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第20話 加護

「近くの者は『災厄』を抑え込め! 遠くの者は本陣へと伝令へ行け! 足の速い者は【変貌】を連れてここを離れろ! 躍動軍、災厄軍、一丸となって『災厄』に挑む!」


 そいつにはどうしようもなくカリスマがあった。


 どちらかと言えば少女の要素が強い中性的な顔立ちは、目を細め『災厄』をにらみつけることで、性別を超越した凛々しさを発した。


 自ら先頭に立って『災厄』を翻弄ほんろうする様子には全員が勇気づけられた。

 及び腰だった者さえ、そいつの戦う姿を見たあとは、叫び声を上げながら『災厄』に立ち向かった。


 指示は的確で簡潔だ。俺たちはそいつの声にだけ集中して全力で行動できた。


 そいつ・・・と同じ集団に所属しているというだけで誇らしくなってしまうようなやつというのは、存在する。

 どれほど絶望的に思える状況でも、そいつ・・・がともに戦ってくれるならば、きっと乗り越えられるのだと思える、そんなやつがいる。


 俺たちの新しいリーダーは、そんなやつだった。


 俺たちは酔いしれるように戦った。


 第三災厄【求愛】は、時間を経るごとに大きく、強くなっていった。

 その体はもはや人間らしい部分など残っていない。

 ただ、シルエットだけに人型を残した、見上げてもなお顔をおがめないほど巨大な、花をまとった木の巨人となった。


 巨体だけに鈍重にも見えたが、そもそもサイズ感が違いすぎる。

【求愛】がゆっくりに見える一歩を踏み出しただけで、展開していた俺たちの陣列ははるか後方に置き去りにされて、追いつくのには全力で駆けても十数秒の時間を必要とした。


 もちろん巨大ゆえに重量と腕力はすさまじい。


 ただ歩くだけでも大地が揺れるというのに、そいつが破壊を目的に腕を振り下ろせば、直撃した部分の大地には大穴が空き、周辺にいる者は衝撃だけで吹き飛ばされた。


 ……それでも俺たちが勝てると思い続け戦った理由は、カリスマ性あるリーダーをいただけたことと……


【求愛】の全身に咲き誇る、色もかたちも統一性のない花から、花粉が降り注いでいたせいだった。


 視界が黄色くけぶるほどあたりに花粉が満ちたころ、俺たちはその花粉のもたらす悪辣あくらつな効果にようやく気付いた。


『酩酊』。


 その花粉は少しずつ俺たちを酔っ払った状態にしたのだ。

 酒に弱い者は倒れ伏し動けなくなった。酒豪と呼ばれるような者であっても、冷静な判断力は失われ、動きに精彩を欠いていく。


 意識を失い大いびきをかきながら幸せな夢を見る者まで出始めたころ、そいつが楽しげに笑ったまま【求愛】に踏み潰されるのを見て、『酔う』というものの戦闘時における恐ろしさを俺たちはようやく思い知った。


 だが、俺たちは一時退却などできなかった。


 まずは俺たちと【求愛】では歩幅があまりにも違いすぎたのだ。

 俺たちががんばって三十歩も進んだって、【求愛】はたった一歩で追い越してしまう。追いかけっこになったなら勝ち目がない。


 そして【求愛】はどういうわけか、【変貌】を逃した方向へ向かおうとしている。


 ……いや、『どういうわけか』ではない。

 そもそも、【求愛】が欲しているのは【変貌】なのだから、追いかけるのは当たり前だ。


 だからこそ、【変貌】を守りたい俺たちは、やつの足元でうろちょろして、やつを木剣で殴り、青銅の剣で突き刺し、少しでもように立ち回って、足止めをするしかない。


 けれど俺たちはどんどん数を減らしていく。

 花粉による『酩酊』に耐えている者もいたが、それはどんどん少なくなってきた。

 もちろん酩酊しても運よく踏み潰されたり攻撃に巻き込まれないということもありうるし、無事だったやつが目を覚ませばまた戦力になるのかもしれないが……


 ……この当時は観察している余裕などなかったし、知識もなかったけれど。

 現代の視点から考えれば、『気絶するほどアルコール漬けにされたやつに、寝ているあいだもずっとアルコールを摂取させ続けたらどうなるか』というのは、知識がなくとも『まずいことになる』ぐらいは、わかるだろう。


