目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
14:闇の最果て

 月華牢の真上。

 剣を構えたリリシーがミラベルに向かい突っ込んできた。

 今までにないスピードにミラベルが戸惑う。


「くっ ! 魔蝙蝠ども、来い ! 叩き落とせ !! 」


 町の鐘楼に潜ませていた魔蝙蝠達が一気に羽ばたき、リリシー目掛けて飛んで来る。


『なんだい ! 結局魔物の巣があるじゃないか !! 』


『大丈夫だぜ。任せろ、リリシー !! 』


 ギャア、ギャァ !!


 他にも、一体どこに潜んでいたのか大量の黒い集団が月華牢へ向かってくる。


「無駄よミラベル。わたし、もう決めたわ。

 貴女の悪事をここで止める。

 いつか魔王軍の大陸の結界が無くなるまで、封印するわ」


「あら、封印 ? 故郷に帰してくれるの ? 優しいわぁ ! 出来るものなら……」


 言いかけたミラベルの言葉を遮り、リリシーが問いかける。


「出来ないと思う ? あのダンジョンを攻略したわたし達に」


 冷ややかな視線に、ミラベルもまだ屈さない。


「死人が出て『攻略した』、とは言えないんじゃないかしら」


「いいえ。攻略が無かったらこんなことになっていない。

 それに、生きたまま故郷に帰すとは言ってないわ。せめて骨くらいはと、思っただけよ。

 わたし、貴女の言った『魔王軍を討伐しに来る態度の悪い冒険者』の話……。あれは本当の事なんだと思う。貴女が食事中にわたしに話したこと……あれが全部嘘とは思えないもの」


 ミラベルの長い睫毛がほんの少しだけスっと下がった。


「……。

 ……甘い。甘いのよね。

 ……その優しさごっこが、貴女を地獄帰りさせた原因なんじゃないかしら ? 本来、槍使いの男と格闘家の女の判断が引き起こした調査中の事故よね ? 私のせいでは無いわ」


「ええ。それは貴女の言う通りよミラベル。最初にあった貴女への不信感と怨み。もうわたしの中には無いわ。

 ただ……ただ今は、一人の冒険者としてこの町を魔族から救う。

 それだけよ」


 リリシーが双剣の構えを変える。

 今までのスタイルとは大きく違う。

 左手は守りの構え。

 右手は槍を扱う剣士の構えだ。切っ先が前方へスラリと傾く。


 ギャア !! ギャア !!


「フッ ! 」


 飛びかかって来た魔蝙蝠を右の剣が急所を確実に突き刺し、手早く引き抜く。


 ズグッ !


「ハッ ! フッ !! ハァッ !! 」


 飛び掛った魔蝙蝠全てが一撃で死滅。


 シャッ !!


 リリシーは剣に付いた流血を一払いで散らす。粒になった赤い液体が勢いよく落ちて雪と混ざり合う。


「オリビアって単細胞で気が早いから、纏めてかかって来させないと、すぐに貴女を貫きに行っちゃうわよ」


「本当に生意気な奴だ !! かかれ !! 」


 リリシーの周囲に全個体がバサバサと集中し、ボールのような塊になり攻撃を始める。その瞬間、リリシーの剣が合わせられ、再びロングソードに変形する。

 挑発に乗せられたのはミラベルだった。


「風よ ! 」


 大きなひと薙ぎで、強烈なカマイタチが発生する。


紫咲斬しさきぎり !! 」


 ドサッ ! ドサドサッ !!

 ピシッ…… !!


 魔蝙蝠達が次々に月華牢の天窓に落ちて行く。


 バリ…バリバリ……ガシャーーーン !!


 やがてその死骸は月華牢のステンドグラスを破壊し、床へ積もっていく。


「ふん。蝙蝠くらい、どうって事ないわけね」


「言った通り、わたしのには、戦士とランサーがいるのよ」


「あの黒魔術……。吸収するのは魂だけじゃないのね……その戦闘力と経験値も……?

