【変貌】は俺たち被差別階級の、特に子供たちをまとめて連れ出すと、『竜の里』とは離れたところに拠点を作り上げた。
権能の大安売りである。
なんにもなかった土地には城のような建物が生えて、そのへんにあるただの雑草は食べられる草へと変化した。
野生の動物たちは一瞬で品種改良され家畜となり、度重なる酷使によりボロボロだった俺たちは健康な体を手に入れた。
俺たちはもちろん【変貌】に感謝した。
始祖竜教の祀り上げるカミサマなど、俺たちには不利益ばかりを押し付けてくる存在だと思っていたのだ。
ところが実際のカミサマは優しかったし、なにもかもを与えてくれた。
俺たちの多くが始祖竜【変貌】のためなら命を捨てても構わないぐらいの感謝を抱いたし、【変貌】に声をかけてもらったり、あるいは頭を撫でてもらったりすることは、俺たちのあいだでなによりの喜びとなった。
「良いですか。あなたたちは、己で己を守る力を、己で己を世話し生かす力を身につけねばなりません。私の目覚めている時間は短く、始祖竜すべてがあなたたちに愛をもって接する者ばかりではないのですから」
【躍動】とかな。
……当時の俺は相変わらず前世の記憶を失っていたが、それでも『あの始祖竜教の祀り上げるカミサマなんだから、きっと【躍動】というのはろくでもないやつなんだろう』という気持ちがあった。
それは始祖竜教に被差別階級に落とされていた全員の、共通認識のようなものだ。
単純な話である。敵が好きなものを俺たちは嫌う。敵が信じるものを俺たちは信じない。敵が憎むものを俺たちは愛する。
俺たちの精神性、方向性、生き様は、どうしたって始祖竜教の反対側へ向かおうとしていた。
そこで育ったのだから、仕方がない。
……始祖竜教は、俺たちにとって楔であり、呪いであり、つまり、親だった。
どれほど最低な親で、どれほどあんな連中が自分に影響しているだなんて認めたくなくっても、たしかに始祖竜教が俺たちにとって幼年期を過ごした場所であることだけは、きちんと認識しておかねばならなかったんだ。
……まあ、だけれど。
この時代の大きな流れに、俺は最後までちっとも関係できなかった。
だから俺がいくら認識を改め注意深くなったところで、きっと、なんの意味もなかったんだろう。
実際、俺が俺個人として【変貌】に声をかけられたのは、人生で五回だけだ。
一回目は、傷つき倒れ伏す俺の前に……糞尿まみれの汚い地面に膝をついて、始祖竜がこの身を案じてくれた、優しさというものを初めて知った日のこと。
二回目は、
「どうでしょう、なにか思い出しますか? ……ふぅむ。魂の保存はできている。肉体の再構築もできている。魂から記憶を読み込めるようにいじりもした。けれど、なにも思い出さない。……【解析】の力が必要そうですね」
と、俺の前世にまつわる話の時。
そうして三回目は、『逃げなさい』と言われることになるのだが、これを『俺個人に話しかけられた』とカウントするのは、少しばかり無理があるかもしれない。
でもまあ、そう思いたくなるほど、【変貌】は俺たちにとって特別な存在だった。彼女に個人的に声をかけられるという栄誉は、一つでも多くカウントしておきたかったんだ。
そういう意味では四回目も『俺個人へ』かは微妙なところだ。
五回目は、間違いなく、俺へだと自信を持って言えるけれど。
さて、始祖竜との暮らしは続き、俺たちは痩せこけて疲れ果てたガキから、だんだんと屈強な戦士へと変化していった。
岩すらも絶つような
誰もが懸命に真剣に努力をし、全員が己が費やせる限界までの労力を注ぎ込んだ。
その結果生まれるのは『格差』だ。
すべての者が等しく努力した時、人に差をつけるのは才能なのである。
俺の世代には『天才』が二人いた。
一人は災厄軍……俺たちは始祖竜教に押し付けられたその名を、むしろ積極的に名乗るようになっていた……の男だ。
十二歳にしてすでに大人顔負けの体格を持つそいつは、よく鍛え上げられた体に、特別な目……動体視力を持ち、さらに人柄も明るく、俺たち災厄軍のリーダーと誰もが認めてしまうような、そういう少年だった。
そんな立場だから【変貌】と二人きりで話す機会も多い。
俺たちはうらやましがりながらも、そいつと話す【変貌】が嬉しそうなのを見て、悔しい気持ちを噛み殺しながら、なるべくそいつと【変貌】とが二人きりで話せる時間を作れるよう、努力した。
そしてもう一人の『天才』は、災厄軍ではなかった。
「悪しき竜を信望する邪教の者どもめ! 我ら
綺麗な鎧と青銅の剣、そして騎乗動物なんかにまたがって
そいつは『躍動軍』と呼ばれる対災厄の軍において若くして頭角を表していた、少女とみまがうような美少年であり━━
のちに災厄を打ち倒し『勇者』と呼ばれることになる、とびっきり特別な天才だった。