つい先日の事だ。
ホリィさんの魔法に乗せられて口が勝手に動き、ここに来てしまった私はその後、瑠菜ちゃんの悲しそうな顔に釣られて勢いで『入ります!』と言ってしまった。
ああ、何とも恐ろしい体験談……。
『今にも泣きそうだった彼女はもう戻って来ませんでした事件』に私の中ではなりかけている――。
そんな体験談をある友人に話したら、「あんた、よく落ちるよね。こういうの」と言われてしまった。
そうかもしれない。
それが私の最大の弱点だ。――とは認めたくはないが……。
最近では何も用事がないとここに自然と来るようになった。
この年中閉店のフォトスタジオに……。
まあ、嫌々ではなかったから良いのだけれど。
今日もまた外から確認をする。
(あ、もう誰か来てるんだ……)
そう思うのはあのブラインドが全開で上がっているからだ。
そのおかげで中もばっちり見える。
(えっと……真志田さんだけかな? まだ……)
そう思って中に入った。
自動ドアのガーっという開く音で真志田さんは私に気付いた。
「こんにちは。真志田さん今日、早いですね」
「うん、仕事今日もうないから」
「え?」
「午後半休なんだ。ヤナさんは今週ずっと炎天下仕事だって言ってたし……ま、明日は休日だから今週最後の頑張りってところかな。正社員独身男性は辛いね……」
「はあ……」
「はあ、瑠菜ちゃんやホリィみたいにバイト生活を送りたいよ」
それはそれでダメだろう。将来、大黒柱になるかもしれない人がそんなこと言ってちゃ……。
「ああ、そうだ。わたなちゃん。もし、先日みたいな疑問がかなりあるんだったらこれ行ってみれば良いんじゃないかな?」
そう言って真志田さんはホワイトボードに貼られていた一枚の紙を私に渡した。
「何ですか? この講習」
「ん? 『ゆかり写真』の為だよ。それも」
「かなりの初心者向きな」
そう言って私が真志田さんにもらった紙をヤナさんは少し乱暴に奪い取った。
いつの間にか来ていたらしい。服装はいつものように私服だった。
「あれ? 今日も炎天下で……じゃなかったの?」
「急遽、取り止めになった。で、抜けて来た。暇になったから……何だよ。講師、ヴァンさんかよ……」
「ヴァンさんってあの『ヴァンさん』?」
「そうだ、真志田。あの『ヴァンさんチーム』のヴァンさんだ」
「これ、行った方が良いですかね?」
そんな話をするヤナさん達にそう訊くと同時に瑠菜ちゃんがこちらにやって来るのが見えた。
ガー……と自動ドアから普通に入って来た瑠菜ちゃんは、「こんにちは! 何々、何の話?」と言うと入る前から気になっていたらしい私が持っていた紙をちらっと見るなり、「うん、行こう! 楽しそう」と言ったのだ。
「いや、待て待て待て!」
ヤナさんは慌てた。その通りである。いくら何でも急すぎる。
「瑠菜ちゃんは行かなくても分かってるだろ? 十分に、このわたなよりも」
「ひどい! ひどいです! ヤナさん」
思わず言ってしまったがこれは仕方ない。自然とそうなる気持ちだ。そして、ヤナさんの言う通りでもある。悔しいが。
「だって、私……こういうの行くの初めてなんだもん……」
瑠菜ちゃんはぼそっとそう言うと黙るのかと思った。
だが、実際は違った。
「だから、私! わたなちゃんと一緒に行って来る! ヤナさんがダメって言ったら『ヤナさんのわからずや!』って言うからね!」
とても感情むき出しのヤナさんへの反発だった。そして、私はいつものように落ちた。行く方向に。
これに対し、ヤナさんは……。
「あ、言ったな! じゃ、オレも一緒に行っちゃうぞ!」
冗談かどうかは定かではないが乗っかった! それに続けと真志田さんも軽い感じで参戦する。
「うん、それが良いんじゃない? ヤナさんも初心に帰るってことで行った方が良いかも。護衛も兼ねて、ね」
「護衛?」
私が訊き返すと真志田さんはその理由をちゃんとかは分からないが教えてくれた。
