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12:風と闇

「凄いスピード……。リリシーお願い ! 頑張って……」


「ジリル団長行くわよ !

 ノア、ボーッとしちゃ駄目 !! ねぇ、クロウッ ! ベアトルがまだ上にいるの ! 」


「んぁ〜 ! あいつら外に出て行ったしな。しゃーねぇ避難させようぜ。

 俺とノアが行く !

 ノア、俺のそば離れんなよ。巻き込まれたら死んじまう」


「分かった」


 クロウとノアは再び、最上階のウィンディーネの祭壇へ向かう。


 □□□


 リリシーは廊下をフルスピードで猛追。

 窓を突き破るとミラベルと共に城外へ出る。

 時刻は既に朝を迎え、分厚い雲がボタリボタリと重い雪を降らせていた。城から流れ落ちる滝のミストは冷気を含み、先程までの輝きを失い水面には薄氷がはり始める。二人は冷たい飛沫しぶきを浴びながら、上空へ向かう。


「風の魔法石が二つ編成なだけあるわね ! 上手くシルフを操れてるわ !

 ふふ ! 喰らえ !! 」


 ミラベルが髪飾りを引き抜き、死角に紛れて追ってくるリリシーに投げ付ける。髪飾りは針のように鋭く、咄嗟に振り払ったリリシーの剣に弾かれ城の石壁に突き刺さる。

 このまま直線で追っていては攻撃を食らうだけだ。

 二人は互いに、水路から吹き出す滝を道のように伝いながら、追いつき突き放しを繰り返し螺旋を描くように高速飛行する。


「 っ ! 」


 一度、城の廊下に入り込んだミラベルを、リリシーが見失う。

 必ず来る不意打ちに備え剣を構え、城から距離を取る。

 だがそれも一瞬。

 ミラベルは城の内部の吹き抜けを通り、リリシーのいる位置より下に回り込む。

 突然足元に飛び出して来たミラベルに、反応が遅れた。ナイフのを思わせる長い爪。リリシーは避け切ったつもりだったが、ミラベルが脹ら脛を引っ掻き斬る。


「くっ …… !! 」


『リリシー !! お前がスピードで負けるなんて有り得ねぇ。集中しろ ! 』


 にいるオリビアの心配と焦りがリリシーにも伝わる。

 傷は、ブーツの防御力で運良く軽傷。

 しかしミラベルは、畳み掛けるようにリリシーの首に飛び付く。


 ガッ !!


「捕まえた !! 」


「うぐっ !! 」


「ほらっ !!!! 」


 長い爪で首が斬れそうだが、ミラベルは容赦なく締め上げる。リリシーの身体が持ち上げられ、城壁に強く叩きつけられる。


 ドボォッ !!!!


 痛みで声を上げることも出来ない。このままでは喉を潰されるだろう。

 何とか剣を振り回そうとするが、指に力が入らない。


「ガハッ !! ……ぐっ…………ギ…キ……… !! 」


 白い息が漏れる。


「ふん ! 貴女も黒魔術に片足突っ込んだお仲間じゃない !!

 私と何が違うというの !! 」


「くっ !! 」


 ドフッ !!


 リリシーが膝を曲げ、首を掴んでいるミラベルを両足で思い切り蹴り飛ばし引き剥がす。


「痛ぁ。もう、魔法使いなら魔法で勝負しなさいよ」


「……ケホッ……。

 貴女とわたしは違うわ。少なくとも、そう思ってた」


 スピードは互角。

 再びリリシーを追いかけてくるミラベル。邪悪な蛇の様に執念深い魔物。身体のラインがハッキリ分かるような、ぬらりとした黒いボディスーツも蛇神のような圧を感じる。


 リリシーは一旦、右の塔の上へ着地する。

 その対面の手摺りの上に、ミラベルも羽を休めた。


「あらあら、下から声援がする。皮肉よねぇ。貴女も黒魔術を使った人間なのに、それを知らずに皆、応援してる。

 今、下にいる町の人達が貴女の身体を見たらどう思うのかしらね」


 罪悪感を植え付けたいのか、あるいはリリシーの傷をエグりたいのか。ミラベルは何度も黒魔術の存在をチラつかせる。


「誰かに伝える必要なんかないわ」


 隠す訳では無い。しかしわざわざ言って回ることでは無い。必要な人間にはもう伝えている。町人に問われればジリルが伝えるだろう。リリシーが剣士なのか魔法使いなのか知りたければギルドの人間が話すだろう。

