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11:ウィンディーネと第三の塔

 城の動きが止まり、リリシー達が身を起こすと、そこに天井は無く夜明けの曇天が広がっていた。

 祭壇の箱の上に、シルフと同じ丈の精霊が舞っていた。

 蒼い光に包まれた可憐な少女の姿。

 身体の表面がピリピリと痺れる感覚に思わず全員息をのむ。

 恐ろしい程の爆発的な魔力を振りまく存在。


「リリーシアと申します。シルフィの力を借りて、封印を解きました。

 貴女がこの辺りのウィンディーネですね…… 」


 〈そうなの〉


 時折、肌が水面のような輝きを魅せるが、スライムのように内臓が透けて見える訳では無い。水で出来た宝石の様な身体、髪は深い深い水底の青。


「うわ……綺麗……」


「なんと。これが水の精霊様……。

 ……はぁぁぁ〜、ありがたやありがたや」


 ノアもベアトルも、神聖な気を放つ小さな存在にただ驚き平伏す。


 ウィンディーネは腕をスラリと伸ばすと、そのままスイッと一回転するように羽ばたいた。


 〈身体が自由……。外に出れたの。長かったの。

 人間の魔法使い、感謝するの〉


「無事で何よりです。

 ここは…… ? 祭壇は元々、屋上にあるものだったのですか ? 突然部屋が……動き出して……」


「あ、あたしも聞きたいです ! 炎城が……こんな水の城だったなんて……。

 ……お爺ちゃんもベアトルも教えてくれなかったし。町の人も。なんで知らないの ? 」


 炎城の町で生まれ育ったエミリアも、冒険者ガイドブックを見てここに来たリリシーやクロウも、更にエルザのダンジョンの麓の村に居たノアも誰もが知らない歴史だ。


 水の精霊は蒼い髪をなびかせて、今この城で最も高い位置から町を見下ろした。


 〈百五十年程前の事。この城で初代の王妃になられた方が、たまたまイフリート使いの魔法使いだったの。とても謙虚な魔法使いの女性だったの。町人にも好かれてたー……。

 ただ、私がいると、彼女の火精霊の魔力は半減してしまうの……〉


「そうかもしんねぇけど……。

 ミラベルもそうだがよぉ。別に城にいたら魔法なんて必要ねぇだろ」


「これ、雑巾男。精霊様の話を切るんじゃないぞ」


 〈あそこに町が見えるー〉


「ファルハの町です」


 〈以前は無かったー。あの辺まではここも含めて湿地だったの。比較的気温の低いここは木の成長が遅くて、薪も湿気るの。

 王妃は町人の為に火の魔法を使い、私の存在を疎むことも無く……優しかったの。

 だからウィンディね、火のイフリートとの相性を考えて、王妃の寿命尽きるまで、休眠する契約で箱に入ったの。

 年に一度の祭り事の時だけ覚醒して、この状態で塔の上に祭壇を掲げて、皆から水への祈りをいただくの〉


「じゃあ、貴女の意思で地下に…… ?」


 〈最初はそう。王妃、長生きでも百年くらいだと思って。でも、状況が変わったの〉


 年に一度の夏祭りにだけ姿を現す、水の塔。

 最初からそう造られた城。

 しかし、いつからか夏にも塔が立つことなく、そのままウィンディーネは封印されてしまった。


 〈その後の話の方が、貴女には重要ね。

 初代スカーレット王が死に、残されたその魔法使いの王妃も、後を追うように病に倒れたの。

 その頃、スカーレット王 二世の王妃になったのが、あの忌まわしい黒魔術師 ミラベル。

 初代王妃は亡くなり際、私の掟をミラベルに言って聞かせたのに、アレは私をそのまま封印してしまったの !!


 許せない…… ! 許せないの !! 〉


 リリシーは、急変したウィンディーネの瞳に身体がヒヤリとしていくのが分かる。それはまさに触らぬ神に祟りなしと言う状況。比較的に穏やかとされる水の精霊が、怒りに狂い、魔物化する寸前に感じたのだ。


 〈だから地底湖を毒に変えたの。この城から水を絶ち、あの女に魔力が行かぬよう井戸の魔力を吸収出来ないようにもした。術を無効にしてやったの !!