「そう。瑠菜ちゃんは皆のお姫様……みたいなところがあるから。だから、瑠菜ちゃんの護衛、しっかりしないといけないんだ。これでも結構、瑠菜ちゃんは有名だから。きっと大変な事になると思う、そんなの行ったら……。まあ、その有名もゆかり写真の連中の間では、なんだけどね」
少し真志田さんは笑っていたがそれを聞いてしまった私としては、これは心得ておかなければならない危険だ。と感じた。
そして、ヤナさんはあれ以降何も話していない。
だから、真志田さんが言った。
「よし、じゃあ、数日後だからこれ。わなたちゃんと瑠菜ちゃんとヤナさんは出席っと。あとは欠席、異論はないね? うん、こういうの参加して行った方が良いねって話してたばかりだったからちょうど良いね」
自分には関係ないことだからだろうか、とても爽やかな真志田さんだった。
その話が終わるとホリィさんと友利さんがやって来て瑠菜ちゃんと真志田さんを連れてこのフォトスタジオの奥へと行ってしまった。
この場に残ったのは私とヤナさんだけだ。
「お前、学校で習っただろ? 『ゆかり写真の定義』とか」
そんな会話を唐突に始めたヤナさんの顔を見ないようにして私は言った。
「まあ、少しは……さらっとですけど。小、中、高で」
「そんな感じだよ。講習という名のヴァンさんの
「は?」
「お前は良かったな、まだそんなに有名じゃなくて」
「え?」
「はー、それくらいの覚悟で俺は行くっていうこと。じゃあ、俺、行くわ」
そう言ってヤナさんは立ち上がり、このフォトスタジオを出て行った。
何だかあっという間の会話だった。
それを最後にヤナさんとは何故か講習の日まで顔を合わせることがなかった。
何でも自宅でいろいろと対策を練っていたらしい。
そんなに大変なことなのか? と思ってしまったがヤナさん的にはそれくらいの必要性が求められるものだったらしい。
すごい、覚悟……なんて少ししか感じられなかったけれど。
そんな訳で講師、ヴァン・カブラギさんの講習を受ける当日になったのだ――。
その部屋に入ればもう講師のヴァン・カブラギさんはいた。見た目は普通。四十前後くらいだろうか。老若男女かなりの人がこの講習に来ていた。ざっと見ただけでも三十人くらいはいるようだ。結構人気らしい。
各々の席にはもう資料となる物が置かれていた。
三人で一つの机を使うようになっている。自由に座れる感じだ。
だから、私は部屋の真ん中辺りに座っていた瑠菜ちゃんとヤナさんの隣に座った。
別にまだ時間ではないがゆかり写真に関わる人達は五分前行動ならぬ、十分、十五分前行動が基本らしい。
「もう来てたんですね」
私がヤナさんの隣に座りながら言ったら、
「当たり前だろ? 時間ギリギリに来るもんじゃない」
とヤナさんに真面目に怒られた。
「それはそうですけど……」
そんなに強く……ではなかったけれどちょっと嫌な感じだ。
(まだ全然なのにな……)
なんて思って自分の席となったその場所でパラパラと資料の方を見ていたら定刻になった。
すると、講師のヴァンさんが前に出て、「さあ、皆さん始めますので席に着いて下さい」と言った。
全員が着席するとヴァンさんはにっこりと自己紹介を始めた。
まあ、大抵の場合、講師の方の自己紹介から始まるものだ。何も違和感はない。
「えー、ご存知の方もおいでかもしれませんが『ヴァン・カブラギ』という名前でゆかり写真の方に携わっています、ヴァン・カブラギです。この『カブラギ』は妻とそんなに仲良くなかった頃、『その『バン』だけじゃ物足りないから私の名字付ければ良いわ!』とか何とかそんなことがあって付けられた名前です。だから、名前は大事なんですねー」
などとヴァンさんは言った。
(お、奥さん話来たぁ!)
かなりの愛妻家さんらしい。
(それにしても今、普通に『バン』って言ってたけど、いつ『ヴァン』になったんだろ? この人は……)
そんな小さい謎についてはいつになっても解けなかった。まあ、良い。続きを聞こう。
「では、私の自己紹介はこの辺にして『初心者のためのゆかり写真について』始めましょうか」
(もう、終わり?)