 リリシー自身は何も言い訳する気などない。


 リリシーの長い睫毛に雪がフワリと絡む。

 それを解かす様にゆっくり瞬きをすると、塔の上から、舞い降りてくる雪と共にハラリと身を投げる。

 爆発的な風雪がリリシーの背を支えるように発動する。

 滝を利用し、城の陰へ姿を消す。

 ミラベルもすぐ追って来たが、リリシーの姿が見えずスピードが落ちかかる。先程ミラベルのやった手と同じことだ。

 滝を切り裂き飛び出してきたリリシーが、ミラベルの土手っ腹に思い切りロングソードを叩き付ける。


 ガキィッ !!


 寸前で杖ガード。


「くっ ! 」


 リリシーは悔しそうに一旦、再び身を引き距離をとる。

 スピードでは互角の二人だが、ミラベルは叩き付けられた剣の重力に違和感がある事に気付いた。

 一度離れ、静かにリリシーの手元を観察する。

 一撃でも杖で受け止めれば、手のひらが痺れる剣撃。しかし、華奢なリリシーはなんともなさげにしている。

 リリシーの首に手をかけた時。もがき、振り払おうとしていた。それまで攻撃を剣で弾いていたはずのリリシーの手には、剣は無かった事を思い出す。


 その時初めてミラベルは、リリシーの剣が握らずとも、浮いているのを目の当たりにする。


 魔力で手元とペアリングされている為、フリーハンドで剣を振れる。物理的な衝撃は手に伝わらないため、握り続ける疲労は無効で戦える上に、腕を振るだけで普段持てない重量の剣を簡単に扱える。更に華奢なリリシーが振ったとは考えられない程のスピードで遠心力が加わり、非常に重い剣撃力。

 それがリリシーの魔法剣士の技である。


「あら ! いい考えね。それ」


「はぁぁぁっ !! 」


 大きく振りかぶってミラベルの頭上に剣を振り下ろす……が、フェイント !

 ミラベルが反射的に杖を構えたところで、その死角に風がリリシーを滑り込ませ、斜め下から思い切り切り上げる。


「ちっ !! 」


 防御は間に合わず。

 だが上手くかわされる。


 斬れたのは腰のほんの一部の装備と浅い傷。とてもじゃないが致命傷とは程遠い。

 そこでミラベルが気づく。


「うふ……あはは !! そうなのね !!?

 リリシー !! 貴女 !! この杖に剣を打ち込むのが嫌なのね !?」


「…………」


 図星。

 リリシーは杖にダメージを与えるのを避けたかった。


「あはははははは !! もうコレはただの杖なのに !!

 大事にしたところでノーランは戻らないわよ ! おっかしい子ね ! あははははっ 」


「……っ ! 」


 仮にも自分に好意を持ってくれた者。その愛に応えられずとも。それを差し引いても命の恩人である事は変わらない事実。

 杖に変わってしまったノーランに少しの罪悪感と同情がリリシーの中で渦巻いていた。


「優しいのねリリシー ! でも、それって命取りよねぇ。

 ねぇ。もう一度よく考えてみてぇ、リリシー。

 貴女も仲間の死を受け入れられず、黒魔術に手を出した。

 私は自分の死を受け入れられず、黒魔術を使った。

 貴女と私の何が違うの ? 」


 ミラベルの防具がズグズグと怪音を立てて再生する。杖をどうにか封じなければ、魔力はいくらでも湧いてくるだろう。

 リリシーは平静を装いながらも考え込む。

 人一人を生贄にした杖だ。枯渇するまで自分が戦い続けれれるとは考えにくかった。それほどに、人間の生贄というのは強力なのだ。


「喰らいなさい !! 」


 ミラベルがあの黒い玉を召喚する。

 リリシーが剣を構えるが、その数およそ二十を越える。


「くっ !! 」


 機転と素早い判断、それに手先が確実に追いつく戦い慣れ。


 ガシャッ !!