 水の偉大さ、必要さを思い知ればいい ! 〉


 この精霊の怒りを鎮める方法も、言い訳も、誰も持ち合わせていなかった。


 〈でも……井戸に落とされて尚も、最後まで私の為に祈りを捧げた神父と賢者達。彼らへのせめてもの弔いなの。井戸の水だけは、せめて穢れ無き水の中で眠れるように綺麗な水に変えたの……。

 そこへリリーシア。貴女が落ちてきたの〉


 エミリアはリリシーとウインディの話を聞きながら、自分の記憶を思い起こす。


「そうそう。あたしが子供の頃よ。

 急に町の井戸とかがダメになってさ。それでミラベルが、ダンジョンの麓の湖から水路を作ったのよ。周辺の町や領土にも、水で悩んでる場所に蜘蛛の巣のように水路を拡げてさ。

 いかにもインフラに力を入れた、みたいなパフォーマンスだったけど。

 最低ね。自分のせいで城周辺の水は毒になりました、とは言えなかったのね〜」


「僕、馬車屋に聞いたよ。エルザのダンジョンは、昔は石炭が採れたんだって。

 枯渇したわけじゃないんだ……地底湖の毒化を隠すために魔物を呼び込んで封鎖に追い込んだんだね。

 あれ ? でも、僕の村は水路の水じゃないな。水路に使ってる湖よりダンジョンに近いのに…… ??? 」


 〈あなた。ダンジョンの麓の集落 ? あの村は隣接した雪山からの雪解け水を引いているの。そこはシヴァの領域なの。私が関与出来る範疇を超えているの〉


 クロウがいた雪山である。

 シヴァは氷を司る神の類いだ。エレメンツ精霊とは違い、白魔術師が神として信仰する対象である。


 リリシーはグローブをギュッと締めながら、流れ落ちる水場を確認する。


「どう誰に聞いたところで、ミラベルが敵なのは変わらないわ 」


「だな。

 精霊さん、そのミラベルだがよぉ。今どこにいる ? 俺らはカタを付ける気でいる。ついでにその怒りの復讐請け負うぜ !! あの魔族をギタギタにしてやんぜ ! ……リリシーがな」


 〈城の中にいるの。でもでも、何か邪悪な気配を感じるの。禍々しい……物体エネルギーなの。

 う〜。シルフ使いのリリーシア〉


「はい」


 〈声はもう聞こえるはずなの 〉


「…… ! 」


『おう ! もう聞こえるみたいだな。リリシー !

 ってか、なんでクロウとキスすんだよ ! 』


『呆れたねぇ !! あんた、第一声がそれかい !? リリシー ! あのろくでもない女王をぶっ飛ばしてやりな !! あたしの拳を貸してやるよ !! 』


『待って待って ! リリシーってクロウが好きなの ?

 ってか、エミリアって超可愛いんだけど ! 』


「……〜〜〜。聞こえます。騒がしいくらいに」


 リリシーは苦笑いを見せるも、穏やかな表情で自身の身体をギュッと抱く。


「嬉しい。……嬉しいです……」


 〈シルフィはその禁術を許したのね。

 本来、私も貴女に助けられた身なの。

 水の祝福を与えたい所だけど……その魔術だけは相容れないの……私にとっては憎き魔族の魔術……。

 貴女の水の魔法石も契約解消なの。水の魔法は諦めて欲しいの〉


 ここで水の精霊に見限られるのは戦力としても痛いところであったが、仕方がない事だ。


「……はい。折角のご厚意を受けられないこと、恥を感じております」


 〈そこまで分かっているなら……私も残念なの。


 じゃあ、他の者に祝福を与えるのー。

 う〜。でもでも……この少年には体内魔法濃度が無い。こちらの男には信仰心が無い。彼は年配すぎる。

 ……となると、貴女にしかいないの。欲しい ??? 〉


 指名はエミリアに飛んだ。


「あ、あたし !? え !? い、いいの !? そそそそんな才能、魔法なんて使いこなせるか分かんないけどっ !?