やっとちゃんと聞こうとしていたのに……そう思ったらヴァンさんがちらっとこちらの方を見た。
だけど、何もなかった。
よくあることだ。これは発表する者、全員を見渡しながら言う。それ基本……とかって誰かが言っていた、あれだ。
(で。何でこの人はこんなに下ばっか見てるんだ?)
そう気になるくらい隣のヤナさんは下を見ていた。じっと……資料だけを見ている。
たぶん、何も言われたくないからだろう。これもよくある光景だ。
「まずはゆかり写真の定義についてです。『ゆかり写真の定義』とは、何でしょう?」
ヴァンさんはいきなり質問をぶちかまして来た。
「まあ、ある程度の年齢の方ならご存知のはずですが……。学校の社会で習っているはずですからね」
その一言で一応、今の自分のドキドキは守られた。
だが、ヴァンさんはそう言うとまたじっとこちらを見た気がした。
でも、何もない。
「ゆかり写真の定義とは、『一、『ゆかり写真』の『ゆかり』とは人物の名前ではなく、その人ゆかりの地……だとか言う『縁』である。また、『写真』とはその『ゆかり写真』自体を指す言葉である。二、『ゆかり写真』の被写体は必ずその地のゆかりあるものでなければならない。時にその例外もある。三、『ゆかり写真』の被写体のその格好はアートの一部である。四、『ゆかり写真』はたくさんの人に向けて『この地を訪れてほしい』という気持ちが込められていることが第一である。五、『ゆかり写真』は誰でも気軽に参加出来るものである。以上』というのがさらっと流される程度だと思いますが」
確かにそうだ。こんな感じでさらっと流される程度の授業だ。
だが、このさらっとがいけない。
どうでも良い……と思っていると案外テストに出て来てしまったりする所だ。
出題方法も様々で時に穴埋めだったり、間違い探しだったり……。
ここは出さない。とは先生も一言も言っていないけど出さないような雰囲気だったじゃん! と後から生徒達が大勢抗議をする箇所でもある。
私の場合、高校受験の時にこの『ゆかり写真についてどう思いますか?』という問題が大流行していたらしく、かなりの確率で練習問題に入っていた。が、本番では全く出なかった……という損した気持ちを思い出させるものになっていた。
だから、覚えていた。
嫌でもテスト期間中は。
数学の公式と同じだ。英語とも似ている。
――だから、すぐに忘れる。
そんなにこれ、今後の進路に関わりなさそう……と思って。
それがいけないと分かっていても忘れてしまう。
まあ、そうすると常識のない人になってしまうからほどほどが良いのだろうけど……。
「では、これについて一つ一つ解説していきましょうか。一の方はそのままなので良いような気がしますが最近のお子さんですとこの『写真』が何故、『ゆかり写真自体を指す言葉』なのか分からないというのが増えて来ていると聞きます。大人の方ならもう知ってるよ、そんなこと……と思われるでしょうが聞いていただきたい。これは当初、写真サイズで始まったからです。全ての物が全てあの写真サイズでした。今ではいろいろなサイズがありますよね。もちろん、当初の写真サイズも現役であります。その初心を表しているんです。全てはここから始まった――というのを言っているんですね」
そう言うとヴァンさんは少し黙った。
「次に二ですが……」
別に黙ったのには意味がなかったらしい。個人的な口の状態によるものだろう。
「これも初心忘れべからず……的な意味があります。そしてここが大事ですよ! 例外! これがないと一年が終わった感じがしません。まあ、一年と言っても秋なんですけどね……」
ああ、あの事か……とゆかり写真に関わっている者は一瞬で分かった。
あの『ゆかり写真祭り』――呼称の方が依然として確定していないゆかり写真を楽しむだけの為に開催されるお祭り。
「皆さんはゆかり写真のお祭りを知っていますか? 数年前に行われた『サイエン』は本当に素晴らしかった。あの伝説の彼女を一夜にして誕生させたのですから。もう一度見てみたいものですね。出来ることなら……」
それを聞くと瑠菜ちゃんは小さな声で、「お姉ちゃんのことだ……」と呟いた。
その言い方はまるで実の姉を呼ぶような感じだ。
一瞬、思考が止まった。
(え? ……ええー! ありえない! ありえないバラし方だぁ!)
と私は心の中で大きく騒いだ。
だって、そのくらいの衝撃だった。まさか、まさかあの人が!
