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4:土竜蛇と風の魔法剣術

 夜明け前、リリシーは小屋の雨戸を開け、東の空を見つめる。

 ノアのズボンの裾を縫う手を止めて、自身の中にある胎動のような感覚に神経を研ぎ澄ます。自分の意思とは思えない鼓動がある。


『どうしたんだい ? シャキッとしなよ。

 あんたはあの場に、あたしたちを置き去りにしなかった。結構感謝してるんだよ ? 』


「……自信が無いわ……。ノアは……道中もし気の良いご家庭があったら引き取って貰うとか……」


『あいつ。そんな事、望んでねぇと思うぜ ? 魔法を教えりゃいいじゃん』


「オリビアはいつも簡単に言うよね。

 本人も言ってたけど、体内魔力濃度は低いように感じるわ。生まれつき低ければ魔法石で増幅しても、戦える程の魔力にはならないもの」


『でもさぁ。皆が皆、魔法だけで戦うって訳じゃねぇじゃんか ? リリシーもそうだし』


「……違うな。わたし、ノアが怪我とかするのは見たくないよ……。

 これからどうすればいいのか分からない……。クロウはどうなったのかしら……」


『気になるかい ? 』


「そりゃあね」


 姿無き声の主がいる。

 これは幻聴か。魂か。

 しばらく仲間の過去のフラッシュバックに悩んでいたリリシーだが、ここへ辿り着いて一息ついた頃、自分の中の変化に気付いた。

 声はリリシーの内側からする。そしてそれは明確な意志を持っている。

 この合わせた身体がそうさせるのか、元々そういう呪術だったのか……。魔導書を読み切らず早々に燃やしてしまったので確かめようも無い。


 ただ、今はその病状とも言える状況がリリシーを支え、精神を安定させるには十分だった。


『あたしとオリビアがついてるんだ。あんた一人じゃないよ』


『そうそう ! 』


「……わたしは、恵まれていたわね……。いつも二人がいてくれて……」


『ノアにも、後でそう言って貰えるようにさ。お前が返せばいいと思うぜ。感謝させろってんじゃなくて、大事にそばにおくんだ。

 男はさぁ、ガキでもちゃんとお前に向き合おうとするぜ。その時、お前が隠したり遠慮したりすると……やっぱ寂しいし、傷付く。

 思いっきり甘えて見ろよ』


「甘えさせるんじゃなく ? 甘える…… ? わたしがノアに ? 」


 リリシーが外を向き、ブツブツと話す声でノアの目が覚めた。最初は農場主とでも話しているのかと思ったが、寝ぼけ眼でもまだまだ辺りは真っ暗い。いくら農家でもこんなに早起きはしないだろう。

 毛皮のローブから半分顔を出すと、そこには麦藁の塊に座り、外をぼんやり見るリリシーの姿しかなかった。


「…… ??? 」


『人身売買が禁止された頃あったよな ? その頃に奴隷商から教会に引き取られたんだろうな。今、十歳チョイくらいか ? でも普通はその年頃って、もっとガキっぽいよ。あいつ妙に大人じゃん。……本人なりに大人を知ってんだろうな。

 今、お前が見放したら……それこそ残酷だぜ』


「確かに、村から出ろとは言ったけど……」


『一緒にいるのが嫌なのかい ? 』


「そんな事、絶対ない ! 」


 確実にリリシーの独り言である。

 オリビアとエリナの声はノアには聞こえない。しかし、リリシーの口振りから、何かに迷いがあり悩んでいる事は確かだと確信する。


「わたし……一人で村を出て、クロウが居なかった時点で、心が折れたと思う。

 でも、そばにノアがいてくれたから……馬鹿な真似せずに済んだし、凄く助けられたの……」


「……」


 ノアはそのまま、再び目を閉じる。

 でも、もう眠れそうには無い。静かにリリシーを見守る事にする。

 今、どんな症状であれ、仲間が『なか』にいてくれるなら、リリシーは地獄帰りをした者の大半が陥る、一番には辿り着かない気がして安心したのであった。


 □□□□□


 それからどれ程時間が経ったか、ようやく日が昇り二人は外で火を起こし暖を取る。


「ずっと寒かったもんね。さぁ。落とさないでね」


 リリシーが酒場から持ってきたカサカサのサンドイッチ。それに、クロウの住処にあった生肉を焼いて挟み、朝食とする。


「美味しい !!

