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7:決意の月華牢

「うーっ !! う〜〜〜っ !! あああああ !! 」


 体の内側から湧き上がる悔しさと怒りに、言葉を忘れて唸リ声を上げる。

 幸い水は半身程までしかないが、出口は遙か頭上で暗く何も見えはしない。

 リリシーは立ち上がろうとするが、突然視界がふらつく。水に濡れた事で額の血は流れたが、目眩がして仕方がない。

 毒の水に関係なく、井戸の内部では二酸化炭素が滞留しているためである。

 リリシーは息を止めると、グローブを外し、井戸の側面をそっと手でなぞる。すると頭の横の辺りに、空気が漏れ出る隙間を発見する。この老朽化した井戸のこういった隙間が、水があるにもかかわらず吹き上がってくる空気の正体である。少し触れると数個の石が崩れドキッとしたが、新鮮な空気が吹き出してきた。

 涙で頬を腫らしながら、何とか空気穴に口元を近ずけて深呼吸をする。足元は不安定に積み重なった歴代の被害者達の骸があった。

 頭に酸素が回ると、急に冷静になる。

 そして如何に、緊急を要する状況かを自覚する。

 這い上がるには深すぎるし、剣と魔法石はあるが意味は無い。何しろ魔法が使えない上に、鎧の重みで底の泥に足を取られる。


 望みが無い。

 当てにしていたクロウには見放された。ノアがクロウを見つけても、あの様子では門前払いだろう。

 考えるほど、恐怖と絶望が襲ってくる。

 旅を始めた時、冒険に死は付き物だと周囲に忠告はされていた。しかし、こんな深く暗い場所でたった一人で朽ちるとは想像した死とあまりに違ったのだ。


 その時、頭上で鉄を打ち付けるような音が鳴った。


 カッ、カッ……


 甲冑の足音。

 リリシーが井戸の格子を見上げると、松明で中を照らす一人の影が姿をあらわした。


「だ、誰…… !? ミラベル !? お願い、ここら出して !! 」


「シー。静かに」


 癖のついた髪をヒョコヒョコさせながら、井戸の中のリリシーを確認した影は松明を壁の金具に掛ける。


 だが、お互いに暗いせいか、顔など確認できない。


「誰なの ? ……お、お願い、助けて……こ、こっ……このままじゃ死んじゃうの」


 リリシーの身体はずぶ濡れだ。震えが止まらない。低体温症になるのは時間の問題だ。


「そ、そうだね。すぐ助ける ! あー……ま、待って」


 鎧がある分、骨を足場に足踏みしているのが精一杯だった。一度脱いでしまったら、鎧は深く泥に沈んでしまうだろう。冒険者が装備を失ったら、それこそ覚悟の時なのである。

 そこへ大量の麦藁が落ちて来た。


「ごめん ! ロープが無いんだ ! 今はそれを何とか使えない ? 」


 こんな短い物をどうしたものかと、リリシーは震える手で藁を握り締める。捻じるか、編むか……そんな余裕は最早無い。

 その時、手にした藁を見詰めながら、聞き覚えがある声だと気付き、更に愕然とする。


「貴方……ノーラン ? 」


 上を見つめるが、松明が逆光になりシルエットが見えるだけだ。それでも鎧兜でもお手上げの、特徴のあるノーランのくせっ毛は確認できた。

 影は首を横にブンブン振ると、戸惑うように返事を返す。


「そうだけど ! ち、違うよ ! 僕……っ、たまたまここを通りすがって ! 」


「……」


 流石にリリシーは警戒する。ミラベルが差し向けた監視者では無いのかと。

 だが、この男をどうにか使えないかも考える。そうしなければ自分はこのまま死んでしまうのだから。


「藁はどのくらいあるの ? 左に寄るから束で落とせる ? 」


「やってみるよ ! 」


 もしかしたら藁が水分を吸ってくれるかもしれないと考える。左の壁に張り付くと、先人達の骨を足場に水面から身体を出す。脆い骨だ。リリシーの装備ではとてもじゃないが、それらを積み上げても登ることは出来なかった。


 その時、頭上で大きな悲鳴と、肉が焼けるような焦げくささが漂って来た。


「うわぁぁっ !! ……あぁっぐぅううう……っ !! 」


「ノーラン !? 」


「グッ……。

 駄目だ……この格子、素手じゃ剥がせない ! 」


「ちょっと ! ……そんな…… ! 貴方は平気 ?! 」


 この言葉はノーランにとって意外な一言だった。

 助けに来た筈の自分が、力及ばずオロオロするばかりだと言うのに、まさか自分の心配をされるとは思っていなかった。


「ぼ、僕は大丈夫さ !