 や、全然 !! 欲しい欲しい !! 」


 〈私の名はウィンディーネのウィンディ。

 踊り子なら、嗜んだ武芸が貴女を助けると思うの。流れるような動きや仕草は、水の性質のように美しいから。使いこなしてなのー〉


 光り輝く水の球が浮いたと思うと、そっとエミリアの胸元に吸収されていく。


「あ、ありがとうウィンディ ! 」


 踊り子のエミリアの装備に魔法石は無い為、一時保管である。魔法石を用意したら移し変える、魔力の源だ。


 ウィンディはリリシーに向き直ると、再び厳しい目を向ける。


 〈気を付けて。貴女が思うより、敵は強大なの。

 私の封印を解かなかったミラベルだけど、スカーレット二世も知っていたはずなの。何故説得出来なかったのか。

 彼女は何か、術で人の意志を変える力もあるように思えるのー〉


「御忠告ありがとうございます。

 必ず討ち取ってみせます」


 〈夜が明ける……。この風景……好き。あぁ、素晴らしき水の国〉


 ウィンディが大きく両手を空に向け、久々の自由を噛み締める。

 日が平原から登り出す。

 薄暗かった夜が開けると共に、町人、ジリル団共に、城の頂点にいる麗しいウィンディの輝く姿と、それらを守った冒険者達の姿を見つけた。


「精霊様……水の精霊様が復活された…… !! 」


 誰からともなく。

 それは自然と上がり、膨れ上がる声。


「頑張れーーー !! 」


「ミラベル出て来い !! 」


 中には知った顔ぶれも。


「あ、あのスリ少年 ! ……と、エミリアじゃない !? 」


「ほんとだ !! 」


 既に神父達の結界が炎城を包み込む。

 ここからは生か死か。決着がつくまで戻れない。


 盛り上がる声援を聴きながら、ベアトルは祭壇のそばにズルリと腰を下ろした。


「少々疲れた。わしゃここに残る。

 それに……美しい精霊様をこんな間近で……この塔の上で見れるとは。

 冥土の土産になったわい……あぁ、ありがたやありがたや……」


「皆、無事に避難したみたいだね。凄い応援されてる」


 ノアが裸婦像の噴水広場を見下ろし手を振る。


「リリシー。ほれ、こっち登れ」


クロウがリリシーを手摺りになったブロック塀の上に乗せる。


「ちょっと、なんでよ」


「こう、ガッツポーズでもしとけ ! 記念に ! 」


「今、そんな場合じゃないわ」


 立ち上がったリリシーの姿を見た町人達が雄叫びを上げる。


「頑張れ冒険者ーーーーっ !! 」


「頼むぞーーー !! 」


「町は任せろーーー !! 」


「何これ……恥ずかしい。もう行くわ」


リリシーは剣を手に取り、風の魔法を唱える。

その姿は剣を高く振り上げ、導きの女神のように、民衆を鼓舞する振る舞いに写った。


「うぉぉぉっ !! 行けーー !! 」


 吹き抜けて行くはずの風が小さく渦を巻くようにリリシーの足元に絡みつく。


「シルフィ ! ハイスピードでお願い ! 」


 リリシーはミストの中、白銀の髪をなびかせてトーーーーンと塀から飛び降りる。


「行くわ ! 」


 リリシーのブーツがバシュッと言う音を立て一転し、海面から出たイルカのように身を翻す。風が全身を纏うと、突如、猛禽類が急降下するスピードで、城の開いた窓辺からミラベルを探しに舞い込んで行った。


「風の魔法使いか ? 」


「そのようだな」


「超綺麗。見た ? 白い髪でごっつい鎧なのに軽〜いの」


「ああ。美人だったよな ? 」


中でも指名手配書を見ていたギルドの受付嬢がリリシーを覚えていた。


「彼女……ダンジョンで地獄帰りした子だわ…… ! 確かリリーシアって名前の。やっぱり生きていたのね」


「地獄帰り ? そりゃあ難儀な……」


「あのダンジョンから帰ったのかよ ! 強ぇんだな !!

