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再演の才媛

 私が高校生の時に見たあの祭りが、今年も廻って来た。

 今年の祭りのテーマはなんと、私があの時心躍ったものと同じだった。

『ある女のサイエン』――紅華さんの時は確か、『鳳凰とある女のサイエン』というテーマだった気がする。同じ『ある女』であっても所属する所によってその表現の仕方は異なって来る。

 それがあの時の表れなのだ。

「あの『鳳凰とある女のサイエン』をまたやるんですか!」

 私は声を輝かせてフォトスタジオでぼーっとしていたヤナさんに訊いた。

「ああ、そうだ。だから言ったろ? 一番最初に……『今年の『サイエン』には間に合わない』って、間に合わるためにお前を『なめ組』に引き入れたんだ。そして今度の『ある女』は瑠菜ちゃんだ……と思ったが止めた。お前を『ある女』にする」

「どうして?」

 突然のことに私はうろたえた。

「今、気が変わった」

 そう言ってヤナさんは奥に行ってしまった。

 それからというもの……私はいろいろな事実を知っていった。このフォトスタジオで――。

「わたなちゃん、お姉ちゃんのを見たの?」

 そう勢い良く私に訊ねてきた瑠菜ちゃんに、

「うん、高校の時にね」

 と答えるとヤナさんが同じようなノリで、

「わたなが当初は『鳳凰役』で瑠菜ちゃんが『ある女』だったわけだが……それだと弱過ぎる。よって……」

 何、さらっと言ってんだ? このヤナさんは!

 それ以上を考えもしないで私は言った。

「飛べ……と言うことだったんですか? それは!」

「いやぁ、それは出来ないよ。さすがに」

 そう言って私の無理難題に真志田さんは苦笑した。

「そうだ、真志田の言う通り。お前も一回は見たんだろ? 紅華の『サイエン』を」

「はい。確かに見ましたが……、あの時の鳳凰って『赤い花火』でしたよね?」

 私は少し不機嫌になりかけていた。

「いや、本当はあの地面に置いてあった松明の灯りだけ、のはずだったんだけどタイミング良く他の所の花火が打ち上がってね……。何発も連続でね……、粋な計らいだった……」

 友利さんは遠くを見ながらそう言った。たぶん、昔のことを思い出していたんだろう。って、違う。あの紅華さんの『サイエン』話だ!

「それってダメじゃないですか!」

 私は友利さんの説明に強く抗議した。

「何がだ? たまたまタイミングが合っちゃっただけだろ。それに花火は写してない。まあ、ちょっと花火の光が入って来てはいたが、その辺は友利さんの加工技術で完璧だ」

「ぼかすの大変だったんだよ」

 いともあっさりとそう言う二人の男に私は少し呆れた。

「でも、あの視覚的効果があったからこそお姉ちゃんは今や伝説の人になっちゃったんだよね……」

 と瑠菜ちゃんはちょっと複雑そうに言った。

 お姉ちゃん超え出来るかな? と今から不安そうな顔だった。やっぱり……。

 そんな瑠菜ちゃんの頭をぽん! と軽く叩くとヤナさんは言った。

「そんな顔すんな。あの時はあの花火があった。でも、今は……、この『わたな』がいる! それにホリィもいるから大丈夫だ」

 そう言って笑う声には少し自信があった。だがしかし、私としてはうん? だ。だからこそ、私は慌てて言った。

「ちょっと! 人を花火のように言わないでくださいよ! そりゃあ、あの花火より勝てる自信は微塵もありませんが出来る限りのことはしますよ。私だって」

「じゃ、飛ぼうか。景気づけに、その微塵もないって言う自信を付けさせるために」

「いや、それは無理です! ごめんなさい!」

 ヤナさんは今日も私をしごく気満々だった。でも、私は『ある女』である以上飛ぶ必要はなかった。それに気付いたのは少し時間が経ってからだった。



 ゆかり写真の祭りの数日前、真志田さんは言った。

「これで有名になったら紅華みたいになっちゃうね」

 そんな他愛もないことで真志田さんは笑っていた。だが、私はふいに思い出した。

「……真志田さん、最初このフォトスタジオに入る前、私に言いましたよね? 『中はちょっと君が思っているのと違うかもね。ここ、随分休んでるから。それとここではあんまり本名言わない方が良いかも……だって、ここは『ゆかり写真』作る所で、その人達だからね』って」

