


「……まいった。突き刺さって抜けない」


 勇者の声が聞こえて、ほんの少しの自失状態から引き戻された。


 世界を白ませる光がおさまったあと、そこには【求愛】の死体が残った。


 天に届くほど巨大な、色とりどりの花をその幹に、枝先に、根に咲かせた樹木。


 その樹木をてっぺんから根元まで斬り込んだ結果、【変貌】だった剣は樹の根に刃を半ばまで突き立てるように埋まっており……


 それは、いまだに加護の消えていない俺たちの腕力でも、どうしたって、抜けなかった。


「……まあ、彼女の愛なら、彼は放さないか。……抱き返されることも永遠にないけれどね」


 勇者は剣をあきらめたようだった。


 ……こういう時、剣が埋まっている根ごと切り取って運んでしまえば、とか思いつくのが現代人の悪いところだが、それは不可能だった。


 そもそも青銅の剣や【変貌】による品種改良が行われた木剣でも、その樹は一切の傷がつかなかったのだ。

 能力による攻撃なんかも試されたが無理だった。

 刺しておく以外に、その時代の時点でとれる方法はなかった。


 ……そんな具合で、『変貌の時代』は終わったが……


 この時代の俺は天寿をまっとうしたので、少しばかりロスタイムがある。


 その後、時代がどうやって変わっていったのか、始祖竜は記憶しているだろうが、いちおう人間の視点で語っておこうか。


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