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8:似た者同士

 リリシーより一足先に町に到着したノアは、馬車屋を後にするとまず防具屋へ向かった。

 選んだのは比較的実戦向きものでは無く、動きやすく見た目重視のお洒落なものだった。

 ノアが別段、無駄使いをしたということではなく、麓の村の酒場で見てきた大人の様子。そしてそう遠くない過去、各地を馬車に詰められ転々とした記憶からの経験から得た知恵。

ギリギリ冒険者に見えても、非力そうな子供の姿を極限まで活かす事。ノアは自分の身目の美しさを理解している。


 この時、既にリリシーは月華牢。クロウは城を出ていた夜であった。


 それを知らずとも、リリシーが兵に連れていかれた事を想定して動いているノアは、早朝になると通り沿いの噴水で顔を洗うと、冒険者ギルドへ向かう。

 ギルドの出入りは子連れの冒険者もいることから年齢制限は無い。

 ノアの派手な外見。

 購入した防具が、では無い。顔の造作の事だ。まだ誰にも汚されたことの無い純粋無垢な水々しい少女のような姿。

 事実、人身売買のブローカーは、ノアの見た目に高額を付けすぎた事で買い手が現れなかったわけである。


 ギルドに入ると、まずは掲示板に目を通す振りをしながら、客層を伺う。

 リリシーは城内にいるにしても、クロウもまだ城内に捕まっているかは分からない。その為に情報収集をしたいのだ。

 屈強な男達はノアを見下ろすと、小馬鹿にするようにニヤニヤと笑いながらすれ違う。

 そんなノアは掲示板を離れると、目を付けた踊り子や吟遊詩人のいる女性だけのグループに足を向けた。


「こんにちは〜。このテーブルは華やかですね〜 ! 」


 初めは怪訝な顔をする女達だが、相手が子供と分かると途端にガードが緩くなる。


「可愛い〜。どこから来たの ? 」


「北の方から。ダンジョンから戻ってきたところなんだ〜」


「え ? 一人で ? エルザのダンジョン ? 」


「違うよ〜。僕の相方と。

 でも町に来ると、アイツはいつも知らない女の人が寄って来て、どっか行っちゃうんだぁ〜。暇なの〜」


「あはは ! そりゃ仕方ないわね〜」


 ノアの台詞から出てくる、いい男の気配に女達も敏感に反応する。

 相方とはリリシーのことを言っているのだが、事実とはかなり違った事を言っているとは言え、顔は女性で胴体が男性なのだから、あながち全部が嘘では無い……かもしれない。


「僕は理解できないな〜。見た目なんか女の子みたいに小綺麗だし、筋肉もないしさぁ〜。

 女の人はアイツの何がいいんだろ〜」


「綺麗な顔ってのは、君も一緒じゃん ! おっかし〜 ! 」


「あと五年もすれば、君も同じ事するようになるわよ」


「あのダンジョンに行くなんて強いわね。貴方、名前は ? 」


「ノアって言うんだ。

 あのね、人を探してるの ! 例の相方がろくすっぽ探さないから、僕一人で探さないと ! もう〜困っちゃってて……」


 ノアは笑顔のままでポケットに初めから用意していた一掴みもある金貨を、彼女たちの飲み終えたピッチャーにジャリリンッと落とす。


「お願〜い ! 誰か一緒に探して欲しいんだぁ」


 突然出された金貨に驚き、ノアを怪しむも、たかが子供だ。それに誰だって金貨は欲しい。

 その上、ノアのパーティにいる『相方』というのは男で、相当な色男なのだろうと出会いの予感に満更でもない様子。

 そうでも無ければ、人探しなどと言う面倒事には首を突っ込みたくないだろう。


「……何故わたしたちに声かけたの ? 」


「えぇ !? だって見てよ ! あの席ら辺の男の人 ! 皆んな僕を子供だからって笑うもん !

