「その節は妹が本当に失礼しました」
『躍動の時代』についての回想を終えたころ、かつて【静謐】という名で呼ばれていた
謝られる心当たりがなさすぎてきょとんとしていると、彼女は補足する。
「『躍動の時代』に起きた悪いことのだいたいすべては、妹の
いやまあ、うん。否定してあげたいんだけど、うまいこと否定の言葉が見当たらないな……
もちろん『世界をほとんど滅ぼした』実行犯である、当時の俺が悪い。それは間違いない。
けれどその原因を作り上げた出来事をだいたい全部【躍動】のせいだと言われてしまうと、当時の怒りの
もはや償いようのない罪の意識が俺たちの中にはあった。
これが本当にどうしようもないのだ。
当時を知る人はもはやどこにも存在しないし、そもそも、第二災厄【憤怒】が俺自身かと言われると、それははっきり『違う』と言える。
魂は同じだし、今となっては我が事のようにその記憶や感情がわかるが、それは俺ではない。
また、目の前の女性も【静謐】自身とはとうてい言えず、もっと言うと当時の事件に【静謐】本人でさえ、さほど関係がない。
そして【躍動】はもういない。
だから、これは、俺が謝罪されるようなことでもなく、俺のほうも謝罪のしようもない。
まあ、誰かに謝ったらちょっとは気が軽くなるかな、という程度のことで。
自分の気を軽くするために謝るぐらいなら、この重さを抱えて黙っていた方が、まだしも反省になるのではと思う次第だ。
というわけでこれ以上彼女に彼女の責任ではないことでの反省を強いないよう、話題を換えることにした。
そもそも、【躍動】は【静謐】にとって妹なの?
「世界にはまず【静謐】があった━━ということで、【静謐】は始祖竜の中だと次女にあたります。【躍動】は三女ですね」
『まず【静謐】があった』のに、次女なのか。
「ええ、まず
ということは、始祖竜【虚無】をめぐることもまた、俺の前世にかかわるなにかなのかもしれない。
が、俺は『躍動の時代』について思い出しはしたものの、それ以降についてはまだ、さっぱり思い出さないのだった。
おそらくある程度のきっかけが必要で、それは彼女の口から時代の始まりが語られるなどで条件を満たされるのだろう。
……自分ではない自分が過去にやらかしたアレコレだ。
今となっては『聞きたい』という気持ちと『聞きたくない』という気持ちが半々というか。
うん、ぶっちゃけよう。
『聞きたくない』気持ちがわりと強まってきております。
けれど、どれほど『自分の魂が経験した前世だ』と言われても、やっぱりどこか根本の部分で『他人事』という認識をしている。
それは、たった一つの、大事な、『俺が、俺である』というポイントが抜けているからなのだった。
前世以前の俺は【静謐】を愛していなかった。
俺は、【静謐】への愛を俺自身の存在証明とする。
いかに記憶が残っていようが、我が事のように思い出そうが、【静謐】を愛していない俺は、俺自身たりえないのだと、自信を持って言える。
「……なんていうか、その、今の私は人なので、あまりまっすぐに来られても『愚かな人間どもめ……』というかわし方ができないのですが」
上位存在の語る『愚かな人間どもめ……』って、照れ隠しみたいなやつなのか……
ニュアンスとしては『……ばか』とか『う、うっさいわね!』に近いようだ。
「ともかく! ……【躍動】の時代は第二災厄【憤怒】により終わり、しばらくのちに【変貌】の時代がおとずれることになります。が、【変貌】が目覚めるまでには始祖竜のいない空白期間があるわけなのです。その空白のあいだになにが起こったかと言えば……」
と。
そこまで彼女の口が言葉をつむいだところで、やっぱり話をさえぎるように、耳をつんざく
どうにもうちの
俺たちは言葉を切って見つめ合うと、ちょっと笑ってからほとんど同時に立ち上がった。
……俺の前世の物語は、『躍動の時代』が終わり、これより『変貌の時代』へと入る前の、竜の眠った空白期間について語られるわけだが……
現世の俺たちの空白期間は唐突に終わりを告げたようだった。
話の続きは、また今度。
我が家に吹き荒れるものがおさまり、十歳と二歳の子のいる家庭が、もう少し落ち着いて、夫婦が話し込める時間がとれたころに、なりそうだった。