 いい天気だね ! 今日は晴れそう。ここは酪農家さんなんだね〜」


「うん。羊が集まってるの可愛いね」


 どこまでも続く牧草地。

 後方に昨日経由した雪山があり、それをバックに、前方に広がる広大な緑の絨毯を見渡す。

 遠くに山は見えるが、それはずっとずっと遠く青白い。


「ねぇリリシー。クロスボウの使い方教えて ? 」


「え ? あ、うん。いいけど」


 指を包みで拭くと、リリシーは小屋のそばに積んであった巨大な麦藁の塊に炭で丸をつけた。


「まず、的を真っ直ぐ撃ち込もうか。正直、これはどこでも練習出来るけど……。えっと……。

 とりあえず、やってみようか ! 」


 リリシー自身、誰かに何かを教えるのは初めてだった。兄弟は年上で年齢差があるし、パーティでもいつもオリビアに守られ、分からないことはエリナが何でも教えてくれた。

 クロスボウを広げると、矢を一本取り出す。


「まずこの弦をトリガーの上の、そう。そこに引いて引っ掛けて」


「ウギギ ! 結構、硬いね」


「その時はこの肩に当てるストックって所を軸にして、両手で弦を引いてもいいよ。

 暴発防止に、矢は最後に入れて。

 物によっては、矢を先に置くものもあるから……その辺は重量とか持ちたい矢の量で選んだりするんだけど……今は我慢だね。

 でもノアはクロスボウより合う武器があると思うな。間に合に今は仕方がないけれど」


 とりあえず的を狙い、リリシーの一発目。


 ガシュッ !!


 炭で塗った円より五センチ程のズレ。

 壊れていたクロスボウにしてはまずまず。


 それを真似て、ノアも続く


「よっ ! 」


 バスッ !!


 大きく逸れたが、麦藁の塊内には収まっている。

 人生一回目にしては、いい方だろう。

 廃棄品を直した物だ。それをこれだけ撃てればいいほうだろう。


「この武器は風にも左右されるし、矢が尽きれば終わり。ナイフの練習もしておかないとね……」


 その後何度か撃ち込ませるが、いずれも的に当たらないが、暴投と言う程のハズレはない。


「うん。予想よりいい !

 もしかしたら本当に向いてるかもね ! 」


「ホント !?」


 リリシーは一度焚火の前に座ると、改めてノアに問う。


「ノアは将来の夢とかあるの ? 」


「え !? 急になんで !?

 ……うーん。そうだな。僕、新しい世界を見るのが好きなんだ。各地を回って馬車に詰められてた時も、常に外を眺めてた。教会に引き取られてから、酒場でお手伝いして、そこに来る冒険者さんのお話が毎日楽しみだったんだ」


「じゃあ、酒場とか。そういうお店がやりたいの ? 」


「いずれ出来たらいいなって。

 でもこのスカーレット領でやる気は無いね。リリシーの話を聞いてからじゃ余計に。もっと平和な土地とかで。

 その土地が見つかるまではリリシーに付いて行くよ ! 」


「じゃあ、早くちゃんとしたの買わないとね……」


「え、まだ初心者だし、そこまでは ! 」


「駄目よ。

 どんな武器も同じで、ある程度性能のいい物を使わないと変な癖が後から……」


 そこへ、牧場主と思われる親父がゼハゼハと息を切らせながら猛ダッシュしてきた。


「どうしました ? 」


「た、助け……くだせぇ。魔物……集団が家畜を…… !! 」


「すぐ行きます ! 」


「家族が……すぐ近くにいるんです ! 子供も ! 」


「ノア、おじさんに案内して貰って。

 建物に侵入しそうになった奴だけ撃って良し。

 闇雲に撃っては駄目。家畜から人間に標的が変わる可能性がある。人命優先。群れはわたしがやるわ」


「分かった ! 」


 駆けつけると、魔蝙蝠まコウモリ大牙狐たいがぎつねが、行き場の無い牛や羊を取り囲んでいた。数は全部で二十はいる。更に地響き。


「牧草地の囲いはありましたか ? 」


「はい。痺れ毒を塗ったワイヤーを。でも突破されて。

 地面に居るやつが厄介なんでぇ、気をつけてくだせぇ。さっき羊が食われたのも、なんかよく分からんのが地面かブフッ…… !!?」


 リリシーは慌てて親父の口を抑え、声を漏らさぬ様、人差し指を立てて指示をする。


(でしたら、声か足音に反応する可能性が。

 静かに中へ。ご家族にも小声で伝えてください。決して悲鳴などあげないように)


 渾身の頷きをして、親父はそっと小屋の中へ姿を消す。

 そのドアの前にノアがクロスボウに矢をセットし、侵入に備える。


「さてと……」


 リリシーが背負って来た剣を左手に構える。

 オリビアは槍使いで左利きだった。エリナは右利きだが左右関係なく圧倒的な筋力がある。


 そしてリリシーには……。


 小声で呪文を詠唱する。

 リリシーの戦闘を見るのが初めてのノアは、一つの情報も漏らさないかのように目を見張る。


 リリシーの身体がフワリとした……風か反重力か……。足元に僅か、浮力が生まれたように見えた。ブーツの底に魔法陣があるのだ。


 次の瞬間 !