 ……って言うのは口実。えへへ、お姉ちゃん達は優しくて綺麗だから、話を聞いてもらえると思ったの。

 ごめんなさい ! 」


「まぁ、確かに無報酬で人探しなんか誰もしてくれないかもね」


「綺麗だってさ、ウフフあんがと ! 」


「も〜。ノア君、最初から依頼が目的だったのね ? 下手な芝居ね〜。悪い気はしないけど〜。

 じゃあ、今日あんまり酔ってないし当てを紹介してあげる」


 女達が金貨を折半し始める。


「さてと、誰を探してるの ? 」


「旅の武器職人で、名前はクロウっていうの。ボロボロの服を着てる男の人 」


「ボロボロねぇ……」


「いい服を着てるとスリに合いやすいからね。腕の良い人なんだ。

 もしかしたらすれ違いになったか……ダンジョンの支度金の御礼に、お城に行ったのかも。けど……お城って僕は一人で行ったことないし」


「えぇ !? 女王様の支度金を受けてたの ? 貴方のパーティ本当に強いのね 」


「エルザのダンジョンから戻ったって人、初めて聞いたかも。攻略したってこと ? 」


「一応ね。だからお城に行ったかもしれないんだけど、僕は兵士の人とか怖くて。大きいし、大人だし……だから分かんないの」


「う〜ん。じゃあまずはわたしが、お城にクロウって人が顔を出したか、聞いてきてあげる」


「ほんと ?

 あ……でも僕もぼーっとしてる訳には……。

 町ではどこを探せばいいんだろ ? 」


 不安そうに首を捻るノアに女達も知恵を絞り出す。


「まずは宿じゃない ? それと酒場とか」


 女達の中で一番賢そうな踊り子が、カウンターから町のガイドパンフを貰って来る。


「ここが旅人でも目につきやすくて、比較的人気なBARなの。可能性あるわ。

 それでもダメなら、こっちの大通りにキャンディ売りが歩いてるんだけど、そいつなら分かるかもね。一日中売り歩いてるから」


「ありがとう ! 行って来るよ ! 」


 城に行くと申し出た吟遊詩人が楽器を背負い、ノアと共に席を立つ。他の女性たちも見送りにドアまで出てきてノアを撫でくり回す。


「髪ツルツルね ! 気をつけてね〜」


「変な人に付いてっちゃダメよ ? 」


「は〜い ! 」


「じゃあ、わたし城に聞いてくるわ。

 ノア君、結果はギルドの伝言板掲示板に貼っておくからね」


「わかった ! 」


 二人が外に出た後しばらくして、女達は全員。

 自分のポケットやポーチに入れた金貨が無くなっている事に気付く。


「やられた ! 」


「嘘でしょ ? わたし、斜め前に座ってたのよ ? 」


「……最後に席を立った時よ。あのクソガキ〜、最初から…… ! 呆れた……これじゃタダ働きだわ」


 ノアは足取り軽く路地裏を駆け抜ける。取り戻した金貨をポケットに入れチャリチャリと音を立てながら。


「あはは ! 酔ってる人が一番やりやすいや ! それもあんな薄着だもん。なんであんな防御力無いもの着るんだろ ?

 そう考えると、リリシーは僕の手に気付くの早かったなぁ〜」


 大通りに出ると、ノアは真っ先にキャンディ売りに声をかけた。


「お城の兵士は吟遊詩人さんが情報を撒いてくれるはずだよね。その前にクロウを探さないと……。

おじさん、キャンディちょうだい ! これ」


 そう言い、今度こそ金貨を渡す。

 顔を白塗りにした男はカラフルな装いで人の良さそうな笑みを向ける。


「ちょっと待ってな。銀貨なんて持ってたかな。なんせ銅貨一枚で一袋だからねぇ」


「お釣り、無ければいいよ。その代わりね、僕、探し人がいるんだ」


「ほう、家族かい ? 」


「武器職人なんだけど、見た感じはそう見えないかも。ボロボロの服に……ちょっと汚い感じの若い男の人 ! 」


「ボロボロねぇ。ああ……もしかしたら、多分……。反対側の通りにある安宿に、朝方入っていくのを見たよ。その人かな ? でも今もいるかは分かんないよ……」


「ありがとう ! 」


「気をつけてな」


 ノアは今度はキャンディ売りには何もせず、ただお礼を言い立ち去った。


 一方、城に行った吟遊詩人の女は金貨が無くなっているのに気付き、門番の兵に「スリにあった」と大騒ぎを始めた。

 いつまでも騒ぎ続ける女に手を付けられず、最終手段として、うんざりとした顔のジリルが現れる。


「はぁ〜〜〜……。お嬢さん、スリと言っても……たった十分程手にしただけで、そりゃその子供の金じゃないか……。

 今、取り込み中で……」


「冗談じゃない ! 頼まれたから来たのに !

 だいたい色男の相方の方なら分かるけど、ボロい男の方を探せって言われたのよ ?