頼むぞリリーシア !! 」


 町人達がリリシーに湧き上がる中、ジリルも第三の塔を見上げていた。


 リリシーがウィンディーネを解放し、城の封印を解いた。

 クロウが彼女を支え、ノアもリリシーを慕い、遂には情報を語り継いできたベアトルの家系を見つけた。

 また、リリシーは新たに知り合った同年代の少女と手を取り合い、仲むずましい様子で民衆に姿を現したわけだ。

 まさに英雄爆誕の歴史的瞬間。


 ジリルは気付いてしまった。


 その中に、ノーランの姿が無い。


 ノーランはリリシーに同行したはずだ。

 全てを見届けると言い、聖堂で別れたノーラン。

 そのノーランが塔の頂点に居ない。

 ただならぬ不安感が押し寄せる。


「お前たち、ここは任せる。足の届く範囲の店にボートがあれば集めて置いてくれ」


「ジリル団長は…… ? 」


「あの者達のサポートに回る。城にはまだ誰も来るな。またカラクリで動きでもしたら、挟まるかもしれんからな」


「はい。わかりました」


 ジリルは馬に跨ると、急いで城を目指した。


 □□□


「凄い揺れだったね、ママ 」


 宝物庫は一階の最奥、左の塔に存在する。城が変形しても、道に迷うほど内部に変化は無かった。


「城は頑丈だから大丈夫よ。

 さぁ、開いたわ」


 重い鍵と鎖と床に落とす。

 中は薄暗く、何段もの棚がある。

 メダルやマント、宝飾品や他国からの献上品。または初代スカーレット王の遺品なども納められていた。


「ふん、所詮ただの水精霊よ。精霊同士には相性があるけど、黒魔術師の私には関係の無い話だわ」


「ママは強いもんね」


「ええ。

 でも、王は貴方よノーラン。

 さぁ、頭を向けて」


 ミラベルは一つの王冠を手にすると、ノーランに向け膝を付かせる。


「父さんに使ってた王冠じゃないの ? 」


「ええ、これは仮の王冠よ。

 戴冠式まではこれで代用するのよ。町の人をおざなりにしてはいけないわ。式典の時に、正式に王になるの。

 でも、今この混乱の中でノーラン、貴方が必要とされてるわ。

 さぁ……これを被るのよ」


 ミラベルに差し出した王冠を、屈んだノーランはグッと頭に乗せる。

 異様にフィット感がある。

 そして、ズッシリと肩まで響く重み。

 これが王の責任の重圧なのか。


「僕、ママが正しい事を証明するよ」


 ノーランは立ち上がると、凛々しい顔でミラベルを見下ろす。


「…………」


 ミラベルは無言で少し微笑んだ。

 次の瞬間。

 急変。

 ノーランに被せられた王冠がドクンと波打つ様な鼓動を上げる。


「必ず、恥ずかしくない王に……。

 王……。王に……。


 ……え ? あ……あ…… ? 」


 王冠の宝石がギラりと光る。


「マ、ママ !? な、なんだか……か、身体の中に !! 何かが這ってる気が !! 」


 王冠の宝飾。

 五箇所全色が、漆黒色の魔法石。


「ママ !! ママァーーーっ !!

 う、うわぁぁぁぁっ !!!!」


 王冠から得体の知れない黒い液体がノーランの顔をドロリと伝って行く。


「助けて ! 取れない !! 剥がれないよ !!

