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第7話 二分

 世界は二つに割れた。


 一つは『受け入れる』派閥。

【躍動】の怒りに身をゆだね、彼女が大自然の脅威を奮い、人を間引くのを静観しようという一派だ。


 もう一つは『抵抗する』派閥。

 始祖竜オリジンはたしかに強大であり、『静謐の時代』には人類に力を貸し、災厄に立ち向かう英雄たちを送り出した。

 その行為のおかげで世界は守られ、現代において人類が存続していることは間違いない。


 それを認めた上で、もはや・・・人は・・竜に・・勝てる・・・とする者たち━━

 自分たちを見守る『始祖竜かみさま』の手を離れる時が来たのだと訴える派閥だった。


 俺は抵抗する派閥に属していた。


 とはいえそれは、積極的な参加というわけでもなかった。

 冒険者としてよく世話をしてくれた先輩、の、そのまた先輩……の、さらに先輩が『抵抗』派閥の中核メンバーのようで、その縁から消極的にその派閥にいる、ぐらいのモチベーションだった。


 一方で妻はレースを引き取ってくれる業者の偉い人が敬虔けいけんな始祖竜教徒であり、黙って裁き・・を受けるべきだというので、こちらも俺ぐらいの消極性で、そちらの派閥に属することになった。


 どうにも始祖竜教では当時、『熱心に祈りを捧げれば始祖竜は敬虔なる者だけを許すだろう』とか言われていたようなのだ。

 それは奇妙な熱気を帯びて広く信仰された。


 というのも、現代と違い、当時は『会いに行ける神様』の時代である。


 始祖竜教徒の偉い人が【躍動】本人におうかがいを立てたところ、


「わかったわかった。ある程度は間引く人を選ぶよ」


 というお許しをいただいたらしく、マジで神様に生存を保障されてしまったので、始祖竜教徒は燃え上がった。


 こうして二つの派閥の争いは思想・信仰の争いというよりも、リアルに生存競争に発展したのだった。


『抵抗』派閥は始祖竜かみを殺さないと殺されるので、必死になる。

 逆に『受け入れ』派閥は始祖竜を殺されては自分たちの立場が危ういので、全力で竜殺しを阻止しようとする。


 こうなってくるともう『消極的派閥参加』などと言っていられる状況ではなくなってきて、俺は貧乏なアパルトメントの一室で、妻と顔を付き合わせて「どうしようね」などと悩む毎日を過ごす羽目になったのだった。


 俺たちの悩みは単純ではなかった。


 それは互いに違った派閥の人に世話になっているという人間関係に端を発するものであり、『派閥が違うなら別れればいい』などと軽く言うような、事情を知らない余人にはまったくうかがい知れない商家時代からの深い結びつきであり……


 なによりその当時の妻が、みごもっていたことが、俺たちを真剣かつ答えの出ない悩みの沼へ引きずりこんでいたのだ。


 が、悩むことに使える時間は無限ではない。

 期限があった。


 街は、というよりも世界が、真っ二つなのだ。


『竜殺し』派は始祖竜教徒を襲い始めるし、『始祖竜教徒』は竜殺し派を襲い始める。

 もはや住む場所を物理的に分けないと個々人の争いだけで人類が絶滅しかねない状況であり、人界の権力者は派閥ごとに住む場所を定めたのだ。


 その移住期限が迫れば迫るほど、俺たちはうつむいてしまって、次第に「どうしよう」以外のことを言えなくなってくる。

 視線を下げた俺たちの見ている先は、はっきりふくらみがわかるほどになった妻の腹であり、その中にいる我が子だった。


 俺たちは俺たちのために悩んでいたわけではなかった。

 まだ言葉も話せない、それどころか産声さえ上げていない我が子のために悩んでいたのだ。

 もしも我が子がその独断でつく派閥を決定せしめるなら、その声に従いたいと願うほどであった。


 もちろん腹の中の子供が自分の意見を表明するはずもない。


 が、比喩的に言えば、俺たちの行く末を決定せしめたのは、間違いなく我が子だった。


 ある日のことだ。


 もう少しで立ち退かねばならない住み慣れた我が家に、そいつは久々に会う親戚のような気安さで訪ねてきた。


『そいつ』とは、騒ぎの渦中にいる始祖竜、【躍動】だった。


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