 私も知らなかったわ」


 二人揃って、薄暗い月華牢へ降り立つ。

 ステンドグラスを失った月華牢。

 床には大量の魔蝙蝠の死骸と、色とりどりのガラスが散らばり、それを繋いでいたケイム枠もバラバラに割れ落ちてしまった。

 頭上には分厚い雲がいつまでも執拗に広がり、綿埃のような雪を降らせている。


 狭い月華牢の中、リリシーとミラベルが対峙する。


「いいわ。どちらかが死ぬまで終わらないのなら…… ! 」


 突然、ミラベルの杖が黒い帯状の物体を放射させる。その一枚一枚がミラベルに巻きついていき、遂には体全体を繭のように巻いて行く。


 警戒したリリシーが後退る。


『ありゃあ、なんだい ? 』


「分からないわ……」


『あれが魔族だぜ。

 魔王軍にいる人間がなんで魔族って呼ばれてるのか……あれがそうなんだ』


「え ? ミラベルは魔王軍にいる自分の両親は人間の魔術師だと言ってたけれど」


『黒魔術を使う魔族の、何が人間と違うのかって事さ。単純に黒魔術を使うからじゃないんだぜ。

 産まれてすぐ、魔王から分け与えられた闇の魔力を身体に格納される。いざという時、そのエネルギーを自分の魔力に融合する事で、自分の身体を魔物化させるんだ』


『つまり、人間辞めるってことかい……』


「そんな ! 」


 遂にはその繭に亀裂が入り、ミラベルが歯を食いしばり姿を現す。


 〈ウグゥ…… !! ギキキ…… !! 〉


 凶悪そうな仕草で、まるでサナギから孵る虫の様に這い出してくる。

 骨張った羽は毒蛾のような羽に変態し、ボロボロにダメージを受けた艶のない肌までも姿を変えた。それは人型とは程遠いものであった。顔こそミラベルではあるが、声までも変声している。


 バサ !


 風に纏わりつく毒の鱗粉。


「うっ ! ゴホッ ! 」


 リリシーは慌てて呪文を唱え、空気球を頭に被る。


 そして改めて見る、黒魔術により限界まで引き上げた戦闘形態のミラベルの体躯。

 下半身は両足が無くムカデのような腹に変わり、それとは別に背部にはサソリのように反り返る棘のある尾も付いている。

 美しかった黒髪は鎧のように硬い巻角となり、指先は肉色の触手がヌチャリと三本ずつ垂れ下がっていた。


 それはミラベルの覚悟であり、人に戻ることを諦めた孵化だった。


「ミ、ミラベル…… ! それは貴女が一番望まない姿なんじゃないの !? 」


 〈今更……。お前が私の全てを壊したんじゃないか !! 〉


 ミラベルの尾がリリシー目掛けて連続攻撃を仕掛ける。

 一撃で刺し殺す気満々の攻撃。


『リリシー ! 俺に ! 』


 ロングソードを右手にリンクする。


 ガギッ ! ギィンッ !!


 ランサーである右手のオリビアが見切り、剣を盾にし防御を決める。

 動かしているのは勿論リリシー自身だ。

 しかし、感覚と経験値。

 どこにどう繰り出せばいいのか、剣をどう扱えば代用できるのか。

 それは最早、エリナとオリビアの能力がリリシーに吸収されていた。


「違うわ ! 貴女自身が自分の理想を裏切る真似をしたのよ…… ! 」


 〈黙れ !!

 くっ ! の奴か !? 攻撃が当たらない !! 〉


 イラついた様子で真正面から尾を刺しこんできた所で、リリシーの剣が勝負に出る。

 真っ直ぐ斬り込んで来た尾に、二回の突き。


 〈あああああっ !! ぐぅああ !! 〉


 ひるんだ所で容赦なく剣を薙ぐ。

 大きく弧を描き、毒針の付いた巨大な尾は、斬り飛ばされた。

 悶絶するミラベルの懐に、リリシーが軽いジャンプで一気に入り込む。


「ハァッ !!!! 」


 バムッ !!


