「君たちは山を拓き森を拓き、すべての自然を
愛すべき我が家に訪れた【躍動】は無表情に淡々とそんなようなことを言った。
そうして当たり前のように空いている椅子に腰掛けるもので、俺も妻もあっけにとられてしまって、目の前の非現実的な光景にまばたきを繰り返すのが関の山だった。
初めて見た【躍動】は、どことなく少年のようにも見える少女の姿をしていた。
眠たげに半分閉じられた瞳。不機嫌なのかなんなのかわからない無表情。
けれどそいつは【躍動】に間違いないと、ほんの一瞬で俺たちにわからせた。
中性的な美貌が人間味を感じさせないほどの完成度だったとか、熱気もあり、ゆらめき、しかし周囲を焦がさない不可思議な炎そのものを衣服にしていることとか、そういう他者に説明できる要素もあるが……
もっと説明の難しい、存在力、とでも言うのか。
せいぜい十二、三歳の子供のようなそいつに、とてつもない重苦しさと、見た目通りではありえない存在の質量とでも言うべきものを感じてしまい、俺たちは目の前の存在が始祖竜であると、全身にわからされたのだ。
さて、困るに決まっている。
始祖竜という連中は気まぐれのように人にかかわり、そして無理難題を押し付けたりする。
しかもその思考は人間の域になく、とても読めたものじゃない。
そんなものが突然訪問してきたのだから、俺たちは固まった。
すると始祖竜【躍動】はむっとして、
「なんだい、なんだい。【静謐】の話とはずいぶん違うじゃあないか。ひょっとして【静謐】から、僕と口を利いたら絶縁とでも言われている━━ああ、なるほど。なんてことだ。魂は覚えていても、頭にその記憶を読み込む機能がないのか。これは【変貌】に相談だな……はあ。面倒なことを背負い込んでしまった」
当時はなにを言われているかまったくわからなかった。
今なら、もちろんわかる。
【躍動】は俺にほどこされた転生の
「まあいいや。君、君の血を絶やすのは、【静謐】との約束を破ることになってしまう。そういうわけで、そのお腹の子は僕があずかろうと、わざわざこうして出向いたわけなんだよ。ほら、世界がなんかざわついてるしね。母体ごとがいいかな。それとも子供だけ今産ませて持って帰ろうかな。好きなのを選びなよ」
血を絶やさないというのは、もちろん転生のために必要なことらしかった。
転生という特殊な祝福を受けた魂を、受け入れられる肉体。
その能力を、自覚なく継承している一族の血、ということらしかった。
というわけでぶっちゃけてしまうと、血脈保存をするならば、俺ではなく、俺の……この当時の俺の親父でも、二人いる兄貴どちらかでもいい。
ただ、【躍動】は魂を宿しているからきっと相性がいいんだろう、というざっくりした予感のもと、俺の血統を残そうと決めたらしかった。
さらに説明不足なことに、どうにも始祖竜側は、俺が『完全なかたちで転生する』までは、俺の魂を転生させ続けるという方針のようなのだった。
つまり『頼まれたことはやったし、いちおう転生はしてるから義務は果たした。あとは知らない』というほど薄情ではなく、【静謐】の願いを全力で叶えようとしていたということだ。
が、これは現代の俺が、【静謐】の解説を受けているからわかることだ。
当時の俺からすれば【躍動】はあまりにも説明不足であり、言動から見れば、とつじょ来て我が子をさらおうとしている不審者としか見られなかった。
俺が我が子と妻を守るため【躍動】に食ってかかるのは、現代の視点から見ても、思慮が足りないとか、話を聞いてないとか、そういう冷徹なつっこみを入れられるほど愚かには思えなかった。
そもそも文脈的に言うと、当時の俺は『竜殺し』派閥なのだ。
さんざん『竜殺し』を訴えている連中の仲間である俺を、まさか『殺す』と言われている竜本人が助けようとしているとは、俺視点では思えない。
また、俺もかなり派閥の人らに影響されていて、力を合わせ、知恵を絞れば竜を殺すこともかなうのではないかと、この時はかなり思っていたのだ。
まさか、俺たちの決死の殺意が歯牙にも掛けられていないとは、まったく想像の外のことだった。
だが、もう少しだけ冷静だったならば、ひょっとして【躍動】は妻の方を助けに来たのでは? という方向での勘違いもできたとは思う。
さらにもっと冷静ならば、『そもそも自分たちのような木端の思想まで始祖竜に知られているものか?』と疑問を抱けた気もする。
……まあ、なんだ。身籠った妻がいる男は、女が思うよりもずっと平静を失っているのだという証左です。
「ああもう、面倒くさいなあ。こんなアフターケアは約束の外だよ、まったく。わかった、わかった。君は話が通じない。僕は面倒なことをなるべく避けたい。というわけで、君の血縁だけ確保するよ。君は知らない。じゃあね」
と、【躍動】が述べた次の瞬間にはもう、彼女の姿は火の粉だけを残して消え去っており……
隣を見れば、身籠った妻の姿も、消え失せていたのだ。