 ……何かで手を覆えば格子を掴めるかな……あとは……ええと…… 」


 リリシーもこの時、ノーランの行動に驚いていた。ノーランは本気で自分を心配しているように感じたのだ。この男は、見た目ほど母親に毒されていないのでは無いのだろうかと。


「ええと。じゃあ。ありったけのシーツを持って来てくれるかしら ? 」


「シーツ ? すぐ持ってくる !! 」


 ノーランが慌ただしく出て行く。


 ミラベルはこの井戸は、地底湖から水を引いていると言っていた。

 リリシーは息を大きく吸うと、鎧の重さに身を任せ水に沈む。すると、あった。水を引いている水の穴。手を当てると、一際冷たい水が出て来るのが分かる。そしてあちこちに水が漏れ出ている箇所もある。この井戸は新しい水が流れ込むも、隙間から漏れ出ていて、これ以上の水位になることは無いようだ。


 一度、水面に顔を上げる。


「ここは……一般的な井戸じゃない無いわ……なんなの ? 」


 通常、井戸は水源がある場所を掘って造る。

 だがここは近くの山水か、もしくはどこか別のところから水を引いて溜めているだけだ。


 エルザ山脈の麓の湖から、石組して造られた城へ続く長い長い水路。それを道中リリシーは見て来たが、この井戸にも同じように、地底湖から続く水路が地中にあるとは考えられない。

 例えあのダンジョンに昔は魔物がいなかったとしても、これから城を建てる大仕事の前に、大工達がそんな毒水の整備をするだろうか。


「近くから水を引いているだけ…… ? それならこの魔力は ? 何故この井戸にはこんなにも強い魔力が…… ? 」


 第一、この水にはダンジョンで目にしたような毒性は無い。しかし確かに魔力は溢れる程感じる。

 ミラベルがここを『人を落とす場所』と決めているなら、確実に死に絶えるようなダンジョンの地底湖のような水質の場所にするはずだ。リリシーを落とすのにここを選んだのは故意なのか、それとも思いつきか。


「……っ ! 」


 身体が自分の言うことをきかなくなってくる。どんなに食いしばってもガチガチと歯が音を鳴らす。


「リリシー ! グローブを持ってきた ! 」


 戻ってきたノーランは、がっちりと格子蓋を握ると思い切り引き剥がす。


「こんな蓋……こうしてやる !! 」


 ガラーーーン !!


「開いたよ ! シーツを結ぶから待ってて」


「ありがとう」


 リリシーは垂れてきたシーツに急いで飛びかかる。まず一枚のシーツを解き、潜り、流れ込む側の水路の穴に詰め込む。これで少しは水位が下がるはずだ。

 更に藁の束と先人の骨を台にして鎧を脱ぎ、シーツを結びつける。


「まずは鎧を引き上げて」


「わかった ! 」


 鎧、剣、そして最後にリリシーを。

 遂に脱出成功となる。


「さぁ ! 掴まって ! 」


 差し出されたノーランの手は、魔術をかけられていた井戸蓋の火傷で皮膚が焼け爛れていた。これで更に、水を含んだリリシーを引っ張り上げたのだから相当、痛みを伴ったはずだ。


