「『かかわりたくない』などと言ってはみたものの、
なぜなら、
けれど、我々は記憶を継承します。
同じファイルを始祖竜クラウドで共有している感じ、と言うと伝わりやすいでしょうか。
つまるところ、かかわりたくないというのは、『こいつの記憶は共有したくないなあ』という意味であり……
【変貌】はとにかく、その内心を知り、我が事のように行動を認識するのは、とても恥ずかしい、そういう子だったのです」
酔っ払った君の『【変貌】と長女の性格が似ている』発言がどうにも引っかかってしまい、長女に対してひどい言いようだよなあ、という気持ちがなかなかぬぐえないのですが。
「だって、あまりにも
やべぇ、超わかってしまった……
いい子はな……
そりゃ、いい子は素晴らしい。我が子がいい子なのは誇らしいし、もしも教育理念を各家庭でそれぞれ打ち立てて発表しろと言われれば、もっとも使われる単語は『いい子』なのではないかという気さえする。
だけれど記憶の共有がつらいレベルのいい子に自分がなりたいかと言われると、言葉に詰まるよな……
「そういうわけで、【変貌】はもっとも人との距離が近く、もっとも社交的な始祖竜なのでした。
だからこれはまあ……やっぱり、呪いの物語なのでしょう。
竜を愛した人の末路は哀れなものですが、人を愛した竜の末路もまた、同じようなものです。
特に、彼女の場合は、手酷い裏切りに遭ったのですから、なおさらでしょう」
◆
そこは『竜の里』と呼ばれる、滅びかけた世界における聖地だった。
始祖竜【躍動】が消えてから、おおよそ百年が経っているのだった。
世界はほとんど滅びた。文明はほとんど消え去った。
壊れた街を補修する技術も多くが失伝し、なにより貧富の差がなくなった。
……ようするに全員が等しく貧しくなったことで、『富める者が貧しい者を金の力で動員して、大事業を成す』ということもなくなった。
だが、人々が生き延びるには
力を合わせねばならないぐらいに荒廃した人類は、力を合わせるための
そのための旗となったのが、『始祖竜教』だった。
始祖竜【躍動】はその身と引き換えに災厄【憤怒】を打ち倒した。つまり、世界の滅びを自らの命をもって止めた━━
その心意気を後世へ正しく伝える役目を負うのは始祖竜教であり、その信仰のために人々は力を合わせるべきである。
……というような話になったらしい。
最初は懐疑的だった人々も、他に旗頭たりうる者もいないので
それが百年も続けば始祖竜教とその神官……特に高位の神官は世界の中心としての権威を備えるようになっていき、いつしか宗教に支配された世界が形成されていった。
そういった背景から、始祖竜がいないあいだに起こったのは、以下のようなことだ。
始祖竜教は髪と目の色で人の身分を分けた。
すなわち生まれてから死ぬまで変わることのない身分制度の制定……人間の身分の固定化だった。
そうして最底辺とされるのは、目と髪の黒い者だった。
というかまあ、【憤怒】として世界を荒らし回った俺と同じ特徴を有する者が差別されたわけである。
そうして実際、被差別階級として俺は生まれ、永遠に最底辺の生活を約束されたわけだが……
ある日、美しい女性が、黒髪黒目の子供たちを、神殿の
その女性こそが始祖竜【変貌】だった。
◆
「災厄とは血統により現出するものではありません。かつての災厄と同じ髪と目の色だからといって、その子らが災厄になるわけではないのです。だというのに、なんですか、このひどい有様は。人よ、同胞を大事にしなさい」
神殿上層部はもちろんこれを無視したかったはずだ。
しかし『あいつは始祖竜ではない』ということにしたくても、始祖竜は一目見ただけでわかるほど、どうしようもなく始祖竜なのだ。
仮にすっとぼけてみたとして、その強大な力が身分証代わりになることは言うまでもない。
神殿上層部はどうにか穏便にすまそうと思ったようだが、始祖竜の怒りは半端ではなく、差別助長側の者たちはしばらく【変貌】による罰を受けた。
始祖竜教はこれに反発し、教義を変えた。
つまり、『自分たちは始祖竜を信仰する者』ではなく……
『かつて災厄を祓った、始祖竜【躍動】を信仰する者』、ということにしたのだ。
「わかりました。では、あなたたちは私となんの関係もないということで。しばらく反省なさい」
【変貌】はそう吐き捨てると、始祖竜教の神殿をめちゃめちゃに腐敗させ、そうして被差別階級の者たちを自分のもとに集めた。
始祖竜教はこの行動に対して全世界……といっても当時はほんの狭い圏内にしかすぎないが……に声明を発表した。
いわく━━
『始祖竜【変貌】は乱心し、災厄となった。そうして災厄の子らを集め、世界を支配せんとしている。勇気ある者よ、『竜殺し』を成すのだ!』
ここに、人と始祖竜の戦いが始まり……
【変貌】は始祖竜と呼ばれなくなった。
第三災厄【変貌】が、こうして人工的に生み出されたのであった。