「風の精霊よ ! 宿れ ! 春嵐の紫 ! 」


 ロングソードが大きく割れる。二つの刃に変形した双剣を構え呪文を唱える。

 その剣は藤色にも似た輝きを放ち、チラチラと降り続く大粒の雪も巻き込み冷気を放つ。


 一気に襲いかかる魔力の塊。


「はっ ! っ !! ふっ !! 」


 両腕をしなやかに滑らせ、まるで舞のように次々と殲滅していく。


 魔力の玉はブシャッ !! と言う音を立てると、ドロドロと真下に落ちて行く。


 だが数が多すぎる。

 刃二枚で振り払っても次々に召喚され飛んでくる魔力の球体。


『リリシー !! 上から来てるよっ !! 』


「 !!? 」


 その中の一つが他とは違う変則的な動きをし、頭上を越えリリシーの背に大きくはりついた。


 パーーーン !!


「やば…… ! 」


 感覚で分かる。

 大量の泥を塗られた様な不快な感覚と、血生臭い匂い。


 しゅゅぅぅぅ………


 鎧が侵食された。


『脱げ !! 防具が全部やられちまうぜ !! 』


 オリビアの一瞬の判断。

 繋ぎ目も表面も一瞬で溶け始める。リリシーはその鎧を手早く脱ぎ捨てる。遙か真下の地面へ落ちて行く鎧。

 それでもローブの背中まで浸透し始めていた。肌は無事な様だが大きく背の生地が溶かされてしまった。


「あらぁ ! 大事な鎧が壊れたけれど、大丈夫ぅ ? 暖めてあげるわ !!

 火の魔獣よ ! 業火の炎を !! 」


 破れかけのローブ一枚になったリリシーに、ミラベルが畳み掛けるように火炎球を噴き付けてきた !


 ゴァァァッ !!


「あぁぁぁぁっ !! 」


 業火がリリシーの丸めた背を焼き付ける。

 あがらえない程の強い衝撃と高熱。

 とてつもない力に耐えきれず、気を失いかけ体が急降下していくのが分かる。


「シ……シルフィ…… ! お願い……」


『風は駄目だ ! リリシー !! 』


 急降下で地面に叩きつけられてはTheEND。だが風魔法は厳禁の状況。

 オリビアの声はスルーされた。

 あまりにもパニックを起こしたリリシーは、咄嗟に体勢を立て直す為に風の魔法をかける。その瞬間、ローブに燃え移った炎が風を含み一気に燃え上がった。


「きゃあ !! 」


『落ちるよっ !! 受け身を !! 』


 ドザザザーーーーッ !!