「はぁ、はぁ……ありがとう……。

 貴方って……優しいのね」


「ぼぼ僕は、たまたまだよ。ママ……ミラベルとは……喧嘩でもしたのかい ? 」


 リリシーはふと考える。

 ミラベルは肝心なを、ノーランに話はしていないと言っていた。恐らくこれからも告げないだろう。

 クロウやノアに自分の誤解を解きたいが、今はクロウを刺激するだけかもしれない。

 それよりも、このノーランを上手く使う方法があるはずだ。正義感はあるが、母親に従順な息子。

 だが地位はある。ミラベルさえ居なければ……あるいは。


「酷い格好だ。ママは時々、短気でね……」


「あのね……ノーラン。御礼とは少し違うけど、知っている事を話すわ」


「知っている事 ? 」


 一か八かだった。


「ミラベルが貴方に内緒にしている事。

 貴方が騎士団にいる理由よ」


 ミラベルの正体を全て話してしまおうと決めた。

 この男にスカーレット王程の気骨があれば、ではなく、としての才覚が目覚め、息を吹き返すかもしれない。


「頻繁に起きる魔物の侵略や戦。ミラベルは貴方が騎士団に入って、不慮の事故で死ぬ事を望んでる。彼女が魔力を他人から吸い上げる以上、貴方が王になる日は来ないのよ」


 ミラベルが何処から来たのか。

 魔王軍との繋がりを持ってして、あの地底湖を管理していること。

 不老の為に魔力が必要で、その為に優秀な魔法使いを生贄にしてきた事。

 王座を奪うためにスカーレット王を殺めた事。


「魔力の吸収。それが地底湖の正体よ」


 リリシーは首元を捲り、胴体であるオリビアと自分の繋ぎ目を見せる。


「ごめんなさい。でも貴方が心配だから話そうと思ったのよ。命の恩人だもの」


「そんな……。事故だと……少しの夫婦喧嘩だと。それだけだと思ってた……。

 ママが生贄にするために僕の偉大な父を…… 」


 直ぐには受け入れられない事実。しかしノーランには身に覚えがあった。

 ミラベルは母親の仕事はするが、ノーランを王子として接さない。


 その全ての理由が繋がった瞬間でもあった。


 松明の明かりの映し出す王子の影は揺れ、嗚咽を上げ肩を震わせる。

 リリシーはそれを、静かに静かに見詰めていた。


 □□□□


 ミラベルが入浴を済ませ寝室へと向かう最中、メイド達がバタバタとリネン室と兵の寄宿所を行ったり来たりしていた。


「あら、何かあったの ? 」


「ミラベル様。お休みなさいませ。

 たった今、ノーラン様がシーツを取りにいらしたので補充をしておりました。騒がしくて申し訳ございません 」


「ノーランがシーツを…… ?