あの高校の頃に見たあの女の人が瑠菜ちゃんのお姉ちゃんだったなんて!
(実のお姉ちゃんってことだよね? あんなに調べたのに全然知らなかった……
そんな確認は今、出来ない。
でも、脳裏に甦った。憧れた心躍った人……通りで惹かれるわけだ、瑠菜ちゃんに。
私は納得した。
あの紅華さんの妹、瑠菜ちゃんだもんね。
と。
その間にもヴァンさんの話は続いている。
「そう言う訳は彼女がもう結婚を機にこのゆかり写真から退いてしまっているからです。とても残念なことです。そんな彼女の名前は『紅華さん』です。皆さんも知っているはずでしょう、ファンの方達がまだ大勢いらっしゃるのだから。……そんな彼女がいた所ではモデルを撮る方法が独特な方がいらっしゃいます。それを仲間内では『キツネ撮り』とか言うそうです」
この話に瑠菜ちゃんは即反応した。
「これ、私達のことだ」
(え? うちっち?)
どういうことかと訊く前にどんどんヴァンさんの話は進む。
「それからその紅華さんの所には、現在、紅華さんの実の妹さんがいらっしゃり、とても有名です。それはたぶん、ゆかり写真を撮った後の行動が原因でしょうね」
そう言うと少数の人が極力抑えてくすくすと笑った。
笑った人達はその行動とやらを知っているのだろう。
どんなものなんだろう? その行動って……。
そんな中、その妹さん、瑠菜ちゃんはそんな人達など関係ないようにぼそっとしっかりこう言った。
「やっぱり、『いひゃー』って変なの?」
その目はヤナさんに向けられていた。
(何? その『いひゃー』って……)
何だか知らない話が増えて来た。
少し困る、こういう話に追いつくにはどうすれば良いのか? と考えるが分からない。為す術なしだ。
ここは一つ、素直にその話を真に受けることにしよう。うん、それが良い。
「そろそろ話が脱線して来たので元に戻しましょうか。三のこれ、これが一番の問題だったんですよ。当初からの。いくらこれは衣装で……と言っても通用しない。それが今ではどうですか? ちゃんと区別がついている。扮装でもなくちゃんとした物として扱ってもらえている。これは良い事です。ここ最近の子供達の将来の夢は『あんな風なポスターになりたいです』だそうです。ゆかり写真も今や社会科の教科書に載る時代。……たった九年ですよ。そう呼ばれるようになってから……なのに、こんな浅い歴史しかないのにどうしてこんなすごいことになったか分かりますか?」
ヴァンさんの質問に誰も答えない。
だからヴァンさんはその分も含めて力説した。
「それは我々の努力です! もちろん、皆さんのね!」
柔らかくヴァンさんは笑った。そして、私達を見た。
「あとの四、五は本当にそのまま。当初から変わらずの思いですね。作っている側の」
そう言うとヴァンさんは「何か質問があれば答えますよ」と気楽そうにそう言った。
でも、挙手する者はいない。
ヤナさんはまだ下を向いている。
「そうそう、これを忘れていました。『ゆかり写真』と呼ばれるようになった由縁、諸説ありますが……あなたは何かご存知ですか?」
いきなりヴァンさんに指された前の席の方の奥様世代よりはちょっと若いその女性は答えた。
「ええと……。この『ゆかり写真』を一番初めに撮った人が『ゆかりさん』だから、ですよね?」
「ああ、そうですね。ちなみにこの『ゆかり写真』というのは本来、そのゆかりさんが公演ポスターに憧れたのが一因していると言われています。あの世界がこの活性せずにいるこの地を活性化させる! という意味不明の根拠の下、実現し、実行され続けているわけですね」
何ともその『ゆかりさん』を悪く言っているようにしか聞こえなかったが、黙っていよう。
あの人みたいに指されるのは嫌だ。何も知らないのだから。
「それでは……ここで一旦十分くらいの休憩をしましょうか。疲れたでしょう? それが終わったら実演を交えながらの話をしていきましょうかね」
それを聞き、私は心の中でよし! と思った。
これで少しは気が休まる。
ヴァンさんはヤナさんと瑠菜ちゃんをしっかりと見ていた。
そして、にこっと笑ったのだが……。本人達にしてみればそれは嫌な笑いだっただろう。
「では、その実演をそこのお二人さんに手伝ってもらいましょう。後半が楽しみですね」
そんな言葉を残して十分間の休憩が始まった――。
ヴァンさんに『そこのお二人さん』と呼ばれたヤナさんと瑠菜ちゃんはちょっと困った顔をしていた。
それにしても何でこんなにも周りがざわざわと騒ぐのか……。
分からない、意味不明だ。軽くお手上げ状態だ。
そんな状態の私にも聞こえる声でヤナさんはぼそっと呟いた。
「やられた……」
例のことだろうか? 何も解決出来ないままその講習の後半が始まった。
後半が始まって間もなく、ヤナさんと瑠菜ちゃんはヴァンさんの待っている前に出ることとなった。
何だかこっちが緊張する。
そして、やはり周りはざわざわしている。
休憩の時よりかは少し静かだったが。
(あれかな……、あんな小さな子がやるの? っていう驚きの声かな?)