 甲殻と肌の境目。柔らかそうな部位を狙い、左手の剛腕であばら骨を砕く、強烈なパンチを繰り出す。


 〈ガハッ…… !!!!〉


 一度沈み込んだミラベルが再び鎌首をもたげる。


 〈ウガァァァァァッ !! 〉


『どうだい、あたしの筋肉は ! 』


「怖すぎだわ、エリナ……」


『アッハッハッハッハッ ! 』


 ミラベルが腕を振り上げる。


『リリシー !! 触手来るぜ ! 』


「分かってる !! 」


 再び双剣に切り替わる剣。


 〈その剣を奪い取ってやる !! 〉


「風よ ! 守刃しゅじん ! 」


 双剣にグリーンの煌めきが纏わり付く。

 刃がエメラルドグリーンに光り、強度を増す。


 □□□


 その頃、聖堂の隠し扉からでてきたクロウとノア、エミリアは、月華牢で戦う二人の様子を物陰から見ていた。


「……僕、最初見た時も思ったけど。リリシーの剣って元々変形する剣だったの ? 」


「いんや。前はロングソードとダガーナイフを持ってたけど、バランス悪ぃからよぉ」


 ノアは雪山の穴蔵でリリシーが初めて今の剣を装備した時。そしてそれを使用した牧場での戦闘を思い出す。


「器用だなぁ。使ってるリリシーもだけど、作る方も理解出来なぁい」


「あら、あの双剣って元からじゃないんだ ? ってか、リリシーって魔法使いなのに杖持って無いもんね」


 エミリアも意外そうにリリシーの剣さばきに目を見張る。


「リリシー曰く、魔法剣士なんだってさ。柄に魔法石が付いてるんだよ。

 それにしても、あの切り替わる剣……僕だったらモタモタしちゃうな」


「息をするように盗みするあんたが ? 手先がモタモタとか、笑わせないでよね ! 」


 エミリアは未だ金貨の事を根に持っている。


「それとこれとは別だよ。リリシーは命がかかってるもん。僕の盗みは別に命まではとられないからさぁ」


「ハァ。一度、民兵に突き出してもいい ? 凶悪犯ならその場で私刑にされるわよ。スリなんか辞めなさいよ」


「いやいや。だから、そんな事しないような人からしか盗らないもん。僕、可愛いしね。

 でも、リリシーは怖かった ! 静かに静かにキレてたもんねぇー」


「マジで最低すぎる、このガキぃ……」


 エミリアはやっぱり根に持っている。


「流石に貧しい人とか子供と老人から盗ったりはしないんだよ ? 」


「それは当たり前なの ! あたしだってお金持ちな訳じゃないし。

 だいたい、あんたはせめてリリシーからは盗るんじゃないわよ ! 彼女は気を使ってあんたを連れにしたんでしょ !? 」


「そ、それを言われるとぉ〜」


 口篭るノアをクロウが少し庇う。


「いや、リリシーも言ってた通り……仲間が居なくなって、穴蔵に来ても俺も行方知れずだったしよぉ……。

 あいつが生きていられたのはノアがいてくれたからだろうよ」


「……そうなら、口出さないけどさぁ。

 そういえば、その……亡くなられた二人の声はリリシーには聞こえるんでしょ ? それって人格なの ? 魂なの ? 」


 クロウは分からないと首を振るのみ。


「魔導書にどう書かれていたのか……リリシーも俺らに言わねぇだろうよ。

 ノアの盗みに関してはギルドにシーフとして登録するとして……今そんな事喋ってる場合かよ。

 まぁ、その罪が重なって、こいつはこれから命懸けのスリをこれからする訳だが ? 」


「ふぇぇぇん ! だからやりたくないって話なのぉ !

 見てよ、あれ !! 」


 三人の会話は激的に小声だが、それでも興奮した様子でノアはミラベルの背を指差した。

 先程からリリシーに毒を撒いている羽の付け根。その背骨に沿うように、あの杖は融合していた。


「あんなのどうやって引っペがせばいいのさ ! 」


「いや、町でもいんだろ ? 財布を身体に粘着剤で付けてる奴。同じ同じ」


「全然違うよ ! あれはもうガッチリいってんじゃん ! 」


「いってるわね

 でも、盗賊シーフってギルドのジョブの中で一番管理が厳しいわよね。犯罪にならない……戦闘に必要な場合のみ略奪が許されるって事でしょ ?