 トーーーーーンッ


 軽い。

 一蹴りで魔蝙蝠の集団三匹がいる遠い距離まで、弾いた様にジャンプする。

 その距離、五メートル以上。

 そして、いとも簡単に振り回されるロングソード。


 ギィィ !!


 三匹を一振で羽を飛ばし、地面へ落とす。

 剣を振り、ぬらりと流れる血を振り飛ばして宙から落ちる。その着地点は大牙狐の背。

 ドフッ ! と言う音と共に、苦悶の鳴き声をあげる大牙狐。無常にもリリシーは背の上に乗ったまま、踵を強く打ちつけ背骨を砕く。これには堪らず、大牙狐も生きながらにして倒れ込む。


「フッ !! 」


 リリシーはそのまま倒れた大牙狐の横腹をバネに、大きく後方宙返りをして、残りの魔蝙蝠を殲滅。再び別の大牙狐に躊躇いなく着陸する。


 ギャンッ !!!!


 一連の流れに興奮した三匹の大牙狐が、離れた場所から弧を描くように同時に飛びかかる。


 リリシーは足場にした大牙狐の脳天に素早くトドメを刺すと、柄にあるレバーのような突起物を逆方向に起こす。


 ガシャ !!!!


「う……うそ…… !!? 」


 ノアはポカンとその姿に魅入る。


 持っていた両刃のロングソードが半分に分かれ、双剣へと変形した。

 構えも全く別物。全身が武器のように隙がない。

 一匹を左の剣でガード。右の狐は致命傷。左の狐は視力を奪われる。最早自在にホバリングしているリリシーの身体は、体勢を変えると、最後の大牙狐を思い切り地面へ蹴飛ばした。

 大牙狐は大きくバウンドして地面へ叩きつけられた。

 だが目標はこれから。


 ドボォ !!


 叩きつけられた大牙狐の振動に反応して、何かが突き出して来た。


「……ぅっ ! 」


 思わず、見守っていたノアから驚きの声が漏れる。


 土竜種どりゅうしゅの仲間で、竜とは付くが、極めて厄介な蛇の魔物だ。全長十メートル以上もある群れを作る種で、顔の半分以上が凶悪な牙を持つ口。そして目の代わりに振動や熱を感知するのか、孔のような器官が複数見られる。

 恐らくはリリシーの動きや熱も感知するはずだ。

 だが、スピード。

 これはリリシーが確実に上。


 ノアは理解した。

 リリシーが『魔法使い』とギルドに登録しているにも関わらず、剣士の姿をしている理由。


 リリシーをよく見ると、剣を握っていないのだ。

 手の平のすぐ下に、剣が浮かぶようについて来る。まるで糸で繋がっているように。

 リリシーが右手でくうげば、剣もそれに連動し刃がその場を斬り裂く。


 細身で筋力の無いリリシーが、魔法の効かない相手でも、メンバーと遜色無く戦いたいと言う思いで進化して行った、我流の魔法剣術。


 斬り落とされた首に怒りを表した他の土竜蛇ツチヘビも、次々地面を破り、リリシーの存在を捉えた。

 リリシーの頭上から、一体の蛇が垂直に牙を突っ込んで来る。

 しかし、氷の上を滑っているかのように、リリシーの身体は猛スピードで地面に滑り込み、首が振り向く間も与えず、そのまま致命傷の一撃を加える。

 他の個体も牙を剥き出し突っ込んで来るが、左手を翳すだけでいとも簡単にガードを決める。それも剣腹の、細いフラー側だけで頭突きを盾にしていた。

 孔がぶつかり、ひるんだ隙に右手の剣で急所を思い切り突く。

 吹き上がる魔物の血と体液。

 リリシーの霧の様な髪が数分にして、ドス汚い赤色に染まる。

 ノアは既にクロスボウを降ろして呆然と眺めるだけだった。


 エルザのダンジョンに行くパーティの実力は本物だ。

『攻略出来なかったパーティ』では無い。『秘密を暴き生還した魔法使い』。それがリリシーだ。惜しみなく身体に取り入れた仲間の特性を誰よりも理解して使いこなしている。


 そして魔法による圧倒的なスピードの違い。風に乗り、意のままに軽い体を扱う魔法。

 力任せの防御貫通ができない、柄を握らずとも手の動きと連動する謎の魔法。あれではどんなに力自慢の剣士と撃ち合っても、剣が手から跳ね飛ばされることは無い。握力無視で剣を操っているのだから。