 あぐっ !! うっ !! んんーーーーっ !! 」


 遂には顔全体を覆い、上半身をも飲み込んで行く。王冠から延びた黒い触手が目や耳を這い回り遂には脳へも到達する。


「……っ !! ……………っ !!!!」


 それをミラベルは、なんでも無い顔で眺めていた。


「ノーラン。孤児の中で貴方を選んで引き取ったのは、体内魔法濃度が高かったからよ。リリーシア程じゃないけれど……。

 はぁ……。成人するまで長かった事といったら。剣の才覚は全く無かったけれど、まぁ私の杖にするには十分な魔力に育ってくれた」


 ノーランだった物は、遂に人の原型を溶かし、おどろおどろしい一本の黒い杖と姿を変えた。


「ふふふ、これで強力な杖が我が手に ! 」





……………………マ……マ……………………………………………






 ミラベルは杖となったノーランを片手に宝物庫を出ると、ジリルが立っている事に気付く。


「乱心なされたか ? 」


「あらぁジリル。居たのね。

 乱心 ? そう思う ? 」


「いいえ。貴女は最初から、狂っていた !

 覚悟しろ !! 」


 剣撃。


 ィィィン……!!


 しかしミラベルには届かない。


「な、なんだ !? 」


 薄い結界がミラベルを守って物理攻撃が通用しない。


「この杖が自分の意思で結界を…… !! あぁ ! 素晴らしい魔力だわぁ !

 ジリル。引きなさい。貴方が望んだのは平和。私とやり合ったらただじゃ済まないもの。家族の顔を思い出して ? 」


「出来ん。騎士道あっての平和だ。剣に捧げる ! 」


 ギィィンッ !!


 今度は空振り。


「くそ !! 」


「ふふ。無理よ。この魔力には叶わないもの。

 私もね。城や町を平和にしたいと思うわ。水が枯れても水路を引いて、魔物が来るなら火を炊けばいい。現に火守りが付いてから、魔物は城を襲わなかったでしょう ? 」


「貴女は人間では無い」


「それが何 ?

 人間がもし魔王を倒す時代が来たら、魔王軍にいる者は皆殺しなのかしら ?

 貴方の言い方だと、まるで私は人と共存出来ないみたいじゃない」


 ミラベルの杖から大きな黒い玉が出る。ジリルはそれを叩き斬るが、剣に張り付いて取れなくなってしまった。


「な、何だこれは ! 」


 掴んで引き剥がそうとも、その黒い物は手で掴むことが出来ない様で、更に見た目以上の重さがあった。

 立ちはだかるミラベルの周囲には更に三つの黒い玉が見える。


「クソ…… ! 」


 ジリルは剣を手放すと、脇のショートソードを抜き、右手で届く範囲にあった花瓶や鉢を黒い玉に投げ付ける。


「流石ね騎士団長 ! ふふふ、判断が早いわ」


 投げ付けられた物は全て黒い玉に飲み込まれて行き、少し膨張すると床にグチャリと落ちた。

 特性が分からずジリルもこれ以上は手を出せない。火でも風でも無い。液体のように見えてはいるが実体が無いから振り解けない。


「ミラベル、最早貴女は皆の敵だ !

 それと、ノーランは今どこにいる !? 」


「えぇ ?

……なぁ〜んだ、立ち聞きしていたんだと思っていたわ ! まだ知らなかったのね ! あはははは ! 」


 ミラベルは愉快そうに笑いながら。

 それはそれは。

 いとも簡単に告げる。


「ここにいるじゃない。

 これがノーランよ」


ミラベルが杖をさも軽々しく扱って見せる。


「…………な……ノ……ノーランが……。術か !?

 貴様 ! よく息子をこんな !! 」


「別に本当の息子じゃないわ」


「貴女には情が無いのか !? 」


「あるわよ ? 私自身にね。

 それ以外は他人。敵とも言うけれど」


「矛盾している。仮に魔王が討たれる日が来て共存の時代が訪れても、貴女の運命は変わらないだろう」


「ふふ、そうかもね」


 ミラベルが杖を翳す。

 次の黒い玉は何個か。


 ジリルが剣を構えるが、玉を出した気配が無い。


「さようなら、ジリル」


 気付いた頃には遅かった。

 その黒い粘着物はジリルの足元に大きく広がっていた。


「く !! まずい !! 」


 飲まれる !!