そんなことを思っていると前の方で動きがあった。
ヴァンさんがヤナさんにデジカメを渡したのだ。
そして、モデルとなった瑠菜ちゃんを撮るみたいだった。
(いつもは真志田さんが撮るのに! ヤナさんって撮れるの?)
ますます緊張した。
そんな心配をよそにヤナさんはさっさと瑠菜ちゃんに指示を出し始めた。
もうこうなるとその横にいるヴァンさんのことなど関係ないらしい。
いつもよりも真面目にヤナさんは言う。
「ポーズはピースで良い、ピースで」
「え、ピース?」
瑠菜ちゃんは素直に戸惑っていた。
それに構わずヤナさんは撮る。
「はい、普通にピース……」
そう言ってヤナさんは瑠菜ちゃんを撮った。
こんなこと、早く終わらせて席に着いてやる! というのが何だか見ていて分かる。
(ヤナさんらしい)
ふふ……なんて思ってしまったがそんなことを言ったらつい先日も食らった『紙ポカ』をやられる可能性が出て来るので慌てて今の顔をいつもの顔に戻した。
微妙な顔になっていないかとちょっと気になる。
(ああ、鏡見たい……)
そんな私の苦労よりも苦労してる感が全くないヤナさんは今撮れた物をヴァンさんにそのまま見せていた。
「普通のピースでもなかなか……、よく撮れてますね」
そのヴァンさんの評価を聞くと出来はまずまず、良かったようだ。
少しほっとした。
(ヤナさんもやれば出来るんだ……)
これも言ったら『紙ポカ』対象になるので言わないでおこう。
それにしても瑠菜ちゃんを撮っていたその顔は何とも楽しそうで真剣だった。
あんな風に私も撮ってもらえる日が来るだろうか……と、考えていたら前から帰って来た二人が席に着くのを感じた。
「では、皆さんも撮ってみてください」
そんなヴァンさんの声が耳に聞こえて来て気付くとヤナさんに何も決めてない自分の顔を撮られていた。
「何、ぼけーとしてるんだ? 見ろ……。まあ、こんなもんだろうな……。今のお前じゃ」
そう言って見せてもらったその自分の顔は……なんてひどい顔だろう。
(これが私の素……。見せちゃいけない素じゃないか!)