 これが魔法使いでなければ一体何なのだろうか。魔法で戦っているのだから、魔法使いである。致命傷は全て剣によるものだが、これほどの魔法使いなら攻撃魔法も確実に使えることは言うまでもない。

 何より、双剣に変型しても強度が保たれる剣は、町の鍛冶屋で作るにも難しい物だ。


 真っ黒な魔物達の屍が小さな丘のように積み上がる。その禍々しい内臓の匂いと、そばに立つ華奢で雪の様な髪を鮮血で染めたリリシーの姿がその場にいた全員の脳裏に焼き付く。


「終わりました」


 リリシーがOKサインを出すと、子供たちと親父が安心した様子で出てきた。


「ああ、なんと ! つ、強い ! ありがとうございました ! 」


「もう大丈夫です。焼却すれば仲間が来ることはありません。臭いに敏感な奴らですから、一度仲間が倒された場所には滅多に来ません。

 魔蝙蝠に価値はありませんが、大牙狐の毛皮は高く売れます」


「あぁ ! あの子が着てるのがそうだよね ? 」


 親父はノアの羽織った毛皮のマントを指さす。


「そうですそうです」


「こりゃあいいや。

 いや、まずは礼だな。

 旅してるんだろう ? 好きなだけ食料持ってってくれ。とはいえ、干し肉や豆の類いしかないが……そうだバゲットが焼けてるよ ! チーズもある ! 」


「助かります。荷物もありますので……少しだけ分けていただければ嬉しいです。

 では土竜蛇はここで焼いちゃっていいですか ? 」


「うッ ! そうだね、なんか気味が悪いし。その方がいいかな。あと、嫁が今、拭くものとお湯を用意してるから ! 」


「ありがとうございます !

 じゃあ、ノア。おじさんに食事貰ってくれる ? 」


「う、うん ! お邪魔します ! 」


 圧倒的な戦闘能力を見た後で、ノアは気が動転しているが、一家は皆ノアを快く迎え入れた。

 リリシーは納屋から麦藁を転がして来ると、倒した魔物をなるべく一箇所に引っ張り集め、呪文で火を放った。

 晴天の空に火の粉が追い風で遠くへ、舞い上がって飛んでいく。

 リリシーがスカーレット領に来る前。

 故郷の大陸が春になると、大木に薄紫色の花が咲く。その花を思い出していた。風が吹くと小さな花弁が舞い上がり、遠い空へ吹き上がり、その花弁と共に風に乗るのだ。


「……クロウはきっと、このままじゃ戻れないわね」


 クロウは懐いた伝書鳩をポケット等に潜ませて常に連れていたはずだ。

 その鳩も出せないとなると、やはりミラベルの追っ手に捕まったのだろう。


『いくのか ? 』


「ええ。ノアの武器もお願いしたいから……。それだけよ……」


『んもう ! ……素直じゃないねぇ ! ま、あんたらしいけどさぁ ! 』


『いや、それで十分だ。

 クロウを頼むぜ、リリシー』


「リリシー ! 」


 ノアが駆け寄ってきた。


「お湯沸いたって。髪、せっかく綺麗なのにベトベトだよ」


「うん。有難う。

 ノア、わたし……」


「うん ? 」


「クロウを助けに行きたいの。ミラベルの存在も放っておけない。どうせ追われてるなら、ケリをつけたいの。

 助けてくれる ? 」


 不安そうに聞くリリシーに、ノアは頼られた事が嬉しかった。


「勿論だよ !! それに、クロウに僕も会ってみたい !

 じゃあ、僕たちパーティ結成だね ! 」


「パーティ……。そうだね。わたしたち、もうパーティだね」


「あははは !

 よろしく、リリシー ! 」


「うん。わたしも。その……よろしくね、ノア」


 二人微笑みあい、農場主の好意に甘え、住居へ向かう。

 背後ではゆっくりゆっくり炎が燻り、邪悪なる者達を浄化した火の粉がチラチラと輝いていた。

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