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2:飛竜の巣と魔法剣士

 雪山の麓まで辿り着く。

 積雪は日陰に解けきれない塊がある程度だったが、ぬかるみが酷い。

 リリシーがノアの足元を見ると、木製の靴底に、堅い樹皮をなめして作った靴だ。この靴で村から走って来たと考えるとさぞ辛かっただろう。


「ごめん。この先で履き替えられると思う。服もそこで整えようね」


 リリシーが初めてノアを同行者として認めた発言にも思えた。ノアはそれが嬉しかった。


「そこにいるのはどんな人なの ? 」


 落ち葉を選びながら濡れないようにひょこひょこ歩く。


「鍛冶屋よ。旅のルートが被るからいつもお願いしてるの。協調性も無いし口は悪いし、町で店をやるのは性にあわないみたい」


「それって……専属の鍛冶屋さんじゃん」


 地獄帰りをしたリリシーに、一人でも知り合いが残っているなら、とんでもなく幸運な出来事なのではとノアは思った。


「……口が減らないけど、悪い奴じゃないね……」


 リリシーの少しはにかんだ様子に、少なくとも安心出来る者なのだろうと思われた。


 雪の量が増す。

 少し狭い岩の裂け目に身をねじ込むと、そこには周囲が反り立つ岩に囲まれた広場に抜ける。天井が崩落し、雪の積もった地面に差し込んだ日の光が降り注ぐ。


「わぁ……綺麗な場所 ! 」


 岩壁が十メートル以上ある深い縦穴だ。頭上には青い空が見える。岩の裂け目を知らなかったら辿り着けないだろう深い場所だった。

 ノアの肌が寒さで赤くなっているのに気付いたリリシーが、元々着ていた方の破れたローブを捻り、ストールのように首と肩に巻いた。


「暖かい ! ありがとうリリシー。

 ほらね ? リリシーは優しい人だよ。僕の人を見る目は当たってたでしょ ? 」


「別に……。風邪とかなったらアレだし……」


「アレって ? 」


「〜〜〜〜 ! 可哀想だから ! 」


 顔を赤くしてむくれるリリシーを見てノアは満足そうだ。


「あははは ! ほらぁ〜 ! 優しい ! 」


「ど、道徳的に。そもそも子供を守るべきは大人で…… !! 」


「はいはいウザイウザイ〜 ! 」


「もう ! 揶揄うなら置いてっちゃうからね ! 」


 そっぽ向くリリシーを見て笑いが収まった頃、ノアは少しの違和感に気付いた。

 今まで食うに困り、数々の栄養失調の者達を見てきたノアだが、リリシーのスレンダーさには何かバランスの悪さの様なものを感じたのだ。


 顔は言うまでもなく美しい。大きな瞳は丸く愛嬌のある雰囲気だが、眉や鼻の高さ等を総合的に見ると、キュートと言うよりクールな印象だ。白銀の髪と相まって透き通るような白い肌は雪の精のよう。

 しかし、決してスタイルがいいとは違う。女性らしいとは言えなかった。胸も小さめで、何より凹凸がない。細身だから誰も気にも止めないだろうが、顔の造りの割にプロポーションには恵まれていないと言うこと。

 性的な興味では無く、分析として見るリリシーの外見。


 ノアは考える。


 最高レベルの水準を誇る、エルザのダンジョンに来る冒険者にしては、筋力が少ない。いくら魔法使いでも、旅の殆どは徒歩のはず。

 何か違和感があって仕方が無かった。


 だが地獄帰りからまだ一日。脱出時刻を逆算しても、二、三日か……もしかしら仲間を失った事から来る、急激なやつれによるものかもしれない。追われているから動けているだけで、仲間の死を何とも思わない程野蛮ではないだろう。


