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第6話 発展の向こう

 冒険者としての人生は大変だったけれど、まあ、どうにかやっていけた。


 今で言うところの日雇い労働者だ。しかも命の保障もないし、依頼は危険度の裁定もガバガバ。

 依頼を見てそれが死ぬ依頼なのか安全な依頼なのかを見極めるのにはコツが必要で、その大事な『コツ』はマニュアル化されてたわけでもなく、そもそも、上の者が下の者にノウハウを教える文化さえなかった。


 二人で生きていくのは大変で、俺たちは都会の片隅、ほとんどスラムのような場所で粗末な生活をするしかなかった。


 とはいえ、振り返ってしまえば、それは美しい思い出だったと言えるだろう。


 暮らしは苦しかった。俺は朝から晩まで危険な日雇い仕事を行い、妻は内職をした。


 ただし、妻はレースを縫うことができたので内職の単価は高かったし、俺も俺で奇妙に『弟くさい』とでも言うのか、御し易い後輩みたいな空気をまとっていたようで、年上にかわいがられて、いい依頼を回してもらったりしていた。


 そもそも、人は基本的に優しいものだ。


 もちろん自分の生活を犠牲にしない範囲ではあるが、俺たちの境遇を知る人たちは、俺たちをよく助けてくれた。


 俺の周囲の人たちは余裕こそなかったが、活気があった。


『躍動の時代』とその時代を呼ぶ。

 まさに、その名の通りだった。


 人々は粗野で不潔ではあったが勢いと元気があって、明日の暮らしがどうなるかわからないけれど、不思議とどうにかなる気配はずっと感じられた。


 そんな時に起きたのが『地龍の怒り』と呼ばれる大災害だ。


 言うなれば、広範囲を巻き込む地滑りだった。


 当時はその理由についてよくわからず、大自然が怒ったとしか思われなかったけれど、現代知識ならば、その理由がわかった。


 躍動の時代、人々はかつての災厄を昔話にするほどの時間を費やして、発展の一途をたどっていた。

 つまるところ土地の開発が進み、石材や木材などがよく運ばれ、冒険者稼業でもそういうものの運搬や、大工仕事などがよく入っていた。


 ようするに、それこそが『地龍の怒り』の原因なのだ。


 森林伐採。


 昨日まで青々としていた山が翌日には土色に変わる、なんて言われるほど急速で環境をかえりみない伐採と、それによる開発が、自然環境を破壊した。


 その余波はさまざまなところで、機会をうかがっていたかのように同時多発的に人々を苦しめた。


 ……いや、機会をうかがっていたかのように━━ではなく。


 うかがっていたのだ。


 始祖竜オリジンとは『大自然』の具現化、あるいは擬人化……生物化なのだった。


 基本的には人を守るために自然と人とのバランスをとる存在とされているが、つまるところそれは、完全に人の肩を持つ味方ではない、という意味だ。


 静謐の時代、人々は力に乏しく、村々が散発的にあるだけで、とてもじゃないが、地形を変えたり、山の木々を一晩で伐採し尽くしたりなんていうことができる組織力がなかった。


 けれど時代が降り、人々に余裕ができ、貧富の差が生まれ、富める者が貧しい者を金の力で動員して一つの目的のために働かせることができるようになっていた。


 人が大自然を脅かす力を手に入れた結果、大自然は人をいさめることにした。


 始祖竜はある程度恣意的に、自然現象をコントロールできる。


 ……それが特定の権能を除けばあくまでも『バランサー』という程度の、どうしようもなく絶対に起こる災害をちょっと止めたり、ちょっと早めたりするだけ、というぐらいのものだというのを、今の俺は知っているが……


 当時、自然災害のすべてを始祖竜の意思一つだと思っていた俺たちは、恐怖した。


 なぜって、【躍動】の決定はつまり、人の間引きだったからだ。


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