特別な誰かの、特別な誰かになりたかった。
自分が愛するあの人に、自分も愛されたかった。
……たぶん、愛なんてものはわかっていなかったけれど。
誰でもいい、わけじゃない。
妥協なんか、したくない。
でも。
彼女は竜で、
◆
……その当時の【求愛】の衝動が胸に焼き付くようによぎるのは、なんとなく、俺が過去に『災厄』になったことがあるからかな、と思う。
始祖竜同士が記憶を共有するように、災厄同士はある程度の感情を共有するのかもしれない。
その
「人類が俺だけになったら、あなたは俺だけを愛してくれますか?」
ほんの十五年の人生だ。
最底辺身分として生まれた。親の顔も知らない。
もちろん優しくされたことなんかなかった。空腹で、疲れ果てていて、でも、そんなのおかまいなしに連れて行かれて、重労働を強いられる。
相手の気分がよければ施しをもらえることもある。でも、失敗するとムチで打たれる。蹴られる。殴られる。踏みつけられる。
そうやって始まって、それだけで終わっていくと思っていた人生。
そこにある日、
汚物まみれの黒い地面に膝をついて、汚れ一つない真っ白い手を差し伸べてくれた。
戸惑う
もちろん
……その思い出が一生の宝にならないはずなんか、ないだろう。
でも、多くのやつらは、ただ、『昔拾った綺麗な石』みたいに、その思い出をどこかにしまいこんで、満足してしまえるのだ。
だからたぶん
……込み上げる感情に呑まれて、俺と彼を混同しそうになる。
けれどこれはあくまで、彼の物語だ。
俺は最初から最後まで、この
第三災厄【求愛】の問いかけに、【変貌】は胸をおさえて苦しむあまり、答えられなかった。
災厄を前にすると、
それは苦しみや痛みとなって始祖竜をさいなむようだった。
だから、【変貌】は、【求愛】に敵意ある視線を向けることで応じた。
その視線に、【求愛】は酷く傷ついたようによろめいた。
「……なんでだよ。俺は、こんなにあなたを愛しているのに……なんでだよ! なんで、あなたはっ……あなたは……!」
【求愛】は木の幹のようになった腕を横薙ぎにした。
「逃げなさい! これは、『災厄』━━」
思いやりと博愛で無理矢理に【変貌】は声を絞り出した。
【求愛】がその長く太く、樹化した腕で真っ先に狙ったのは、同じ災厄軍でいっしょに戦ってきた、俺たちだったのだ。
……たぶん、『近かったから』とか、そんな程度の理由だろう。
俺たちの反応は三つに分かれた。
状況がわからず混乱してフリーズしていた連中は、花の咲き誇る木の幹と化した【求愛】の腕に殴られ、ひしゃげ、吹き飛び、死んだ。
反射的に【変貌】の命令に従うことができた者たちは、足が速い者は難を逃れたが、遅い者は長く太くなった【求愛】の腕から逃れられなかった。
俺たちは、盾で【求愛】の腕を受け止め、踏ん張れずに吹き飛ばされながらも、どうにか大怪我はまぬがれた。
そして、腕に残るしびれと、青銅の剣さえも通さない木の盾が砕けたことにより、災厄の恐ろしさを肌で感じ、
が。
「聞け!」
静かで、涼やかで、それでいてよく響く、中性的な声が発せられた。
自然とそちらに視線を吸い寄せられる。
そこには、金髪碧眼の美少年━━のちに『勇者』と呼ばれることになる男がいる。
彼はその場にいるすべての者(【求愛】さえも視線を向け、言葉を待つように動きを止めていた)を見回したあと、
「我ら、対災厄のための軍。そして、目の前には、始祖竜もそう認めた『災厄』がいる。━━我らが倒すべき『真の敵』が、そこに出現した」
恐慌しかけていた空気が、一瞬で引き締まった。
躍動軍たちが手持ちの武器を抜き放ち、隊列を整えていく。
俺も━━俺たち災厄軍も、立てる者は立ち、声の聞こえる範囲にいた者は戻り、隊列を整えた。
『勇者』は俺に笑いかけ、
「敵を倒せ。始祖竜を救え。我らが剣をとり、災厄を祓うのだ!」
全軍、彼に呑まれた。
もはや仮初の敵対関係などなかったかのように、俺たちは一様に『災厄』をにらみつけ、武器を構える。
こうして『対災厄』のため、人類の誇るたった二つの軍隊は一つになった。