 やってらんないわよ ! 金貨があったから受けた頼みをさぁ〜 ! わたし、なんの為にここまで来たのよって思うわ ! 」


 なんとも勝手な言い分だが、勿論ノアが悪い。だがこれは必要な探りだった。現に吟遊詩人の言葉の切れ端に、ジリルは賢く勘付いた。


「ボロい男……ですか。他には何か言っていましたか ? 」


「知らな〜い。顔が女っぽい男が相方で、女王から支度金を受けてダンジョン攻略したとか何とか ? それも、こ〜んなちっこい子供 ! 嘘だったのかも !

 で、その相方のイケメンじゃなくて、ボロい格好のクロウって男を探してるって話だったのよ」


「……」


 これは言伝だ。

 恐らくリリシーが言っていたノアという子供の仲間。そしてクロウを探していると、この遣いを寄越した。

 昨日の夜、城外へ出ていったクロウだが、未だその子供は知らないのだろう。流れからすると、リリシーが城にいることも知らず、クロウも子供の話を聞いていないのでは……と推測する。

 支度金を出した時の書類をジリルは確認していたが、パーティのメンバーとしてクロウの名も載っていた。非戦闘員のクロウも同行者として載せるなら、ノアの名前が無いのは何故か。

 ダンジョンから戻った後に、リリシーと知り合った可能性を考える。


「分かったよ、お嬢さん。その分の金貨を俺が今払おう」


「マジ !? 」


「ただし条件がある。

 町の治安のために、そのスリ少年を見つけたら、『騎士団長 ジリルが飛竜を保護しているから出頭しろ』と言っていたと伝えてくれ」


「『飛竜』 ? え ? 城で飛竜をペットにでもするの ?

 まぁいいわ。見つけたら引っぱたいてでも連れて来るわ ! ほんとにモゥ〜」


 吟遊詩人の女はプンスカと坂道を下って行った。


 □□□□


 ノアは安宿に入ってすぐ、ロビーに縫い合わせたモップの様な物体がいる事に気付く。

 クロウだ。見た感じの印象では、機嫌が悪いように見えた。ノアは深呼吸するとクロウの側へ座る。


「初めまして。クロウ。

 僕はノア · ブラウン。エルザ山脈の麓の村でリリシーの仲間になったんだ。

 リリシーからクロウ宛に封書を預かってる」


 クロウはノアの顔も見ようともせず、ただ手酌で強い酒を煽っていく。


「……リリシーは貴方が兵士に捕まったんじゃないかって、とても心配してた。無事だったんだね」


 これに関しては、流石にクロウは物申したい。溜め息をつくと、ノアに手を出す。


「テメェの武器見せろ」


「え ? あ、うん……」


 酷い状態のクロスボウ。何とか撃てるように応急処置がされているだけの代物。そして修理に使われているのは、クロウの住処にあった部品だった。

 ノアがリリシーと同行していたのは間違いないと確信する。リリシーが最後に『町に仲間がいる』と言っていたのはコイツだと。

 クロウは武器を横に置くと、ニヤリとギザギザの歯を見せる。


「オメェも騙されたなぁ。リリシーには昨日、俺が城から解放された時、会ったよ」


「ええっ ? じゃあ、なにか話とか……」


「まぁ聞けや。笑えるぜ ? 俺の状況はこうだ。

 まず、オリビア達を見送ってリリシーの防具を作ってたら、突然兵が来て連行された。城に行ったら、トチ狂った女王にめちゃくちゃ鞭で打たれまくった。そこでオリビア達が死んだのを聞いたよ。

 そんでよぉ。地獄帰りをしたリリシーが、俺を鞭打って笑ってた女王と、同じ匂いの魔術でパッチワークな身体で帰ってきた。

 城で再会した俺に。リリシーは何て言ったと思う ? 」


「……え ? 分からないけれど……」


「あの城で、女王様と面白可笑しく宮廷魔術師になるんだとさ !

 ははーっ ! 笑えんだろ ! 」


 笑って見せるクロウだが、その瞳に宿るのは怒りだ。ノアは冷静に否定する。


「……そんなはずないよ」


「いやいや、本人から聞いたんだぜぇ ? あのおっかねぇ女王様の魔術が気に入ったらしいなぁ !