「あああっ !! …………ぅ……っ !! 」


 風と炎に巻かれ、町の大通りまで吹き飛ばされる。降り積もり始めたシャーベット状の雪が焼けた背中を冷やす。


 風を纏ってはいたが、受け身というまでの余裕はなく、衝撃を和らげるまでは間に合わなかった。石畳の一部が割れて背中に刺さる感触にリリシーは顔を顰める。

 髪が焦げた匂いが鼻をつく。


「……くっ !! 」


 何とか起き上がろうとするリリシーの目に有り得ない光景が待っていた。ハイヒールを履いたミラベルが急降下して来た。

 身体を捻る余力は最早無かった。そのままミラベルはリリシーの腹に追い討ちのヒールストンピングを打ち付ける。


「カッ……ハ…………ッ !!!! 」


 皮膚が裂け、ヒールが身体に沈む。何とか魔法防御の強いローブが刺傷まで行かず留めてくれた。

 しかし意識が飛ぶ程の痛み。

 何も抵抗出来ず、無言でうずくまる。

 立ち上がれない。


 ミラベルは毛先が焦げたリリシーの白い髪を引っ張り上げると、上半身のローブを切り裂き身体を晒す。そして、首根っこを強く掴み上げる。


「う……ぁあ……」


 そしてあられもない姿になったリリシーを、民衆が肩を寄せ合う広場へと、ゴミのように投げ捨てた。


 ドスッと鈍い音を立て、町人のいる足元に転がるリリシーの身体。


 白い髪は逆立ち、最早生気を感じない。

 その場にいる全員が呆然と倒れ込むリリシーを見つめる。


「し……死ん…… ? 」


「いや、……指が動いて……」


「おい、ミラベルがこっちへ来るぞ」


 そうは言っても周囲は水。

 唯一の通路にミラベルがいる状況。

 ジリルに言われた通り、周辺からボートを掻き集めてはいたが、数が足りない。


 その時、兵の一人が女子供を先に乗るよう指示をし、リリシーを庇うようにミラベルの前に立ちはだかる。


「お……俺は ! 訓練生 87番 !!

 俺は ! お、俺は ! 魔族に仕える為に、騎士になりたいわけじゃない !! 」


 剣を握る手は震えが止まらず、今にも緊張で腰の抜けそうな少年兵だった。


「勇敢よねぇ。スカーレットの兵は」


 ミラベルは狂った人形のようにケタケタと笑いリリシーを指差す。


「町の者も。見てみなさいよ !

 その女の身体は、三人の肉体で出来ている。

 黒魔術によって仲間を犠牲にし、一人ダンジョンから生き延びた冷徹な女 !! 」


 町人も他の兵も、リリシーの平らな胸と、不自然に筋肉質で褐色の肌の左手に釘付けになる。

 ウエストから残ったローブスカートから出ている細い脚は妙に白く、美しい顔と釣り合いの取れた女性らしいフォルムだというのに、上半身はあまりにも釣り合わない体格。それぞれのパーツを繋ぎ止める傷跡は、まるで鞄の縫い目のように簡単で、医療技術によるものとは考えられなかった。


「分かった ? 黒魔術師なんて五万といるのよ。

 私は国のために尽くしたわ ! 現にあなた達は今日の今日まで水城の歴史を隠蔽してたじゃない。炎城になったからと言って、魔物に襲われたことも無いわ !

 誰かが覚えていれば……言ってくれれば、良かったのに。私、本当に忘れていただけなのよ。

 この者こそ魔王軍の遣いなのよ ! 」


 全員がリリシーを見つめる。

 合成獣のような醜悪な姿にも思えた。

 これが黒魔術である事は事実なのだろう。


 だが……。


「こ、この子がウィンディーネの封印を解いたのは事実。

 お前こそ魔王の手先だ ! 」


 少年兵は聞かなかった。

 それにはジリルがリリシーに信頼を置いていたことも理由にあったかもしれない。


「剣も同じだ ! 剣があるからといって、人を殺めるんじゃない。

 か、彼女は自分や皆の為に……。

 お、同じ、黒魔術でも ! あ、アンタは魔族で、ウィンディーネを封印して神父様も殺したんだ ! 」


 彼の言葉を皮切りに、町人は全員ミラベルをまくし立てる。


「そ、そうだ ! 魔族だなんて聞いてないぞ ! 」


「城の教会にはもう何年も行ってないわ ! 」


 その隙に、ギルドに来ていた魔法使い達が駆け寄り、リリシーに回復魔法をかける。

 更に一人の女性は自身が来ていた純白のローブを脱ぎ、リリシーに羽織らせた。


 老人の火守り達は、ただただ辛い面持ちでミラベルに語りかけた。


「見苦しい言い訳はよすんじゃミラベル。

 この女子おなごがなんであれ、お主が王を殺したのではないか」


 リリシーがフラフラと起き上がる。


(駄目よ時間を稼ぐから、もう少し寝てないと ! )


 居合わせた者たちがリリシーを隠すように囲み出し、庇い、寄り添うように守り始めた。

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