「そういえば、言ったね」

 真志田さんはちょっと記憶を辿ったようだ。

「それってこういうことだったんですね。紅華さんみたいになったら大変で周りも大変、本名なんて知られたらさらに大変。だから、変な名前が多い」

 特にホリィさんみたいな本名なんだかどうなんだか分からない怪しい感じがいかにもらしい。

「でも、それでもやっていたいから……受け入れちゃうんですよね」

「それは別に悪いことじゃないよ。わたなちゃんだって良い名前じゃない。よく考えれば命名はヤナさんだし、よかったね」

 そう言って真志田さんは笑った。

「別に嬉しかないです」

 私は今の自分の赤い顔を見られたくなくて下を向きながらぼそっとそう言った。

「ヤナさん、頑張ってるみたいだしね。表に現れたことほとんどないけど。それでも応援してくれる人いると頑張る気になるでしょ?」

「はい! それはもう」

 重々承知だ。

 だから、私は……期待に応えられるかな……と思ってしまう。

 でも、応える時は今しかない! だから、やり切ろう。



 今年の『な止め組』は……誰が考えたのかは結局教えてくれなかったが……たぶん、ヤナさんではないことは確かだ。こんなことヤナさんには考えられるはずがない。だとしたら……ホリィさん辺りか? それが一番有力だ。

 そんな『ある女』と『月』の物語――、



 月は自分の好きなようにただ微笑み続ける。

 それをある女――人間の女は欲し、手を伸ばす。

 でも、その手は絶対に届きそうで届かない。

 それが分かった時、その間でいったい何が起こるのか――。



 というストーリー仕立てらしい。

 要は『サイエン』に何を持って来るかだ。

 そこでいろんな物が瞬時に決まって来る。

 それに合ったものを皆で一つに作り上げるのだ。

 それが『ゆかり写真』を作る醍醐味。

 真っ昼間にやるということでめちゃくちゃ緊張する。

 まあ、夜にやるよりかは人も少ないので良いのだが……。

 これは非常に……。

「頑張らないとな……」

 ヤナさんは力なく言った。もう力んでも仕方ないといった感じだ。

 それはそうだろう、もう本番直前数十分前だ。

「良いですよね。ヤナさんは……全然こういうので緊張しなくて」

 そう言ったらヤナさんは本気で怒った。

「バカ! 俺が慌ててうろうろし出したら『な止め組』が笑われるだろうが!」

「笑われるって……自覚してるんですね」

「当たり前だ」

 そんな堂々とした態度……絶対、瑠菜ちゃんには見せないんだろうな……。と思いながらも私はヤナさんに言う。

「上手く行きますかね?」

「上手く行かなかったらそれは……」

 黙った。ちょっと考えているようだ。何のせいにしようかと……。

「あれだ、『友利さん方式』がまだまだ、だったんだなって思うことにしてもっと精進させる。お前をな!」

「な! 何て言う人なの! この人は!」

 思わず大声で言ったらヤナさんに笑われた。

「まあ……、そんだけ言い返せるなら大丈夫だろう。頑張れよ」

 と。とっても気安くそう言われ、ヤナさんはすくっと立ち上がった。

 頭をぐしゃぐしゃされるかと思った。

 だが、ヤナさんはしなかった。当然だ。そんなことされた日には私の胸は張り裂けそうだ。

 なのに私はちょっとムッとしてしまった。

「瑠菜ちゃんが心配だから、俺、行くわ」

 別にそんなこといちいち言わなくても良いのに……と思いながらも歩いて行ってしまったヤナさんをずっと見ていた。

 そうしたら突然、背中の方から声がした。

 友利さんだ。

「お姉ちゃん、来てるって言ってたからね……」

 と友利さんの後ろからホリィさんがにょっと現れた。ん? 何だろう……この感じ。

 それもこの言葉で吹き飛んだ。

「瑠菜ちゃん大丈夫かしらね……」

 そう言うホリィさんを見て私は、

(ああ、今日のホリィさんはなんてまともなんだ……。最初の頃と同じだ)

 なんて安心したら私も瑠菜ちゃんを……と思ったが、自分を心配することにした。

 あれ以上のサイエンを私は本当に出来るのだろうか? と不安になった。

 でも、きっと今の瑠菜ちゃんより私の方がまだ良い。状態的には。

 だって、そうだ。……今の瑠菜ちゃんよりも私には何もない。期待してるのは極僅かな人だけだ。だから、あの時のように力強く自信たっぷりに演じさせてあげられるのは私しかいない。そのはずだ。

 今までの瑠菜ちゃんを思い出せ、いつも一生懸命でどこか『お姉ちゃん』の紅華さんを尊敬しつつも敵わない……と内面から滲み出て来る言葉をぽろぽろと吐き続けていた瑠菜ちゃんを。

 絶対、無理! って思ってるかもしれない。

 だとしたら、私はその思い続けて来たその分をぎゅっとここで解放させて瑠菜ちゃんを救ってあげよう。

 かなりの小規模サイズの友を思うこの心で――。

 そして、素敵なゆかり写真を撮ってもらおう。

 真志田さんに! ――そういえば、真志田さん見てないけど……きっと、『キツネ撮り』の異名を持つ真志田さんだ。どこかに隠れて今か、今か……と待っているんだろうな……と思って私もヤナさんと同じようにすくっと立ち上がった。

(さあ、なろう! 『ある女』に。勇気付けられる『ある女』に! ……でも、ストーリー上そういうの『月』の瑠菜ちゃんがやるんだよな……。それでも、一人でも多くの人を惹き込もう!)