 俺ぁ、もうごめんだね。理解出来ねぇ」


 本当ならにわかに信じ難い。リリシーはクロウを心配していたし、確かにミラベルを警戒していた。ノアのリリシーに対しての信用は揺るぎなかった。


「本当に ? クロウ。本当にそう信じたの ? 」


 ノアが静かにクロウの前髪から見えるブルーの瞳を覗き込む。


「エルザのダンジョンに行くパーティの専属鍛治職人。長年貴方はリリシーと旅をして……何を見ていたの ? 」


 自分がこれほど信頼しているリリシーの、たった一人の仲間。そのクロウが簡単に裏切りと捉える訳が無い。クロウは人嫌いで、町にオリビア達が到着すると、別行動でわざわざ外にキャンプ地を探す事をリリシーから聞いていた。クロウが炎城を出ていないのは、まだリリシーの行ったことが半信半疑だからだ。


 ノアはポシェットから封書を取り出し突きつける。


「リリシーからだよ。リリシーは自分がミラベルに追われてるのを承知の上でここに来た。別の町に逃げてしまう事も出来たんだ。

 でも、捕まってる貴方を見殺しには出来なかったし、何よりリリシーはあの魔術に激しく自己嫌悪してる。

 リリシーだって分かってるんだ。あの魔術は人が使うものなんかじゃなかったって。気丈に振舞ってたけど、本当は貴方と仲間の死を嘆いて泣きたかったはずなんだ。人はそんなに強くない。でも、子供の僕がいたから、不安にさせない為に平然としてた。

 でも、ケジメをつけに来たんだよ。

 クロウ。リリシーが城に残る判断をしたのはその為だよ。本当に、お城で働きます〜って浮かれているように見えた ? 」


「み、見えたさ ! 」


 クロウが立ち上がり癇癪を起こして丸椅子を蹴飛ばす。


「『もう旅は疲れた。落ち着きたい』ってな ! 」


 クロウの脳裏にも焼きついていた。

 あの複雑そうなリリシーの表情。リリシーの苦しい嘘を、クロウも忘れてはいなかった。


「くそ !! くそ !! 何がどうなってやがんだ !! 」


「リリシーの事は僕が説明する。クロウ……手紙を読んで。そこに同じ言葉が書かれていたら僕もリリシーを諦めて炎城を出るよ」


 クロウはテーブルに差し出された封書を見下ろす。

 だが手に取る様子は無い。


「クロウ ! お願い ! 」


 煮え切らない態度にノアが急かすと、クロウがモニョモニョ呟く。


「俺ぁ、字なんか読めねぇよ。あいつも俺の事、理解してねぇじゃんなぁ ? 」


クロウは急に気まずい笑みで、ノアに媚び出す。


「だはっ !! んもぉ〜 !

 なんで鍛治職人が文字読めないのさ ! 」


「しゃーねぇだろ !!