 リリシーは反対側の岩に突き出た木の板を引く。人工的なもので、内部の何かと糸で繋がっているのか、ガラガラと音が鳴る。だが、なんの反応も無い。

 リリシーが覗き込むと、小さな戸板の上に殴り書きがしてあった。


『‪✕‬ =[]:::::::>』


「……」


「何…… ? これ絵 ? 何がバッテンなんだろ 」


 リリシーはそっと足元を見る。

 落ち葉はどれも新しいが、妙に地面が凸凹していた。雪解け水で地面はぬとぬとだが、この縦穴は落ち葉が多い。

 そしてそばには使用済みの薪が炭になってバラバラに散らされていた。


「これ、足跡を隠したんだわ……多分。誰かがここに来た。焚き木の煙が見つかった原因ね。気軽に火を起こせないか……」


 しかし狭い縦穴としても、周囲の木から落ち葉を集めるのは容易でない事だ。


「なるほど。

 僕、一度見たことあるよ。城の兵士は鎧で身体が重いから、こういう場所の足跡を消すために最初から落ち葉を馬につけてるんだ」


 ノアの言うことが正しければ、すぐにここも離れなければならない。


「『‪✕‬』多分、居られなくなったって……。剣は他者からの攻撃だわ」


 見れば戸板の更に上側に、回収しきれなかった矢が一本突き刺さったままだった。


「襲撃受けたって事 ? 」


「多分ね。暗号が書く余裕があるって事、多分無事だと思うけど……。でも、わたしがダンジョンから戻った日と、城からここに来るまでの時間がおかしい」


「確かに。ここにいた人が攻撃を受けたのはリリシーがダンジョンにいる頃だもんね。城から馬でも丸一日はかかるよ」


「城に移動魔法が使える者がいるのかもね。……とにかくここも安全じゃないね。

 必要な物を入れたら出発しよう」


 そう言うとリリシーは戸板を外し中へ入る。


「うわ……凄い ! 」


 中は様々な職人道具やネジなど、見た事のない物で溢れ返っていた。物の量は多いが整頓されているのが、ここにいた人間の性格が見て取れる。


「旅の鍛冶職人だとして……どうしてこんな場所で ? 」


「……商売には向かないタイプだし。人といるより動物といた方が気楽って感じ」


 そう言ってリリシーが指差す方向には、岩の前に連なっている石がある。それは岩に擬態した卵であった。


「ひ、飛竜の卵 !! ……の、殻…… ? 」


「あれを材料にするから、しばらくここで作業するって住み着いたの。わたしの装備をお願いしてたんだけど、良かった。出来てるわ。

 職人が道具を残していくなんて考えられないから、近くにいると思うんだけどね」


 リリシーは布で巻かれていた物体を引きずり出す。

 それは軽量な鎧と、ワンピース丈の防刃素材のローブ、そして両刃剣だった。


「……え ? あれ ? リリシーは魔法使いなんだよね ? 」


 思わずノアは確認してしまった。どう見ても、魔法使いが好んで着るものでは無いからだ。

 リリシーは答えない。追っ手が探しているのは魔法使いなのだろうから、これは良策だ。

 だが、この重い鎧を前から準備していたというのはおかしい事だ。


 そんな事を考えていた矢先、リリシーがなんの躊躇いもなく服を脱ぎ捨てる。


「え ? わっ !! 」


 慌てる間もなく一糸まとわぬ姿になったその身体を、ワーワー騒ぎつつも見てしまうのはやはり男の性か。

 しかし、リリシーの身体を見たノアは思わずポカンとしてしまった。

 酒場で怪我が酷いようだとは聞いていたが、リリシーの身体にはいくつもの縫い目があった。まるで鞄を縫うように、太い糸で繋がった皮膚。

 確かに内出血や擦り傷の痕もあるにはあるが、縫い目に関しては怪我とは違うのだと認識する。


 正常なのは首から上と、下腹部から下だけだ。右手はスラリと言うか、どちらかと言えば筋張っていてとても細い。それなのに左腕は貴族の食事に出されるチキンのように丸々としていて、肩の辺りから筋肉質。更にその腕は褐色の肌をしていた。鬱血では無い。

 リリシーの本体は頭部、下腹部〜足。

 左腕は褐色肌の者、右腕の生えた胴体は男性の者だった。


「え ? え ?

 ど、どういう……。その傷……」


 まるで誰かの身体を継ぎ接ぎしたような身体だ。


「まさか……」


 追われている理由に繋がるのかもしれないと直感的に察する。

 ノアが戸惑っていると、リリシーは服を着ながらノアに手の平を出した。


「その前に、返して」


 怒るでもなく、諭すでもなく。単純に返却を求めるだけのリリシー。

 ノアはリリシーと並んで歩いた際、ポケットからスリをしていた。


「あ、あはは。バレてたのかぁ」


 そう言い、小さな宝石の様な物の入った小袋をポシェットから取り出した。それはリリシーの魔石だった。


「こんなの、魔法使い本人じゃないと価値が無いのに……なんで盗ったのよ……」


「へ、へぇ〜……ごめんなさい……」


 リリシーはそれを剣の柄に装飾していく。

 短めのローブは鎧でウエストを締められ、スカートのように靡く。手には滑り防止の皮の手袋。さっきの継ぎ接ぎは完全に外から見て取れなくなった。

 受け取っても怒りもしないリリシーは、不気味な不発弾のようでノアは反省した。


「あ、あのね。別に黙って売っちゃお、とか思った訳じゃないの」


「売るも何も……。

 魔法石は魔法使い自身が天然石から削り出して術をかけるから、他人にとっては発動もしない、ただの石だよ ? 魔力を蓄える物から、術をかける時魔力を調節したり……五色揃ってないと意味が無いし」