 強くそう思った。それはヤナさんもそう思っている気がしてならなかったからだ。



 ――それなのに、だ。

 いざ、もうすぐ本番となるとかなりの緊張がドドッと押し寄せて来てしまってなかなかドキドキが止まらない。

 横にいる瑠菜ちゃんを見ればもう『月』になるための準備をしていた。

(すごい集中力……)

 それを見てもなお、私には無理っぽい。 そんな私にヤナさんは言った。

「心配するな、大丈夫だ。キツネ撮りが撮ってくれるんだぞ? 何を恐れる事がある」

 この期に及んでそんなことを言って来るヤナさんに少し呆れたが、少しは気が軽くなった気がする。ヤナさん効果だろうか?

 それでも止まらない。一時的だったらしいその効果は。

 がっかりしていると真志田さんがいることに気付いた。しびれを切らしたのだろうか。こんなことをヤナさんに言った。

「まだそんなこと言ってんの? ヤナさん……。前にも言ったけどキツネを一日中追い掛け回して撮ったのはあの時の一回こっきりなんだけどね……。まあ、確かにあの時動いてた物をこんなに鮮明に撮れるなんてすごい! なんて思ってたりもしてたけど……」

 何でこんな時にこんな話をするの! この人は! いや、この人達は! という思いが重なった。

 それで少し、また少し緩和されたか? と思われたが無駄だったようだ。

 なのに、ヤナさんは言う。

「ということで、安心して動け。瑠菜ちゃんに合わせるように。合わさればとても良いものになる。それは保障する」

「だから『頑張れ』って言いたいのか……、ヤナさんは」

「ああ、そうだよ! 是非ともわたなには瑠菜ちゃんの力になってもらいたいね。俺達のように」

「はあ。行こうか? わたなちゃん」

 え? 良いんですか? 行くんですか? 本当に? と言うか……もう、マジ無理! 帰りたい! ……そんなことを言いまくる私を真志田さんはずっと見張っていた。帰らないようにだ。

 とても残念な気分……。

 そんな私に、

「ああ、そうか。中性的だから素が出るんだ」

 と、真志田さんは唐突に言った。言いながら納得していた。今頃か! そう思ったら、

「な……」

 と言ったきり、次の言葉が出て来なくなった。

「これで少しは冷静になったでしょ。じゃ、行けるよね?」

 そう確認すると真志田さんは私の背中を押した。少し力を入れて。

 いつも私は誰かに背中を押されている気がする。

「頑張って来て、ヤナさんもそれを望んでる」

 な! そんな出し方なんてずるい!

 私の気持ちを逆手の逆手にとって!

 せっかくの落ち着きがまたなくなった。 そう思って真志田さんを見たがもうそこには真志田さんはいなかった。キツネ撮りか……。

 そう思うと……まあ、こんなに悪い落ち着き方なら願い下げだな……。なんて思ってしまったりした。

 これはこれで効果抜群の落ち着き方だった、らしい。

 そして、刻々と始まってしまったのだった――。


   ****


 透き通った薄い青のオーガンジーのマリアベールに優しい月の光を放つような黄色のサファイヤサテンのエンパイアドレスを着た『月』は瑠菜ちゃん。

 透き通った目立たないゴールドのオーガンジーのマリアベールに若さを連想させる曙色のパールサテンのエンパイアドレスで『ある女』――『人間の女』をやるのはもちろんこの私だ。