 目盛りと重量だけ読めりゃ成り立つんだよ ! 」


「信じられない ! 」


「オメェがここで読んでくれりゃいいだろうが ! 」


「……僕も読めないもん」


「テメェ〜 !! 」


「しょうがないじゃん ! 元奴隷なんだから ! むしろ褒めて欲しいね ! 僕ほどの美少年が、何びとにも売られず生き延びてる事とか」


「ただの売れ残りだろ ! 」


 クロウは封書をグシャリと掴むと、ガサツに懐へしまい込んだ。


「ったく。リリシーの奴、妙なペット押し付けてきやがって ! 」


「ペットじゃないもん ! 」


「お〜そうかい。じゃあ、俺の鳩を返しな。そうすればオメェの鞄も返したらァ」


 クロウの手にはいつの間にかノアのポシェットがあった。


「あぁ !! 僕のポシェット !! 」


 びっくりしたノアは、パタパタと自分の腰を確認する。肌身離さず持っていたポシェットがクロウの手にあることに動揺したノアは、自分がクロウからスった鳩を逃がす。

 初めにやったのはノアで、腹の立ったクロウはノア以上の腕前でねじ伏せたのだが……。


「う、うわぁっ ! ド、ドロボー ! ドロボーがドロボーの盗んだら鳩が ! 鳩っ !? なんでポケットに鳩ぉぉぉっ !? 」


「ちょっと、お客さん達……」


 ロビーを縦横無尽に飛び回るクロウの鳩。宿屋の女将がキツい視線を向け、虫取り網を持ってくる。


「す、すみませぇん」


「なんで放すんだよ ! 」


「だって、スったモノが生き物だった事何て無いし、僕もスられた !! 」


「はぁ〜〜〜……オメェが売れ残った理由がよく分からぁ……」


 クロウは口笛で鳩を呼び戻すと、再びポケットへ入れる。そしてノアのクロスボウを持ち上げ、出口へ向かった。


「どうするの ? 」


「まずはテメェの武器かな。これじゃ駄目だ。あとは文字読めて、中見られても安全な奴探す」


「それって、例えばどんな人 ? 町の人もお金の計算くらいじゃないかな ? 」


「そうだな……。教会の神父とかならあるいは……あ〜……図書館とかあれば一人くらい読める奴いるんじゃねぇのぉ ? 」


「…………」


「なんでそんな目で俺を見んだよ」


「だって見た目がもうさぁ、魔の召喚魔獣みたいなんだもん ! 古代人でももっと清潔だよ ! 」


「うるせぇなぁ〜……。小綺麗でいるのが面倒なんだよ」


「ポケットに鳩だもんね……。でも、そんなに不衛生だとポポちゃんが可哀想だよ」


「勝手に名前付けんな !

 あのさぁ。まぁ心配してるとこ、別に否定しねぇけどさぁ。オメェ、リリシーがあんなんでくたばると思うか ? 」


 質問の意図が分からずノアはクロウを見上げる。


「クロウは心配じゃないの ? 」


「そうじゃねぇ。けど……普通、出来るか ? 仲間が死んだそばで、もし仲間と融合できる術を見つけたとして、だ。その仲間を切り刻んで、挙句自分の腕も胴体も自分で……。成功するか分かんねぇ未知の魔術に賭けが出来るか ? 」


「う……そりゃ、普通に考えたら無理かな。だからこそ、無茶をしそうで心配だよ」


「だから余計に。アイツが無茶する時きゃ、プッツンした時なんだよ。オリビアと出会う前からの知り合いでなぁ。

 リリシーには故郷が無い。正確には、特別な人種として生まれた女だ」


「それってどんな !? お姫様とか ? 」


「違ぇよ。けど、度胸と判断力なんかはガキの頃から磨かれる。旅をしてるのも家業の為に家を出されたのさ。

宮廷魔術師なんてのにコロリと騙されたとすりゃ、禁術が親にバレるのが怖いんだろうさ」


「その家業って…… ? 」


 ちょっぴりワクワクしながら聞くノアに、クロウが再び口を開こうとした時。

 なんとも運悪く、先程の踊り子と吟遊詩人のグループと鉢合わせた。


「あああぁぁぁぁ !!!!? さっきのクソガキ !! 」


「このスリ、わたしの金貨返しなさいよ ! 」


「アワワワ……」


 タイミングが悪すぎる。

 ノアが振り返るとクロウはどこぞの路地に身を隠し、消えてしまった。


「兵に言ってきたわよ ! スリのガキが町にいるってね。

 そうそう……『飛竜を預かってるから出頭するように』って ! 行かないとマジで刑罰食らうわよ !! 」


「『飛竜』…… ? 」


 リリシーの鎧の材料だ。

 これならクロウでもノアにでも通じるワードである。

 そこへノアの知らない男性が現れる。

 頬に流れる黒い髪にブルーの瞳。スレンダーで、筋張った指の長い手。ワイルドに黒い皮を羽織る姿に女性たちの矛先がブレる。


「あ、え ? ……さっき言ってた『相方』さん ? 」


「コ、コホン。やだ、別に子供に絡んでた訳じゃ……ただ伝言を……」


 ノアは頭痛のする頭を抱えて女達と、クロウの豹変ぶりを見上げた。

 そう。クロウは防具『モップなコート』という装備を脱げば、別人のように女ウケするヴィジュアルに変貌した。因みに掻き揚げた髪を纏めているのは整髪料ではなく、皮脂である。

 吟遊詩人の女が城門での伝言を伝える。最早、ノアを責めるより、クロウに気が行っている様子である。


「そうかい。相棒が失礼したな。伝言ありがとう。明日にでもノアを謝りに行かせるよ。

『飛竜』かぁ。お嬢さん方、城や町について詳しく聞かせてよ。一杯奢るからさ」


「あら、いいわよ」


「ノア君、もうあんなことしちゃダメよ ? 」


「……ワカッタぁ〜」


 ノアは、さっき似たような手口で自分に騙されたのに、まだ知らない男について行く女達に呆れ返る。それにモップなコートを脱いだだけで変わる、クロウの印象の違いはなんなのかと。スリにしても、自分より上手のクロウにノアはムクれる。クロウは気が済んだのかニヤニヤしながらポンポンとノアの肩を叩く。ノアは鬱陶しそうだ。