もっと頑張ろう! もっと素敵な人になろう。うん、そうだ。それが良い……と素直にそう思える代物だった。
「えー、こうして出来た『ゆかり写真』はちゃんとした
何か宣伝になって来たな……と思ったところで次の話に移った。
「それから、そこの土地の雰囲気とか風土とかを上手く表現してる所が『正統派』って今は呼ばれてますね。これ、最近の教科書にも載ってるらしいですけど。あと、ゆかり写真が始まってかれこれ九年位が経ちますけど……さっき手伝ってくれたお二人みたいな結構適当な時がある所とか家族でっていう所とか本格的に……とか、いろいろいるから分かりやすくする為なんかも載っているようですね」
最近の教科書はそんなことまで載せているのかと驚いた。
いろいろ出て来ると訳分からなくなるから。というヴァンさんの言葉にも納得した。
そう思うと、ほお……、久しぶりに為になる話だったな……なんて思ったりもしたがよくよく考えてみればあんまり気にしなくても良い話だったと後になって気付いた。
だが、その時は素直にそう思い込んでしまったのだ。
その場のノリって恐ろしい。
こうして、後半も無事に終わったのだった。
後半が終わればすぐに帰れると思っていた。
だけど、だ……。
何だ、この状況は……。
たくさんの人が私の隣の二人に集まっている。
微妙にその中に私も入ってしまっている。
(み、身動きが出来ない)
そう思うくらいのたくさんの人が好きなだけ自由に二人に向かって話す。
いやぁ、驚いたよ。来てたんだね。元気だった? あれ、どうなった? あれ。
そういった言葉がごちゃごちゃと混じり合う。
もう勘弁して……だ。
やっと落ち着いた時にはもう人がぽつぽつとしかいなかった。
そして、まだ帰らない者の中からヴァンさんは私達に目を付けた。
「おや? まだ残ってたんですか? 『な止め組』の……。また『な』が増えたんですか……好きですねぇ。名前『な』の人、多過ぎませんか? 絶対、そう思ってるでしょ。困りませんか? こんなに『な』が多過ぎて」
そんなことを言って来たヴァンさんにヤナさんは言う。
「いえ、全然。ちゃんとそれぞれ違いますし。それに、『な』が付くのは俺ら三人だけですから!」
「それに柳瀬さんには最後に『せ』が付くもん!」
瑠菜ちゃんはヤナさんに加勢した。
私だって『べ』が付くもん! ……なんてさすがに言えなかった。どんな張り合いだ、これは……。
「まあ、良いでしょう。ふーん、新しい方は中性的な方なんですね。いつか、うちの『いずほ』とも会ってほしいですね」
「機会があればぜひ! なんて俺らは言いませんよ、ヴァンさん。こいつはまだ、いずほさんに会える資格ないですから。ほんと、まったくの素人で。だから、今日来てるって訳ですよ。俺はその……瑠菜ちゃんの付き添いです」
喧嘩しそうな勢いだったのにヤナさんはちゃんと……いや、微妙に大人の対応をした。
少し、お……だ。
「そうですか……。まあ、そちらも大変そうですね」
そう言うとヴァンさんは使い終わったホワイトボードを消し始めた。
****
講習が終わり、そのままあのフォトスタジオに三人で行くと真志田さんが一人、「お帰り」と残っていた。
友利さんも少し前までいたらしいが「今日はもう帰るよ」と言って帰ってしまったらしい。
そんな話をしてから真志田さんは私達に訊いて来た。
「どうだった?」
「まあな……」
ヤナさんは微妙な返事をし、瑠菜ちゃんはとても興奮気味に、
「久しぶりに柳瀬さんが撮ってくれたんだよ! 真志田さんっ」
と報告した。それを聞いた真志田さんは、
「へー。何でまた?」
とヤナさんを見ながら訊ねた。
「ヴァンさんだよ。あの人が手伝えって」
とても嫌そうな顔をしてヤナさんはそう言った。あまり詳しく話したがらないのもその時の気持ちがまだ活きているからだろう。
「ふーん……。で、わたなちゃんはどうだった?」
いきなりの不意打ちに少しドキッとはしたが、
「勉強になりました」
と、それはもう普通な感覚ですらすらそう言ったら、真志田さんにこう言われてしまった。
「まあ、それが最大の目的だからね。講習の」
「そうですね……」
少し気落ちする。だが、そんな気持ちもすぐに吹っ飛んだ。真志田さんが思わぬことを言い出したからである。
「それでね、今日の講習を活かすためにも近々開催されるこれに行ってみようか? って友利さんと話してね……」
そう言うと真志田さんは一枚の紙を会議用のテーブルの上に出した。
その紙を見ながらヤナさんは言う。
「ふん、良いんじゃないか。習うより慣れろで」
「じゃ、ホリィ行かせちゃって良いよね? もう」
「ああ、いつも通りで良い」
え、何? 何の事を言っているんだ? この二人は……と私はヤナさんと真志田さんを交互に見た。
そしたら、偶然にもヤナさんと目が合ってしまった。
「実践」
それだけ言うとヤナさんは今まで読んでいたその紙を私にひょいとよこした。
(何、これ?)
読めば分かる――そういうことだろう。
だから、私はそれを読むことにした。
『今、再び温泉地へ! 山奥でも楽しさいっぱーい!』
――ということで私は『な止め組』の皆さんと一緒にその目的地へと行くことになったのだった。