 言っておくが二人ともノースリーブタイプのものではない。気品を失ってはいけないらしい。……ホリィさんの決め付けだ。

 そして、私の髪の長さの心配があったがそれはホリィさんの魔法の力でどうにかなった。

 さすが魔法使いのホリィだとかいう聞いたこともないお話が好きだっただけはある。といったところだ。

 見れば見るほど信じられない、この服を着て二人で夜の静寂美を表現するそうだが、どこにその『サイエン』というテーマが入っているのか私には全く分からない。

が、優しい月の光ならばいつまでも見続けられる。そのくらいその素顔をじっくり見たい、また出会いたい――というのが狙い所らしい。やはり、よく分からないが……。

 それに今回の才媛はいずほさんだろう。

 ヴァンさんチームのいずほさんはあの紅華さんの時のように真っ赤な衣装で情熱的に観客を魅了していたそうだ。

 まあ、この話は後でナイトゥ君から聞いたものだが。

 それでますます私はへこんだがやらなくてはならかった。



 二人のマリアベールとこのドレスが綺麗に舞い踊った。

 それは若干、柔らかな涼しい風のおかげ……だったりした、が。

 透き通る薄い布がそれぞれ絡み合う。そして、祈り続けた私達は交差する。その表情はとても美しく儚げで幻想的。

 そして、再び二人は向かい合う。

 片方はずっと優しく自由に誰に対しても平等に微笑み続け、人々を魅了し続ける。

 その薄青いマリアベールのおかげで余計に静寂美が際立つ『月』だ。

 反対に地を思わせる色のマリアベールを被った『人間の女』は一心不乱にその『月』に向けて自身の欲望のためだけにずっと月を見続ける。自身の手を、視線を、心をそれに向ける。

 けれどそれはいつになっても叶わない。 見続けても手に入らないのだ。

 手に入れたいのならば何かをしなさい。

 人間の女がその微笑みに包まれるのは己の欲望をなくした時かもしれない――。

 それに気が付くとそれまで自由に微笑み続けていた月が逆に人間の女に近付いて来て人間の女をその包容力で包むかのように手を差し出すのだ。

 やっと、気付いたのね。――と。

 そして、見る者全てを魅了したあの伝説的な紅華のような時間は短くも長い瞬間に終わり、目の前から素早く消え去ったのだ。

 ヤナさんは目の前で今も続いている『ゆかり写真祭り』を見ながら私に言った。

「まあ、わたなにしては頑張ったんじゃないか……。そんなに心配そうな顔をするな、堂々としてろ。もう終わっちまったことをいくらくよくよしてたってどうしようもないんだから。あるがままを……友利さんの腕で補強してもらってだな……。良いものにすれば良いんだよ。女出来て良かったじゃないか」

 そんな微妙な賛辞に私は少し不服した。

「まあ、瑠菜ちゃんは完璧でしたけど」

「そうだよ。うちの瑠菜ちゃんは一人でも完璧! だが、お前がいればもっと完璧で瑠菜ちゃんの良さがもっと惹き出せる。お前はそういう奴なんだよ。分かったら明日からもっとちゃんと瑠菜ちゃんの良さをどうやって惹き出せるか考えろ。俺や真志田みたいに。当の本人の瑠菜ちゃんだって相当自分はどうすればもっと良くなるのかな? を日々、考えているんだからな」

 そう言うとヤナさんは真志田さんに「お疲れ」と声を掛けに行った。

 ああ、もう! だ。

 そんな私に明るく近付いて来たのは誰だろう、瑠菜ちゃんだ。

「わたなちゃん、わたなちゃん!」

 その声に振り向けば可愛い『月』姿の瑠菜ちゃんがそこにいた。

 今までいたあの美しい『月』はどこ行った? と、キョロキョロ探したくなるような感じの私に瑠菜ちゃんは、「今日は本当にありがとう!」と心から礼を言って来た。

 この秋一番のにっこり顔がこの昼の空に映えた。

(これは永久保存版!)

 なんて思ったりもしたがこれは言っとかないと……と思うことがあったのでそちらの方を言ってみることにした。

「私、そんなに力になれなかったけど大丈夫だった?」

 あんなに本番前までは勇気付けられるように頑張ろう! なんて思っていたのに……、という思いからだった。そんな私に瑠菜ちゃんは、

「そんなこと言わないで、わたなちゃん! 私ね、お姉ちゃん見つけちゃった時からちょっとね……。どきどきしてた。だって、前任の伝説の『ある女』がそこにいるんだよ。あんなに人がたくさんいるのにすぐに分かっちゃったのはやっぱりそういうオーラが出てたからだよね……。退いた今でもそうなんだから……私、もっと頑張らなきゃ! って思ったの。今日からまた……。すぐに素の私に戻っちゃうのもどうかと思ってるんだ……。ずっとあの凛とした美しい『月』でいられたら柳瀬さんにも迷惑を掛けること、少なくなると思うんだ。……よね。だから、私もっとがんばる!」

 うん! と、最終的には自己完結してその話を終わらせた。

 ……私は次に何を言えば良いのかと考えた。

「私も頑張らなきゃな……。いろんなこと、これからしていかないといけないし……。でも、それが人と人との縁になるだろうしね」

「うん、そうだよね! 私ももっといろんな所に行っていろんな人を連れて来られるようになりたい!」

 その時の瑠菜ちゃんの明るい前向きな言葉がとても大きな夢のように感じられた。 可能性を秘めた素晴しいことだったからだ。

 望み多き、少なきが良いのか悪いのか……それは今から分かることだった。

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