「視界が花束の中かと思ったら、踊り子と吟遊詩人かぁ。ヤリ手の芸術家ってぇ訳だ。得意分野で生きている女性は魅力的よなぁ。

 あ、じゃあ吟遊詩人さんは歌詞も自分で書くのかい ? 」


「ええ。まぁね。楽器も他の町には楽団がいるんだけど、わたしは旅行でここに来たのよ」


 得意げに答える。

 歌詞を書くなら文字も読めるはずだ。


「これ、読めるかい ? 」


 小さな酒場の隅。

 客のいない古いホール。

 そのテーブルにリリシーがクロウ宛に送った手紙が置かれた。


「いいわよ」


 吟遊詩人の女は手に取ると封を切り、読んでいく。


「じゃあ。失礼するわね。


『この手紙を読んでいるという事は、二人が無事会えた事に安心します。

 わたしは禁忌を犯した罪を清算します。その元凶となった者を討ち、必ずダンジョンに戻り骨を拾いに行く。

 その為に、協力して欲しい。行き違いの無いよう、わたしはどうにか城に留まり機会を得ます。

 追伸、卵をノアが持っています。後で届けてください』


 ……これ、どういう事 ? 」


 多少ぼかして書いてはいるが、クロウはやはり安易に女達に手紙を見せたことを後悔しかけた。


「あー……いや。忘れてくれ」


「ダンジョンに骨……って……。誰か亡くなったのね……。ごめんなさい、わたしたち……」


「いやいや、いいんだ。それに、うちのノアが失礼したよ。読んでくれてありがとさん」


 そそくさとテーブルを離れるノアとクロウに、踊り子の一人がおずおずと歩み寄ってきた。


「あの。察するに、ダンジョンにナニカがあって、悪いヤツがお城にいるって事……よね ? 」


 これ以上探られるのは痛手だだが、踊り子の様子から、どうも神妙な面持ちをしているのが引っかかる。


「あたしは踊り子のエミリア。祖父が火守りなの」


「……じゃあ、元兵士か……」


「ええ。元騎士団長よ。ジリル様の前任。ある日突然解雇になって火守りに就つけられたの。年齢的なものもあったかもしれないけれど……突然の不当な解雇だったから。ずっと引っかかってて。

 城の悪いヤツ……それってあの『奥様』よね ? 」


「知ってるの ? なんで ? 兵士はみんな知ってるの ? 」


 エミリアは仲間に聞こえない小声で告げる。


「おじいちゃんから話を聞いた方が早いと思うわ。案内する」


 ノアとクロウは顔を見合わせるが、ここまで来たら行くしかない。

 クロウは外に出るとノアのクロスボウを見る。リリシーが修理した箇所に、粘土で丁重に包まれた試験管のような小瓶が入っていた。それを鳩に結び、空に飛ばす。


「ポポちゃん、戻ってくるの ? 」


「ああ。あいつはリリシーの場所にしか行かないから大丈夫だ。これを隠すためにお前にクロスボウを持たせてたんだ。どう考えてもお前の体格では長旅に向いてない。俺としては小型のナイフの方が向きだと思うがね」


「え…… ? 持ってるよ。リリシーがコレが本命だからって、体に隠してある」


クロウはニヤリと笑うとノアをバシバシ叩く。ノアは鬱陶しそうだ。


「オメェ、リリシーからもスったんだろ ? ハハハ ! じゃあ尚更ガンナーの道は諦めな。リリシーも言わなかったのかよ ! ギャハハハ !!

どう考えてもお前はシーフだよ !! 」


「えぇ !? 僕は別に賊じゃないよ」


「どこが !? 」


前を歩いていたエミリアが思わずツッコミを入れた。


「あたしも盗賊だと思ったわよ !! ノア君、それで素人なの ? 世も末ね……皆んな油断するわよ」


「世も末とまでは……。

でも、鳩で連絡取れるならもっと早く動けたじゃん」


「最終手段だからしゃーねぇんだよ。それにずっと監禁されてたし俺」


「一体何が起きてるの ? リリシーを助けるのに、遠回りしてない ? 」


 クロウは無言でエミリアの後ろをついて行くだけ。今は情報が優先だ。

 時刻は昼過ぎ。

 そろそろ火守達の薪運びが始まる頃だ。三人は高く聳える炎城の外壁を目指す。


「俺の見た感じじゃ兵も一枚岩じゃない。それが御隠居様から聞けるんだろうぜ。会って置いた方がいい」

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