 このミッションがつまりシーフとして正当な行動なんだから頑張んなさいよ」


「いきなりアレは無くない ? せめてもっと低脳な魔物で練習たかったぁ……あんまりだァ」


「そこはよぉ。ほら。エミリアが空気読まず、面白可笑しく踊るらしいからよ」


「誰の踊りが面白可笑しいのよ ! ぶっ叩くわよ ! 」


「埃が落ちて丁度いいぜ。ついでにお天道様が出たら干して置いてくれ」


「全く。あんたは口が悪いったらありゃしないわ ! ノアは手癖が悪い ! なんなのもう ! 」


 一旦、月華牢へのドアをそっと閉め、三人は聖堂へ戻り祭壇の前に立った。


「じゃあ。始めるわよ」


 まずはノアに踊り子の催眠術で自身をノーランだと思わせる。

 ミラベルにも催眠をかけ、ノアがノーランに見えるようにする。

 どちらにも術をかけることで多少、解けにくくさせることが出来るのである。


「うん。お願いエミリア。

 あ、その前に。例の小瓶はどうしたらいいの ? 」


 ノアが飛竜の小瓶を取り出して見せる。


「僕がミラベルの背中に集中したら、リリシーにこれを渡すのは……」


「小瓶を受け取れ ! って言って投げりゃあ、キャッチすんべ」


「ちょっと。それ本当に大丈夫なの ? 」


「オリビアがドン臭くても、リリシーとエリナだったら受け取れんだろ」


「分からないわよ。そもそも件のオリビア君 ??? ……を知らないし、あたし達。

 エルザのダンジョンに行く程のランサーが鈍臭いって、どういう事なの ??? 」


「じゃあ、取り出し安い所に入れておこうかなぁ」


 鎧姿のノアは、動きにくそうに小瓶を襟元に忍ばせる。


「はぁ〜う……あんな化け物ババアから物盗むなんてぇ……」


 不安がるノアを祭壇の前に立たせ、その側でエミリアが小さな鈴の塊を取り出し、吊り紐を指にかける。


「いい ? 踊りが終わったらもうノアには術がかかってるからね ?

 それでミラベルにも同じ舞を見せなきゃならないわけだけど……」


「どうするの ? 」


「あたしも正直手探りよ。でも、やるしかないもの」


 そしてゆっくりゆっくりを舞を始める。

 手には葡萄の房のように連なる鈴があるというのに、全く音がしない。それ程、優雅でしなやかな踊り。


 そして最後に一度だけ、シャーンと鳴らす。

 舞は数十秒程の、短いものであった。


 ノアがぼんやりとして月華牢の扉をじっと見つめる。不自然な態度に、クロウが眉を顰めるが、エミリアはシッと人差し指を口元に立てる。

 既にノアの意識の半分は『自分はノーラン · スカーレッドである』という暗示がかかっている。

 そして残りの半分は杖の奪取と小瓶の受け渡しという任務に支配されている。


 ノアがミラベルを求めて扉に向かう前に、エミリアは呪文を唱える。


「水の精霊よ ! え〜っと。なんか、こう ! なんか、水を反射的にミラベルに観せたい ! 」


「なんだそりゃあ。聞いた事ねぇぞ、そんな呪文。魔法はお願い事じゃねぇんだぞ ? 」


「だって、魔法の使い方知らないもの !! でも、そういう魔法見た事あるのよ」


「使えねぇんじゃ意味ねぇだろ !

 ノア、戻れ戻れ ! 」


 その時。

 聖堂の一つの像が、青白い光を放ち、エミリアの前に光の球がゆっくりと降りて来る。


「わ、何 !? 綺麗 !! 」


 〈この城の精霊の契約者ですね…… 〉


 声の主は、水を祀った石像に住む精霊である。

 像の表情こそ変わらないが、その声はせせらぎの様に穏やかで優しく、エミリアに祝福を与えた。


 〈基本魔法知識の欠如が見られる……。水の踊り子……。これでは魔法使いとは程遠い。

 ですが状況を鑑みて要求を聞き入れましょう。

 これを受け取りなさい〉


 エミリアが光の球を受け取ると、一瞬で体内に吸い込まれていく。

 一瞬で足元が覚束無くなるほどの強い力に目眩を起こす。慌ててクロウがエミリアの身体を支えた。


「おい、しっかりしろ ! 」


「だ、大丈夫。

 わ、わかるわ……。呪文が……。知らないのに知ってる…… ! 」


 〈かいしましたね ?

 さあ、急ぎなさい。彼があの女王の前に出てしまう〉


 振り返るとノアはフラフラと両手を前に突き出しながら、扉へ向かい出していた。


 エミリアはクロウから離れると、フワりと身体を浮かせながら呪文を唱えた。


「水よ ! 鏡霧 ! 」


 どこからともなく霧が吹き出し、雲のように集まると、ノアの身体に巻きついて行く。


「フゥ。よし ! これであの霧をノアが運んでくれるわ……」


 ガシャ !!