 しかも【求愛】の花粉による酩酊が、現代で言うところのアルコールと同じという保証もない。

 というかたぶん、アルコールの上位概念だろう。

 科学的には存在しないのかもしれないが、当時、まだ世界がでたらめだったころには、そういう無茶なものは普通にあった。


【求愛】の花粉は、溺れた者に幸せな夢を見せたまま、永遠の眠りに導いていく。


 最初は二軍合わせておおむね百名いた。なにせ当時は人類最大の軍だったのだ。前線部隊だけでも七十人はいたはずだ。


 ところがすでに周囲を見回しても二足で歩けているやつは二十人にも満たなかった。

 あたりは花粉で黄色く煙り、【求愛】の歩行と攻撃で地面はめちゃくちゃ。


 あまつさえ今すぐにでも吐いてから横になって三日は寝てたいぐらいに酔いが回っていて、もはや声を出すのもつらいぐらいだった。


 気付けば、新しいリーダーの声も聞こえない。


 彼は白い肌を土気色にして、それでもどうにか、戦っていた。


 でも、美しかった剣筋はふにゃふにゃで、ぴんと伸びていた背筋は曲がり、足取りはよたよたと奇妙なステップを踏んでいた。


 今生きているのは運がいいだけ。

 あるいは、数を減らして、もはやうざく・・・さえなくなった俺たちを、【求愛】がいよいよ無視し始めただけ。


 ━━終わる。


 そんな概念が胸中によぎった。

 俺は、それを受け入れた。


 だって冷静になってしまえば、あんな化け物に敵うわけがないだなんて、すぐにわかる。

 俺たちはまったく無駄な抵抗をして命を散らした。そして俺も、すぐに無駄死にした仲間のあとを追うだろう。


 目を閉じて呼吸を整えると、頭によぎるのは、【変貌】のこと、仲間たちのこと、そして……最初は敵同士だったけれど、今や味方となった躍動軍にいる、恋人のこと。


 でも、俺は、ここで一念発起さえできなかった。


 ここで踏みとどまり、苦境でも顔を上げられるのが英雄の条件ならば。

 俺は英雄ではなく、


「……まだ、やられるわけにはいかない」


 俺たちの新しいリーダーは、間違いなく、英雄だった。


「我々が倒れれば、災厄は世界を壊す━━言い伝えにある『躍動の時代』同様、また、世界が壊れる。ここが人類の最前線だ。僕らが負けては、世界が滅ぶ! 僕らが勝たねば! みんなが死ぬんだ!」


 ……正直、怖かった。


 俺はそいつとの会話もそれほどなかった。だからそいつがなぜ、『人類』とかいうもののために、そこまで一生懸命になれるのかが、わからない。


 というか、無理でしょ。


 人類ってなんだよ。そいつ・・・は誰だ?

 俺が誰かのために戦うとしたって、それは知ってるやつのためだ。

 恩人のため……いや、恩人である【変貌】を思い浮かべてさえ、もう、自分を奮い立たせるエネルギーなんかわかない。


 だっていうのに、なんでお前は、ここに来て、『人類』なんていう顔もわからないものを持ち出せるんだ?


 しかもそれで『酩酊』を振り払って、剣筋に美しさが戻るんだ?


 怖くて、気持ち悪い。


 だから俺が、その気色悪さのせいで思わず素面しらふに戻った時━━


「災厄に立ち向かう勇者たちに、加護を!」


 もうとっくに離脱したと思っていた【変貌】の声がして。


 俺たちに加護のろいをかけた。


「ごめんなさい、こうするしか」と、後悔しきったようなつぶやきは、残った酩酊が聞かせた幻聴だったのか、それとも……

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