 ……そう、ご苦労さま。きっと訓練に使うんだと思うわ。続けてちょうだい」


 メイド達が深々と頭を下げ、踵を返すミラベルを見送る。そのミラベルの形相は鬼人のように吊り上がり、足早に井戸へ向かう。


 □□□□


「わたし、すぐに城を出ないと……」


「そんな格好で ? ビショ濡れのままだ。風邪をひくよ ! 」


「いいえ、ダメなの。わからないけど、仲間の声がしないの !! 」


「声…… ? 」


「とにかく魔法が使えないのよ ! ここに来てから。町の酒場では前に使えたもの。この城でだけ使えないんだわ」


「城内で魔法を使えない …… ? ママは使ってたけど 」


「それは、彼女が人間とは違う魔族だから……」


 リリシーが反射的に耳を澄ます。

 硬い床を打ち付けるようなヒールの音。


「まずいわ ! ミラベルよ ! 」


「…… ! 僕の後ろへ ! 」


 廊下は一本道。部屋は窓もない上に、ノーランの松明の灯りがある事で、ミラベルにはもうバレているだろう。逃げ場は無い。

 入ってきたミラベルは二人が寄り添い、互いの手を取り合う様子に怒りを露わにした。


「ノーラン !? これはどういうこと !? 」


「マ、ママ。ほら、この子は宮廷魔術師なんだよね ? 井戸に落ちていたのを今、助けたんだ ! 」


 ノーランなら、このすっとぼけた状況を本当にやらかすかもしれない。そんなタイプの男ではある。

 だが、流石にこの母親に嘘を通せる程器用な男ではないのだ。


「ノーラン。この女はわたしたちの秘密を知ってしまったの」


「秘密……」


 ミラベルは父親 スカーレット王の死をノーランと隠蔽したことを言っている。

 だが、スカーレット王の死因が夫婦喧嘩でないとリリシーから聞かされた今。ノーランは、深く内に目覚めた闇を感じながら、冷静にミラベルの言葉を受け入れた。


「そうなんだ」


「ええ。わかるでしょ ? 」


「……そうだね、ママ。

 じゃあこの子をどうするの ? 」


「強力な魔力を持ってる。すぐには逃がせない。牢に収容するわ。

 ノーラン、ジリルを呼んできなさい」


「え ? う、うん」


 ノーランは心配そうにリリシーのことを振り返りながら、部屋から出ていく。

 薄霧のような髪が束になり、鎧を外したローブが濡れ、グッショリと肌に張り付いている。この吐く息も白い程の夜。あまりに惨い仕打ちに、胸の奥がザワザワとした。


 どちらを信用するかと問われたら……。


 リリシーを意図的に突き落とした母親。

 挙句、リリシーの連行をするのに、母が頼るのは自分ではなく、ジリルなのかと。自分には最早信用が無いのかと疑心暗鬼に陥る。

 これではリリシーの言い分の方が余程まともなのでは……と。

 そして湧き上がる、何か……母親に対しての得体の知れないドス黒い感情。これまで楽天的に生きてきたノーランには、それが何か分からなかった。


「さぁて、リリシー。貴女、黒魔術も使えるの ? 」


「……わたしは至って普通の魔法使いですが ? 」


「だって国の王子に出会って、たった一日で手懐けるなんて。悪魔の加護でもあるのかしらと思っちゃったわ ! 」


「貴女こそ。黒魔術師でしょう ?

 貴女は彼を王子として見てない。当然だわ。

 永久不滅の貴女は、彼が中年になっても老人になっても王座を手放さない。

 でもどうして ? 自分で迎えた養子を殺す ? スカーレット王のように ?

 正気の沙汰じゃないわ。貴女は王子ではなく、ノーランは愛しているはずよ ! 」


「知ったクチ利くんじゃないわよ。

 うふふ……リリシ〜。やっぱり好き !

 う〜ん。どうかしらぁ ? 未来予知は得意じゃないのよねぇ。もしかしらノーランが王になる日が来るかもしれないわよ ? 」


「嘘は嫌いだわ」


「言ったでしょ ? わたしの生まれは魔王軍の住む大陸よ ? 人が使う精霊魔法……つまり人間の魔法使いと、魔術を使う魔族のわたしとでは何もかもが違うの。貴女も魔導書を読んだでしょ ? 」


「この城に来て、わたしの中の仲間の声が消えたわ。魔法防止アイテムが城一帯にあるのね ? 」


「魔法防止ではあるけれど、少し違うわ。わたしが術を使えるの。

 だから黒魔術で貴女の体の中に移動したお友達も、ここじゃ迷子の亡霊よ」


 リリシーは考える。

 魔術にも穴はあるはず。

 ミラベルに慈悲というものがあるのかも怪しいが、しかし言うしかない。


「ミラベル。……もう、魔力を吸い尽くしたら……わたしを殺すんでしょ ?

 最後におねがい。

 わたしを神の元で死なせて。

 クロウにも捨てられて、もう仲間の声も聞こえない。

 町に教会があるでしょ ? そこでいい」


 必死に懇願する。


「あら、教会なら城内にもあるのよ ? 遠慮しないで ? そこでいいでしょ ? 」


「はい……」


 そして大袈裟に項垂れ、ミラベルの案を仕方なく受け入れる……そぶりをする。


「ふふ……哀れね。でも素直ね。

 本当に……エルザのダンジョンに行く野蛮人とは思えないほど、なんの力もないただの小娘」


 そこへジリルがノーランに連れられやってくる。


「ジリルです。参りました」


 ボロボロで濡れたリリシーと、古井戸。そして散乱したロープ状のシーツと、呼びに来たノーラン手に出来た格子状の火傷痕と合致する井戸の蓋。

 ジリルは一目で何があったかを察した。


「ジリル。城裏の廃教会に倉庫があったわよね ? あそこにこの女を幽閉してちょうだい。

 この女は王家の秘密を探るスパイだったのよ」


「スパイ……ですか ? 」


 一体、ただの冒険者が何を思ってスパイなどするのかと、ジリルは混乱はしているが、逆らうことはしない。


「はい。承知致しました。

 おい、後ろに手を回せ」


 ジリルはリリシーに厳しく言いつけるが、こっそりと緩く縛り上げる。そして自然な流れで鎧と剣を担ぎ上げ、一緒に持っていく。それをノーランはおかしく思ったが、敢えて咎めることはしなかった。