 その時、後方から突風が吹き荒れる。

「飛べっ ! 」と言う悲鳴にも似た声に、反射的にジリルは地面を踏み切らず大きく宙に伸び、足を浮かす。


 バシッ !!


 何かが風と共に吹き飛んで来て、力強い左手で甲冑を来たままのジリルを簡単に抱え込んだ。


「リリシーか ! 」


 リリシーはジリルを下ろす。

 片腕一本で軽々と抱えられていたジリルは、月華牢で見たリリシーの繋ぎ目を思い出す。


「……失礼……確か……エリナだったかな ? 」


『はは ! 律儀な騎士団長だね ! 悪い気しない ! 』


 いくら繋いだとはいえ、リリシーの意思で動くのだからエリナに礼を言う必要は無いのだが、生真面目なジリルなりの作法なのかもしれない。


『リリシー、あの黒魔術。基礎に書いたあったやつだぜ』


「団長、アレは血液です。殺めた生贄の血液を魔力にしています。半実体で、魔法なら潰せます。

 でも……それにしては……」


 見た事のない形状の杖。

 更に、新鮮な生き血がなければ使えない魔術のはず。

 黒魔術の詳細は、人間のリリシーには今まで学ぶ場所が無かったが、基礎的な部分はあの地底湖の古文書で読んだ。それでも不自然に思えた。


「リリシー ! 」


 後からノア、クロウ、エミリアが駆け込んで来た。


「メイド達は避難完了したそうよ ! ジリル騎士団長も無事ね !? 」


「エミリア、彼を連れて避難して」


「分かったわ !

 ジリル団長、リリシーに任せましょ」


 ジリルの脇から勝手にナイフを抜き取ると、足早にミラベルから離していく。


 その最中、ジリルが思い悩んだ面持ちで足を止め、リリシーに呟いた。


「リリシー。あの杖……ミラベルの杖が、ノーランだ……」


「……そういう事なのね……」


 その場にいる全員の身体から血の気が引く。


「う、嘘…… ! 王子いなくなったって事 !? 」


「人を生け贄にしたんだ……」


 ミラベルの息子への愛も、全て嘘だったというのか。リリシーには到底信じることが出来なかった。

 愛が無ければ、あんな風に息子も母親に懐かないだろう。

 それでもミラベルにとっては、偽りの生活。いざとなったら自分の勝手な都合で、命を糧にする為の……。


「貴女、それでなんとも思わないの ? 」


「何が ? これが本来の黒魔術師の姿よ。皆んなこう。

 宗教や国の違いってやつかしらね ? その程度の問題よ」


「禁忌のデパートみてぇな女だな」


「お、王子……つ、つつつ杖になっちゃったの !?

 も、戻せないの !? 」


「無理だぜ。もう身体が無ぇよ」


 リリシーはただ無言で杖を見つめた。


『王子の生き血を吸って魔力を増幅してるんだ』


『悪魔め。油断すんじゃないよリリシー ! 』


「……ノーラン…………」


 リリシーがミラベルの前に立ちはだかる。


「困るわぁ。もう少しこの城でくつろぎたかったけれど……。

 まぁいいわ。またどこかの人間をたぶらかして、人が私の存在を忘れるのを待つわ」


「酷すぎるよ ! 」


「はぁ……。なんでこんなところに子供がいるのよ。生贄にするわよ ?

 ふふ……そうね、ケリを付けるのにはここじゃ狭いわね 」


 ミラベルが杖を振り、黒い液体が身体に張り付く。やがてドレスを侵食し、悪趣味で挑発的な衣装へとチェンジする。

 黒い骨張った翼が空を凪ぐ。本物の羽だ。


「さぁ !! さぁさぁさぁっ !! ついて来なさい、リリシー !! 私が正しいと証明してあげる ! 」


「シルフィ ! 」


 リリシーも剣を取り、風を纏う。


「私の羽のスピードについてこれるかしら !? 」


 ビュオッ !!!!


 リリシーとミラベルが猛スピードで城外へ飛んで行く。


「あのクソ女が女王だったなんて ! 許せない ! 」


「負けんなぁっ ! リリシー !! 」

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