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第17話 毒

 状況だけ見ればそれは、『躍動軍が災厄軍のリーダーを殺そうと毒を盛った』と考えるのが、もっとも素直な推理だったろう。


 けれどそれは、特に最前線で戦い、酒宴で『次の戦いの流れの相談』までしていた俺たちのような者にとっては、違和感まみれの推測でしかなかった。


『あの躍動軍の気のいい連中が、そんなことをするか?』


 すっかりほだされていた俺たちは首をかしげるしかできなかった。


 仲間の中から『躍動軍のやつがリーダーの酒杯になにかを入れるのを見た』という目撃情報が出てからも俺たちは困惑していたし……

 そこから前線に立たない連中から『やっぱりあいつらは殺すべきなんだ』という意見が出ても、『なにを、おおげさな……』ぐらいに思っていた。


 その危機感のない感想の理由の一つに、『リーダーが毒で死ぬことはない』という前提があった。


 我らが始祖竜【変貌】の権能において、あらゆる毒は意思一つで薬へと変質させられる。


 つまりリーダーを毒殺したいのならば、毒を盛ったあと躍動軍の陣地で七日ほど寝泊まりさせ、そのあいだにあらゆる災厄軍構成員から隔離し、さらに隔離していることを不自然に思わせない……という、とんでもない工程が必要になるのだ。


 そんなことをするぐらいなら、酔い潰れて寝ているところに忍び込んで剣でも突き立てた方が早いし確実だ。


 というか、俺たちは始祖竜【変貌】があらゆる傷や病を手をかざすだけで治せるのを知っていた。

 それは、【変貌】の治療を受けた躍動軍の前線部隊もまた知っているはずの知識だった。

 まさか盛った毒だけが治療の対象外だとは思うまい。


 というより、毒や薬にかんして、躍動軍よりも【変貌】のお膝元で育った災厄軍の方が詳しいというのは周知の事実だ。


 違和感まみれの不自然まみれ。


 けれど、治癒が終わって起き上がったリーダーは、このように布告した。


「連中は卑怯な手を使ってこちらを殺そうとした。今後もどのような手段を使ってくるかわからない。連中を殺すのは、自衛のために必要なことだ。違いますか、【変貌】」


 ここで【躍動】ならば、クソ面倒くさそうに『まあそれでいいんじゃない』とか言いそうなものだが、【変貌】は違った。


「違います」


 自分が助け、今まさに毒で殺されようとした、我らがリーダーの意見を、まっこうから否定したのである。


 さらに、


「あなたは少し、休む時間が必要なようですね。しばらく戦には出ず、療養に専念なさい。私は躍動軍に赴き、事実関係の確認をしてきます。反省なさい」


「【変貌】! そんな、危険です!」


 リーダーは悲痛に叫ぶのだが、俺たちは誰も、リーダーの感じているであろう危機感を共有できなかった。


 なにせ始祖竜である。


 危険度で言えば、今回、リーダーが毒を盛られたように(それが真実とはどうしても思えないのだが)、俺たちが束になって出向く方が、始祖竜一人で向かわせるよりよほど危険だ。


 追いすがろうとするリーダーだったが、唐突に転んだ。

 彼の足首にはいつの間にか土のかせがはまり、それは木のツタのようなもので地面につながっていて、リーダーの動きを封じていたのだ。


 もちろん始祖竜の意思により生まれたその足枷は簡単に外れるものではなかった。


 去っていく始祖竜の背中に手を伸ばし、何度も【変貌】の名を叫び続けるリーダーはあまりにも悲痛だった。

 彼がそれほど弱々しい姿を俺たちの前に見せたことは一度もなく、危機感をさっぱり共有できなかった俺たちも、『ひょっとしたら、まずい事態が進行しているのではないか?』と不安になるほどであった。


「手伝え! 【変貌】を追いかける! 追いつかねば、追いつかねば……!」


 手にしていた木剣(これも【変貌】の手によるもので、ただの木とは強度において一線を画す)を足枷に打ち付けながら命じるリーダーを、俺たちはほとんど反射的に手伝った。


 複数人でガンガン木剣を打ちつけるとようやく足枷は外れた。


 リーダーは災厄軍全体に叫ぶ。


「【変貌】を追う! これは、災厄軍存亡の危機だと心得よ! 全軍、出陣!」


 なんだかわからないまま、俺たちは勢いに呑まれ、声を挙げた。


 ……俺が『竜の里が政治的にゴタついていること』と『戦いが終わるかもしれないこと』をつなげられなかったように……


 情報と情報をつなげて、各々にどんな影響が出るのかを分析するというのは、現代人ならば多くの者ができるだろうが、まともに学校教育も受けていなかった俺たちにとっては、特殊技能に分類されるものだった。


 そうして俺たちは、リーダーに従って、【変貌】を追いかけることになる。


 リーダーは腕力、剣術において俺たちの中で一番だったが、それ以上に頭がよく、彼に従っていれば間違いがないのだと、俺たちは信じ込んでいたのだ。


 また、リーダーがよく二人きりで【変貌】と話し込んでいる姿は目撃されたし、その時に嬉しそうに笑う【変貌】の姿もよく見られていて……

 俺たちはリーダーと【変貌】が恋仲ではないかと疑っていた。

 疑っていたというか、本人たちが言わないだけで、ほぼ『そうだろう』と思っていた。


 だから恋するヒトを心配する男の危機感、本能、直感というのもまた、俺たちがリーダーに従った理由のうち、大きな一つだった。


 ……俺たちは、なにも見えていなかった。


 教養とか想像力以前の問題だ。

 最底辺の奴隷として生まれて、そうやって育った俺たちは、根本的なところで、『考えて、自分で決めること』を面倒くさがっていたんだろう。


 決めてくれる誰かについていく。

 信頼する仲間に従うことを、格好いいと、思っていたの、だろう。


 ……もしかして、誰かが……リーダーや『勇者』以外の誰かが、流れに呑まれずにちゃんと『考えて、決めて』いたなら……


 人工的に認定されたものではない、真の第三災厄は、生まれなかったのかもしれない。

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