 幽閉するなら防具や剣を与える必要など無い訳だが、魔法が使えないということでミラベルは完全に油断している。それに対してリリシーも少し安堵の色を見せていたように思えた。


 裏庭を抜けて教会へ入る。城の敷地内で、位置としては城の裏手。出入口からは一番程遠い場所である。

 神父亡き後、そのままになっていた場所だ。

 それもそのはず、黒魔術師のミラベルにとって一番関与したくない場所。

 勿論、精霊魔術を使う人間の魔法使いも、、この場を崇める。聖堂には白魔術師が恩寵を得られる唯一神と、人間の魔法使いが崇める四大精霊が共に祀られているのだ。だが、黒魔術を使うミラベルとは相容れないものなはずと考えたのだ。黒魔術は必要とする神がいない。手順通りの行動と生贄、発動条件を満たしたら呪文を唱える。それだけだ。間欠的で残酷な魔術。


 リリシーの予想する、ただ一つの可能性。

 ミラベルにとって、聖堂は城内で一番必要のない場所なのでは無いだろうかと。

 そして、この忌み地にいる兵士と言うのは、所謂出世街道から外された、ミラベルに不満のある者で構成されているのではと考えた。

 予想は的中。連れてこられたリリシーを見て、聖堂の兵達はたじろいでいた。


「え、こんな若い子を監禁 ? 」


「ずぶ濡れじゃないか。ミラベルの奴は何を考えとるのだ ? 」


 ジリルが縄を解きながら問う。

 牢とは言え、元は教会の倉庫である。取ってつけたような重い鍵が付いているだけ。

 位置は礼拝堂の真後ろにある半地下で、筒型の建物だ。高く高く上の方に天窓のステンドグラスがついている。その真上に満月が来れば、炎城の灯りと共に、美しい月光が射し込む華やかな部屋。昔は隅にテーブルを置き、神父達が団欒することもあった場所。


「さて、何があった ? ミラベルとは仲がいいんじゃなかったのか ? ノーランの手の怪我はどうしたんだ ? 」


 ここへ来る途中、ジリルはメイドの制服を見付けると、素早く手に取り、鎧に詰め込んでいた。それをリリシーに差し出す。

 リリシーは息を整え、今日あった事を話す。


「……ミラベル……アレは魔族なのか」


「そうみたいです。

ノーランに助けて貰った……。心配だわ。今頃折檻を受けてないといいですが」


「全く……酷い事だな。

 そうか。スカーレット王は事故死と聞いていたが……殺されたのか。

 これは今現在、城を魔王軍に取られているという事だぞ」


 ジリルは吐き捨てるように呟く。他の兵も苦い顔を見せる。


「魔法使い。俺達に出来ることはあるか ? 」


「はい、お願いしたいことが……。

 まずは町に残してきたノアという少年の仲間がいます。状況を伝えて欲しいです。

 それと……。

 国民の為に王室があり、王のために騎士団が仕えているのなら……貴方があの、洗脳された可哀想な王子を救ってあげて下さい。騎士団長にまでなられた貴方が、いつか信頼し憧れた、あの時の国に……王子が炎城を立て直す王になるように」


「勿論だが。お前はここに残るのか…… ? 逃亡は考えてないのか ? 」


 リリシーは服を脱いだ後ろ姿をジリルに晒す。


「禁術です。わたしもミラベルと同じ、深淵に堕ちた者と変わらない。

 ……ミラベルを許す気は無い」


 メイド服に着替えるリリシーを、ジリルも他の兵も呆然と継ぎ接ぎの身体を見たまま固まる。

 この娘は完全にミラベルに牙を向けるつもりでいる。私怨ではあるが、言葉に偽りは無い。

 兵たちは顔を見合わせ、リリシーの濡れた髪に乾いた布をそっと被せた。

 誰も止める気はない。

 魔族に牛耳られたスカーレット城など、自分たちの誇った炎城などでは無いのだから。

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