「うん……知ってる」


「え ? ……なら、なんで盗ったの ? こんなお金にもならない物……。別の物が入ってると思ったの ? 」


 ノアは気まずそうな笑みのまま口篭っていたが、やがて真剣に謝罪をした。


「リリシーが言ってるのは本当なんだと思う。まだ状況が分からないけど、僕はあの村にいれないんだなって。

 でも、僕は戦えるわけじゃ無いし……邪魔なんじゃないかって。置いてかれちゃったりするんじゃないかとか思うと……。

 また悪い人に拾われて酷いことされるのは嫌なんだ ! 」


 つまり、リリシーに捨てられない為の保険だったわけだ。

 事情を聞き、リリシーは未だにノアに事情を説明していないことに申し訳なく思った。


「別にいい。……荷物持たなくて楽だし。鎧も重いし。

 罰として、これからは全部、荷物持ってよね」


「 ! ……うん ! 」


 ▲▲▲▲▲▲▲


 城下町で女王 ミラベルから支援金としてギルドから金貨が出た日。

 オリビア一行は金貨の使い道に悩んでいた。


『鍛冶はどうするんだい ? 支度金を貰っても、あたしはクロウ以外に武器を触らせたくないよ ? 』


『確かに。女王陛下の金貨で買い物するのはアイテムくらいかな。リリシーは欲しい物ある ? 』


『わたしも武器はクロウに……。雪山に経つ前に剣をメンテナンスしてもらえれば良かったなぁ……』


 オリビア一行、全員が女王 ミラベルの領土を地図で見る。

 鍛冶職人 クロウは先立って町を出ていた。オリビアの地図の雪山に丸が付けてある。


『麓に小さな村があるな。名前も無い様な集落だけど宿くらいあるだろ。ダンジョンから戻ったら、この村を経由してクロウの所へ向かおう 』


『飛竜素材の防具と武器、楽しみだなぁ〜。せっかくなら新しい防具が出来てからダンジョンに行きたかった』


『今回リリシーは全身一式、新品に変えるんだもんな。そういう時ってワクワクするよな〜 ! 』


 △△△△△△△△


「荷物、これでいいかな。食料も持ったし。

 う〜んこのくらいかな ? 」


 剣士の風貌に変わったリリシーがしゃがみこんでノアに靴を合わせて履かせる。

 服はクロウの私物と思われるものしか無く、流石に大き過ぎる。女性物程の毛皮のマントを見つけ、ノアに巻く。ちょうど膝丈だ。そこに裾を裁断したズボンを合わせる。


「ピッタリだよ ! 」


「よし。落ち着いたら裾を縫ってあげる。

 さてと……どこか。……兵が来ないような村……いや、雨風がしのげればいいんだけど……そう言う場所知らない ? 」


 寝る場所など簡易テントで言い訳だが、外に居続けたら薪で暖を取る必要が出てくる。自分から狼煙をあげるようなものだ。危険。


「それなら、この山の裏には農民の一族が何軒かあるみたいだよ。……でも、山を越えるだけでも大変だね 」


「村に戻るよりはいいかもね。

 じゃあ魔法で移動しようか」


「出来るの !? 見たい !! 」


「問題は、移動した先に兵がいて鉢合わせなんかしなければいいんだけど」


「その時は全力で守るよ ! 」


 そうは言いつつ、ノアは丸腰である。

 リリシーは村から持ってきたクロスボウを手早く修理してノアに渡した。


「これなら、引き金引くだけだけど……僕、完全に的を外す自信ある…… 」


「攻撃に手間がかかる割に、風にも左右されるしね。決して初心者向けって武器では無いんだけど……いざと言う時は……」


 当然だが、魔物を相手に戦うことは想定していない口振りだ。追っ手から逃げるにしても、やはり人を撃つというのは躊躇うかもしれない。

 ノアは矢を背負い、その重みを強く感じる。


「いざと言う時は ! 隠しナイフは最後まで敵に見せない ! だね。分かった ! 」


「じゃあ、行くよ」


 リリシーがノアを抱き抱えるように身を寄せた。


「リリシー、ひとついい ? 」


「何 ? 」


「リリシーは魔法使いじゃないの ? 」


「元々はそう。ギルドに申請してある記載は魔法使いだよ。

 でも、魔法剣士に近いの。魔法が効かない魔物がいたら、力になれないのは嫌だしね。剣も格闘も戦士のエリナに習って……。そう、習って…………」


 不意に出てきたリリシーの仲間の名前。言った本人が動揺しているのを感じて、ノアは決して自分からは聞き出さなかった。


「リリシー、なんでも出来てすごいね ! 」


 単純に言葉を繋ぐだけ。

 笑顔で頷いたリリシーの瞳には大粒の涙が今にもこぼれ落ちそうになっていた。

 泣いてしまえばいいのに、とノアは思う。

 泣いてももうどうにもならない。けれど、泣く事に意味が無いなんて事は無い。

 悲しい時は泣けばいい。

 けれど、リリシーにとって、恐らく今がその時では無いのかもしれない。


「しらばっくれて逃げる……ってのは、無理なんだね」


「うん。でも、追っ手がミラベルの手下だとは思ってなかったな……。多分、彼女の秘密なのね。それを見てしまったから……。

 行く前から、妙に根掘り葉掘り探られて……おかしいとは思ってたんだ。見られたくないなら、ダンジョンに誘致なんてしなければいいのにとも思ったけれど……。

 でも、だいたい分かってきたわ」


「そうなの ? じゃあ早く逃げた方がいいんだね。行こう」


 リリシーはそっと身を寄せてくるノアの体温に、どこか愛おしさを感じながら呪文の詠唱に取り掛かった。

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