 ノアが月華牢へ入った。


 クロウが不安そうに、こっそり後を追う。


「踊り子って……おめぇ結構長いのか ? 」


「冒険者歴ってこと ? あ〜。えっと……。炎城から出たことはないけど」


「ハァっ !? 」


「大丈夫よ。せ、世界最高峰のダンジョンがある地元なのよ !? よ、余裕よ ! 」


「今更言うんじゃねぇ ! 失敗したらノアが死ぬ ! 」


「もう ! 踊るんだから黙ってて ! 」


 □□□


「な…… ! ノ……ノア ? 」


 入ってきたノアを見たリリシーの手が止まる。

 この時、リリシーにはノアはノア自身に視えていた。

 そして侵入者に気付いたミラベルも振り返ると、ノアを見下ろす。


 身体に纏わり付いた霧がふわふわとミラベルの前に移動し、エミリアの姿を写し出す。

 この時、ミラベルもまだ術にもかかっていない。

 金色の瞳に縦長の瞳孔がエミリアを間接的に睨み付ける。


「ひッ !! 」


「「「……」」」


 クロウ含め、リリシーもミラベルも隠れたエミリアの声を聞きつける。

 動揺したエミリアの魔法の霧は一気に霧散 !


 〈ネズミがいるとは思っていたけど、いい度胸じゃないの ! クロウ、あんた達かい ? 〉


 ミラベルが腕を振り上げ、いとも簡単に聖堂の壁を破壊し崩す。


 〈ふん。いつ見ても汚らしい男ねクロウ。

 ……それと……踊り子……。見た事があると思ってたけれど、元騎士団長の孫娘ね。度胸は遺伝なのかしら ? 酒場に来る男をたぶらかして金を巻き上げてる遊び人め ! 〉


「今、それ、言う !? 」


「あぁ !? おめぇ、ノアのこと言えねぇだろが ! 」


「む、昔の話よ ! 」


「ふぇ〜ん……エミリアぁぁぁ……」


 肝心のノアはあまりの恐怖か、それとも経験値の無いエミリアの術が薄かったのか……ミラベルの放つ瘴気で、完全に素に戻ってしまっていた。


 〈残念だけど、私に踊り子の催眠術は効かないわよ。それはレベルの高い者が弱い者に使う術。

 お前の術などこの私に効くものか ! 〉


「や、やってみただけよ !! 」


 エミリアは危機感無くふんぞり返る。


「ノア ! 逃げて !! 」


 リリシーが声を上げる。どうにか守りたくとも、ミラベルが幅んで駆け寄ることが出来ない。


「魔族のあんたにアレコレ言われたくないわよ !! 」


 エミリアがノアを自分の背に隠すよう立ちはだかる。


「エミリア ! やめろ ! 戻れ ! 」


 完全にレベルが違う。

 しかしエミリアも鼻っ柱が強く、引くことなど毛頭に無いのだ。

 クロウがノアの元に慌てて駆け寄って来た。すぐに聖堂に退避させるためだったが、ノアは先程とは打って変わって、落ち着いた様子でエミリアの側にいた。

 あまりにもエミリアが騒ぎ立てている……様に、わざと振舞っている背後で、ミラベルの背の構造を伺っていたのだ。


「一旦退くぜ、ノア」


「……分かった」


 〈おやおや。後ろの男共はあんたを見捨てるようだよ ? 〉


「別にいいの ! 子供を見殺しにする程、人間辞めてないわよ !! あんたと違ってね ! 」


 〈どんな大口を叩こうが、冒険者って者は常に実力、レベル、経験値の世界。

 お前程度に私は倒せない。リリシーにとっても弱者にいられちゃ迷惑なのさ。お前も引っ込めばいい 〉


「あー ! そうやってあたしを精神攻撃するわけね !? ポジティブなあたしには効かないもんね ! 」


 〈じゃあ死にな !! 〉


「水よ ! 星流槍 ! 」


 小さな水刃が浮かび、ミラベルに突き刺さる。だが、貫通する程の威力ならず。少しの流血でミラベルは高笑いを上げた。


 〈貧弱な攻撃 ! あまりにも弱すぎる ! 背を向けてても気にもならない ! まるで蚊の攻撃ね !!

 いいわ、貴女は後よ。町人の目の前で八つ裂きにしてあげる〉


 ミラベルが再びリリシーに立ちはだかる。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?